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料理のセンスと大滝詠一

 You Tubeなど見ていると、限られた予算でテキパキと栄養バランスにも優れた料理を次々と作っているのに感心してしまう。

 僕も、「倹約」の二文字は頭に刻印されているはずなのだが……かなり無駄が多い。
マヨやケチャップなど、絞ればまだ使えそうなのに、つい新しいのを買ってしまい、古い半端なチューブがいくつも残ってしまう。

 冷凍庫には、余ったショーガやネギの冷凍したのが……いつとも知れず溜まって、結局は捨てることになる。

 先の手際のよい人達は、こんなバカはしでかさないだろう。

 要は、料理のバラエティーが貧弱らしい。子供時代の偏食の祟りかも知れない。

 思えば、嫌いなものは一瞥もくれず、好きなものばかり食べていたらしい。例えば、弁当などでも、彩り豊かな幕の内なんかよりは、ハンバーグならハンバーグ、トンカツならただトンカツの、一品を好んでいたと思う。

 いや、未だにその傾向は強い。ついては、副菜の類いはつい疎かになってしまい……冷静に考えるまでもなく、栄養バランスは最悪だろう。

 かてて加えて、食材を使い回すという知恵にも劣る。三日分の豚コマを買えば……三日連続で塩丼だけ。焼き肉だけ。ショーガ焼きだけ、が続くことになる。

 まあ、それで満足はしているのだが、同じ食材でも料理方を変えることで、余ってる調味料やネギ、ショーガの類いも無駄なく処理出来るだろうとは思うのだが……常に後知恵に終わってしまうのだ。

 もとより、こと食事に関してならそれでもいいだろうが……如何せん、この傾向は僕の生き様にも影響しているらしい。

 すなわち、自分にとって関心のない情報には無頓着であり、好みの情報なり知識なりだけに固執てしまうのだ。

 いちいち挙げ連ねていれば切りがないが、例えば音楽。
 音楽に関しては、ジャズ、ロック、ポップス、クラシック、ついでに長唄……等、自分では案外幅広く聞いているつもりだが、演歌に関しては、納豆以上に嫌悪の対象なのだ。

 しかし、最近、ちょっと思い直している。

 古い歌だが、小林旭のヒット曲に「熱き心に」というのがある。僕としては、これを「演歌」の範疇に入れていたのだが、実は作曲者は我が愛する大滝詠一なのだ。
 もとより本人が歌っているのも知っていたが、つい聞きそびれていたらしい。

 最近、大滝詠一本人の歌を改めて聞いて、唖然としたものであった。小林旭の歌う演歌ではなく、完全なるポップスとして歌っているのだ。
 大瀧自体、音楽のジャンルは全て愛していたらしく、当然「演歌」も自らに取り入れている。

 合点がいった!

 食事を作る時……そう、僕にとっての先生は、先のYou Tubeの料理人ではなく、大滝詠一なのかも知れない。

 案外、その気になれば……納豆も、立派なポップスとして調理できるだろうか……

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