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おぬしも悪よのう

  おぬしも悪よのう

 この台詞から連想されるのは、「悪代官」だろう。悪徳商人との談合の一場面である。
 そして、手土産の饅頭の下には……小判が光る!

 今は昔の、「時代劇」のステレオタイプのシーンではあるが……実際の歴史を繙くに、絵に描いたような「悪代官」はそれほど多くはなかったらしい。当時は監視も厳しく、へたをすれば切腹の憂き目なのだから……割に合わなかったのだろう。

 おそらく、この「悪代官」のイメージは昔の歴史から引っ張ってきたというより……現代の政治経済の有り様に対する皮肉だったのかも知れない。

 政界にしろ経済界にしろ……人騒がせの背後には、煎じ詰めるところ、決って利権がトグロを巻き、小判ならぬ札束が舞う。
 権力者や金持ちというものは、どれほど財をため込んだにしても、決して満足できぬ業病患者なのだろうか?

 僕は色々と物事を考えるのが好きだが……一番想像しがたいのが、憐れむべし、自分が金持ちや権力者になった姿である。 

 一週間に一度は鰻重が食いたい……などは、彼らにとっては贅沢の範疇にも入らないだろう。豪邸に住んでいたとしても、ガキの頃から住み慣れていれば、仮にそこが宮殿だとしても、認識としては「鰻の寝床」なのだろうか?
 やれやれ……
 コトが、金や権力に関わってくると、僕の想像力は全く働かない。

 もとより、衆を睥睨(へいげい)し、政(まつりごと)まで動かせるとあれば、生きた人間をポーンになぞえてのチェスにも似て、満足度が俄然高まるのだろうが……いけない、僕のような下層庶民にはサッパリ理解できない。

 せいぜい想像出来る特権としては、先の「悪代官」を参考にした所の、「帯まわし」だろうか? 

 よいではないか

 あれーーー!

 これもステレオタイプの、有名なシーンである。

 しめしめ……これなら想像出来そうである。
 そう。権とカネにものを言わせれば、いっかな美少女もわが物に出来るはずである。

 しかし……悲しみ、嫌悪している相手を手籠めにして……「ものにした!」などと単純に満足出来るのだろうか?
 いや、そうとも限るまい。昨今の芸能プロのスキャンダルは、嫌悪も憎悪もなぎ倒しての快楽追求が白日のもとに曝されたのだ。

 思えば、サドの文学に於ても、一人の女性を絶望的なまでの悲劇に突き落とした揚げ句に、その肉体から快楽を貪り、相手にも不覚の悦びを与えるというくだりもあったはずである。

 にも関わらず、当のサドの文学がフランスで近年「国宝」と認定されたは記憶に新しい。
 さすが、懐の深いフランス文化である。

 もとより今、サドの論評はさしひかえるが……国宝級のエロティシズムに比べれば、「悪代官」など可愛いものである。

 しかし、このところテレビからはCMを除いて、「悪代官」がすっかりと姿を消してしまった観がある。
 その反面、サドにはなれなくても、この時代、「小さな悪代官」に憧れ、各界でそんな人物がやたら目に付くのは僕だけだろうか?

 もはや黄門様のような、古典的な「勧善懲悪」は存在しないのだろう。
 いや、現代では当の黄門様からして、饅頭の下の小判ならぬ札束ににんまりしているのかも知れない。
 我々庶民が経済停滞の中、どれほど苦しんでいるかなどお構いなしに……

 我々庶民は今こそ、「悪代官」どころか……あのサドにこそ想像力の翼を広げるべきかも知れない。
 人間とはここまで堕落出来るものかと……「悪代官」などいっそ睥睨する地平にこそ……新たな曙光は拝めるのかも知れないのだ。

 私は、走り続けた……神になりたくて、ひたすら走り続けた
 
 そんなある日……私は、脚を引きづりながら逃れゆく、自らの後ろ姿に出合った

 そいつは、鼠にも似た尻尾のはえた、惨めな悪魔であった。

 

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