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盗み聞きの愉悦

 あまりいい趣味とは言えないが、僕は盗み聞きが大好きである。もとよりお断わりしておくが、犯罪的な「盗聴」という意味ではない。


 例えば、チャリで立ち寄った公園のベンチで、ちと離れた席での雑談につい耳を傾けてしまうのだ。大抵はご老人が多いが……

 以前は、車中にあっても結構お喋りをしている人達を見かけたものだが、近頃はスマホ相手に一人笑いをしている人こそ見かけるが、めったに雑談を交している風景に出くわさない。
 同じことはカフェにも言える。やはりスマホやノートパソコン相手の、黙劇である。つい先だって入ったカフェでは、隣の席で久しぶりに会話を交している二人組を見かけたが……どうやらバイトの面接のようで、時給とか交通費とかばかりで、面白い話を聞くことはなかった。

 思えば、赤の他人の会話に耳を傾け、想像力をもって膨らませ、これを楽しんでしまうという悪趣味に目覚めたのは、かれこれ小学生頃からであった。
 ガキのことだから、学校の休み時間などでは、みな大声で喚き散らしていたものである。
 仲の良い友達の話ならば、断片といえども内容はあらかた理解は出来るが、全く付き合いのない連中の会話などば、いくら聞き耳を立てても理解に苦しむ時がある。

 実は、そんな時が一番面白いのだ。

 当然、実際の所は、他愛ない遊びに関することや、人の悪口や、自慢話の類いなのだろうが……一切予備知識のない身としては、時にその会話は神秘的な謎や、不可解なミステリーにも繋がってゆくのだ。
 脈絡の分断された単語の一つ一つを、想像力の糸で結びつけてゆくと……日常のありふれた会話も、いっそシュールな、時には犯罪的な、有る場合には、アニメもかくやという異世界に誘ってもくれるのだ。

 今でも覚えているのだが、やはり脈絡不分明な会話の中に、「有栖川公園」という単語が飛び出した時、何やら背筋がゾクッとしたものだ。
 理由は分からないくせに、そこに出向けば、なにやら途轍もなく素晴らしいものに出合えそうに思えたのである。

 僕はさっそく、「有栖川公園」がどこにあるのかを調べてみた。そう。港区にある有名な公園である。ただし、僕はそこに行ったことは一度も無い。

 子供の僕は、そこに行ってみたいと激しく思う一方……なぜか、今はそこにいってはいけないという強迫観念も芽生えてしまったのだ。

 僕はたぶん、その瞬間に物語の世界に入ってしまったのだろう。

 そう。そんな他愛ない遊びのことも忘れ去ってしまった、十数年後のことである。
 僕は夢で、例えようもなく素敵な彼女と出合ったのだ。目覚めてから、僕はハッと息を飲んだものだ。

 叉、会えるわね……有栖川公園で……

 夢で逢った彼女の声が、耳底にこびりついて離れないのだ。

 もとより、益体も無い「分別」という足枷をはめられた身は、「有栖川公園」に出向いたわけではない。
 それでも、僕は……今にいたるまで、当公園で待っているやも知れない彼女についての消息を探しているのかも知れないのだ。

 思えば「辻占」という言葉がある。万葉集にも出てくる、由緒正しい占いなのだ。
要は、通りすがりの人達の何気ない言葉を元に、吉凶を占うというものである。

 僕の盗み聞きも……案外、どこにも存在しない謎の「有栖川公園」で僕を待つ、どこにも存在しない「彼女」の消息を知りたいがための……辻占目当てなのだろうか……
 

 

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