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皮膚の最前線

 

 敏感肌なのだろう……夏場は汗かぶれで体中かゆくなり、掻きむしった結果、手足は小さな瘡蓋だらけであった。


 暑さもおさまり、ようやく汗かぶれが治まったと見るや……今度は、乾燥をもって手足が痒くなる。この時期、ムヒソフトは欠かせない。

 確かに皮膚というのは、外部の刺激から肉体を防衛する最前線のはずが、僕の肉体に於ては、些か心もとない兵士しか駐屯していないのだろう。
 ちょっとした外部からの圧力にも過敏の反応して、恐れおののく様が……本部である肉体には「痒み」として通信されるに違いない。
 ムヒソフトは定めて、補給物資にあたるのだろうが……ボリボリ引っ掻くのは、叱咤激励を踏み外した怒声に他ならず、帷幄(いあく)にあってふんぞり返る上層部のエゴと認識した方がよさそうである。
 ここは、最前線の部下を信じるに如くはない。

 しかし、帷幄のお偉方の会話を聞いてみれば……相変わらず、臆病な皮膚前線の兵士どもに対する不満が絶えないらしい。
 どだい、お偉方というものは、仮に戦争の最中であっても、酒と女を手放さず、前線の兵士の苦労などはあまり分かっていないようなのだ。

 とは言え、帷幄にあっても少しは全うな将校もいて、前線の兵士にあまり勇猛果敢を期待するは、かえって身の破滅であると考える向きもある。
 そう。いっさい泣き言を言わず、自爆こそ望むところと敵兵に突貫するような兵士ばかりとするならば、皮膚前線はいつしか荒廃し、敵兵が知らず一気に乱入の恐れもあるだろう。
 「痒み」という泣き言や愚痴が零れるからこそ、怠惰な中枢としても、少しは補給や増援を考慮するはずである。

 かく言う僕も、実は帷幄にあって「痒み」に些か苛立っていたのだが……この所、安全と思われた本部に於ても、なにやらただならぬ不安が流し込まれているように思えるのだ。
 たぶん、本当の敵は皮膚前線ではなく……情報を通して、自分たちは安全と信じている中枢部のお偉方にこそ及んでいるのではないかという危惧である。

 もとより、僕の意見は、杞憂と一笑に付されてしまったが……あんがい中枢部にこそ、spyが潜んでいる気がしてしかたがないのだ。
 僕の脳細胞はもしかしたら、皮膚前線の兵士並に臆病なのかも知れない。
 頭が痒いと言えば、周りの連中は頭皮しか連想しないが……実は、頭皮ではなく脳細胞自体が痒いのだ!

 ある種のアレルギー反応だろうか?
 実は、皮膚前線どころではない、危機が迫っているのではないのか?

 つい、本部のお偉方を観察してみる。液晶に流れる情報を鵜呑みにし、シツコイほど流される大谷選手に拍手を送り、糞みたいなお笑いに同調し……脳細胞の「痒み」……実は、かなり深刻な通信を無視し、酒と女の享楽に酔いしれているのていたらくなのだ。

 これは極秘ではあるが……僕は実は、このアホ揃いの本部を乗っとるクーデターを計画しているのだ。
 信頼する諸君にはそっと伝えておくが……くれぐれも、口外はしないで頂きたい。

 

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