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蓑虫の思い出

  

 蓑虫の音を聞きに来よ草の庵


 ご存知、松尾芭蕉の句である。蓑虫は季語としては「秋」なので、チト時季外れではあるが、僕の場合、「蓑虫」といえば、だいぶ寒くなってから見かける風物詩であった。

 もとよりガキの頃である。別に注意しているわけでもないが、近年、蓑虫を滅多に見なくなった。絶滅種なのだろうか?
 かっては、人家の塀の上部あたりに、呑気にぶら下がっていたものであった。
 言うまでも無く、蓑虫は僕の苦手な蛾の一族ではあるが……なぜか、この蓑虫というのは愛嬌もあって案外好んでいた。蓑を纏ったまま、チョコチョコ移動したりもするのだ。

 お袋から教わったイタズラというか、遊びというか……この蓑虫を捕まえると、その蓑をはぎ取り、小箱に閉じ込める。そして、その中に、折り紙などを細かく切ったやつを入れておく。暫くすると、裸に剥かれた蓑虫は、この折り紙を材料にキレイな蓑で身体を包むのである。
 僕も、何度か試みたものだ。考えてみれば、かなり残酷な所業だろうに……ガキの美意識とは、そんなことには頓着しない。

 耳を傾けたこともなく、あり得ないとも思うのだが……裸にされた蓑虫は、慌てて新しい蓑を作りながら、かく叫んでいたかも知れないのだ。

 ちちよ ちちよ……と

 冒頭の芭蕉の句だが、「蓑虫の音を聞きに……」とある。

 そう。蓑虫は鳴くのだろろうか。確かに「枕草子」にも出てくるが、平安時代の頃、蓑虫は鳴くものと考えられていたらしい。いかにも日本人らしい感性だろう。

 ちちよ ちちよ……とは「父よ 父よ」、あるいは「乳よ 乳よ」とも漢字を当てるようだが……なんとも憐れな響きである。

 僕が小箱に閉じ込めた丸裸の蓑虫も案外、「父よ、父よ……なんで、おいら、こんなヒドイ目にあうんだい」なんて、泣いていたかも知れないのだ。

 思うに、憐れんでばかりもいられない。蓑虫が絶滅危惧種だと言うなら、かく言う僕も絶滅危惧種なのかも知れないのだ。
 社会に適応出来ぬ身としあれば、常に蓑をはぎ取られ、間に合わせのガラクタを蓑と頼むの生活……

 已んぬる哉……僕も「ちちよ ちちよ」と叫びたい。
 とは言え、「父よ 父よ」でも「乳よ 乳よ」でもなさそうである。

 そう。僕が鳴くとすれば……「遅々よ 遅々よ(なんで物事は上手く運ばないのか)」、あるいは「致知よ 致知よ(物事の本質を知りたいものだ)」 ……たぶん、そんな愚痴なのだろうが……

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