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オロナイン信仰

 

 僕が子供の頃……家には赤チンと並んで、必ず「オロナイン軟膏」が常備されていた。


 赤チンの方は、その後店頭からも消えてしまい、マキロンあたりに落ち着いたが、「オロナイン軟膏」だけは、今に至るまで手元にあって、ちょっとした皮膚疾患に重宝していたものだ。

 まあ、今更と言うわけでもないが……最近、この「オロナイン軟膏」が全く無効であるという記事をいくつも見かけた。
 なにせ、昭和28年頃の発売というのだから、当時は効能あらたかな藥も少なく、若干でも効果がありそうというので万能薬扱いされたのだろう。
 その後、薬学も進歩し、「オロナイン軟膏」の薬効であるニキビから水虫に至るまで、それぞれに特化された薬品が登場し、当初の常備薬としての地位ががた落ちになったらしいのだ。

 そうは言っても、これだけ歴史のある藥とあって、これを信奉している向きも多いが……冷静に検証するならば、別に「オロナイン軟膏」を使用せずとも、自然治癒の結果、治っていた……というのが現実だという。

 有り体に言えば、「おまじない」のような藥なのだ。

 思えば、昔(たぶん今でも?)……子供がどこか痛めると、母親が患部を擦りながら、呪文を唱えたものである。

「チチンプイプイ 痛いの痛いの飛んでゆけ」

 幼い記憶ではあるが、僕とてお袋の呪文と掌の感触だけで……不思議と痛みが遠のいた記憶がある。

 蓋し、「オロナイン軟膏」とは、かかる呪文の軟膏板と言えなくも無い。

 合理的人間ならば、根っから「呪文」などの迷信は唾棄し、科学的に実証された藥を選ぶに違いない。

 別に異論は無い。

 僕とて今後……「オロナイン軟膏」は常備することはないかも知れない。

 確かに、コトが「藥」に関するなら合理的の一言で片づけられるが……万事、人間の営みと範囲を広げてみるならば、あまりにも科学的検証だけを前面に押しだすのも好きにはなれない。

 人類は進化を続け、もちろん医学全般も進歩を続けているのは事実だろうが……未だ、究極を極めてはいないのだ。

 今から百年後、二百年後には、あんがい二十一世紀の近代医学が、「オロナイン軟膏」扱いされる可能性だってあり得るだろう。

 そして、案外その時になって、我々はハタと気がつくのかも知れない。

 そう。本当に効能があったのは科学の恩恵ではなく、母親が愛おしさを込めて、子供のひざっこぞうを擦りながら唱えた、聖なる呪文であったと……

 チチンプイプイ 痛いの痛いの飛んでゆけ!
 

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