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書籍解説No.5「使える脳の鍛え方 成功する学習の科学」

こんにちは。

前回の書籍解説では「影響力の武器 なぜ,人は動かされるのか」を取り上げました。

第5弾は「使える脳の鍛え方 成功する学習の科学  (ピーター・ブラウン、ヘンリー・ローティガー、マーク・マクダニエル)」です。

目次
1章 学びは誤解されている
2章 学ぶために思い出す
3章 練習を組み合わせる
4章 むずかしさを歓迎する
5章 知っていると錯覚しない
6章 「学び方」を越える
7章 能力を伸ばす
8章 学びを定着させる

目次を見て推察できるように、本書では「本当に身につく学習法」を認知心理学の観点から証明しています。
人間の脳と最新の科学的知見を踏まえて、これまで広く一般的に行われてきた学習方法が非効率的であることを示し、学習した内容を「その場しのぎの短期記憶」ではなく「いつでも脳から引き出せる長期記憶」として残すための有効な学習方法を紹介しています。

【キーワード:短期記憶と長期記憶、想起練習(テスト)、ダニング・クルーガー効果】

【短期記憶と長期記憶】

[試験「あれだけ勉強したのに」]
試験の一週間前。とにかく長時間テキストやノートに向かい合うことで、「勉強した」と満足感に浸る。
試験前日。夜通しで単語帳を復唱し、単語を何度もノートに書き殴る。
試験当日。思ったほど記憶に残っておらず、時間や労力を費やしたほどの結果は得られなかった。あれだけ勉強したのに。
[読書「あのときは理解できていたのに」]
「なるほど」と納得しながら坦々とページをめくっていた。しかし、数日後にふと本の内容を思い返したときにはまったく記憶に残っていなかった。読んでいるときは理解できていたはずなのに。

このような経験をした人は少なくないと思います。私もその典型的な一人でした。勉強に多大な時間を費やしても、いくら集中して読書をしても、それが記憶として残っていないのはなぜでしょうか。そして、インプット効率を高め、いつでも記憶から取り出せるようにするには、どのような勉強方法が有効なのでしょうか。

まず、記憶は大きく短期記憶と長期記憶に分けられます。いずれも字のごとく、脳に短期的な記憶として残るのが短期記憶、そして長期的に残るのが長期記憶です。

先ほど上で挙げたような集中練習(詰め込み学習)の場合には、短期記憶として脳にインプットされてしまうことから、たとえ直近のテストでは好成績を残してもすぐに忘れてしまいます。集中練習をすると一気にたくさん覚えたという実感が湧きますが、たとえ結果を残したとしても習得段階における「一時的な力」に過ぎず、「定着した習慣の力」によるものではないのです。

学習した内容や知識を使えるものにするためには、長期記憶として脳に落とし込み、いつでもそこから引き出せるようにしなければなりません。そのために有効な方法が想起練習(テスト)です。テストと聞くと、習熟度を計るための手段として認識されがちですが、実は知識を記憶から引き出す有効な学習手段です。
テストのたびに記憶は強化されていき、次第に脳から簡単に引き出せるようになることから、より幅広い問題にも応用ができます。ついでにいうと、とりわけ想起に知覚努力を要するもの、つまり難易度が高く複雑な課題ほど記憶を長続きさせる効果があると著者はいいます。

【集中練習(詰め込み学習)】
●短期記憶(すぐに忘れてしまう)
●一時的な力
【想起練習(テスト)】
●長期記憶(いつでも記憶から引き出せる)
●定着した習慣の力
●習熟度を計るためではなく、知識を記憶から引き出すための学習手段

【習熟度を高める練習方法】

学習効率を上げるための方法として、想起練習(テスト)が有効であることを述べました。思い出そうと努力をすることで学習は強化されていき、長期記憶として脳内で構成されていきます。
以下では、その具体的な3つの練習方法について、事例を挙げながらまとめていきます。

【間隔練習】

例)自作の英単語テストを行い、それとまったく同じものを数日後に解く。これを完璧に覚えるまで繰り返す。

新しく学んだことを長期記憶として定着させるには「統合」というプロセスを経なければなりません。「統合」とは、解釈の定まっていない不安定な記憶痕跡を整理し、それに意味を与えることで安定させるプロセスのことです。
一度学んだことを間隔を置いてから(少し忘れてから)思い出そうとすることで「統合」は促され、次第に記憶が強化されていきます。
繰り返しになりますが、思い出そうと努力をすることで学習は強化されていきます。そのため、「あえて」忘れてから想起することが学習の習熟度を高めるといいます。

【交互練習】

例)4つの立体(三角柱、回転楕円形、球錐、反円錐)の体積の求め方を習ったあとに、先生から練習問題を渡された。その設問は、立体が種類ごとに分けられたものではなく、順不同だった。

これは、2つ以上の科目や技術を交互に学ぶ練習方法です。
上の例は実際に行われた実験ですが、種類別に解いたグループ①の正答率よりも、交互に解いたグループ②の正答率の方が高かったといいます。交互練習によって、それぞれの問題における類似点や相違点に注視でき、感覚的に認知したものを脳内で意味のあるイメージに変えられるようになるためです(統合)

【多様練習】

例)バスケットボールのシュート練習を、シュートを打つ場所を変えながら、更にレイアップやフリースローなども織り交ぜながら行う。

多様練習を通じて種類の異なる練習をすると、ある状況で学んだことを別の状況に適応させなければならないことから、脳の違う部分が活性化します。脳の努力を要しない集中練習で学んだことは、脳の単純な部分で処理されますが、多彩で普段よりも頭を使う練習で学んだことは、様々なことに対応するための柔軟な部分に組み込まれます。

【能力不足を自覚する】

人は、能力不足であるほど自己を過大評価し、現実と理想の実利に乖離があることに気付かないといわれています。この理論は、心理学者デイビット・ダニングとジャスティン・クルーガーにちなんでダニング・クルーガー効果と呼ばれています。ダニングの言葉を引用すると、人間には「動機づけられた推論」を好む傾向があり、「不都合な真実を否定し、心地よい結論で自分を説得する天賦の才能を有する」といいます。

試験勉強の際、テキストがすらすら読めると、理解できた気になって根拠のない自信が湧いてくるものです。テキストの再読で勉強する学生は、すらすら読めるようになったことで知識が身についたと勘違いし、本番でも高得点が取れるだろうと自己を過大評価します。その結果は、言うまでもありません。

こうした自己の過大評価を抑え、知ると知らないとを検証するには「失敗」が有効なフィードバックになります。テストが学習において有効であることを述べてきましたが、テストは単なる成績を推し量るための計測手段ではなく、「学習ツール」として扱われるべきです。そして、そこでは間違えることを恐れてはいけません。
解答を暗記するよりも、実際に問題を解いて(テストをしてみて)間違える方が、現時点での能力に気付くことができ、有効なフィードバックとなるからです。

【まとめ】

学習した内容や知識を長期記憶として脳に落とし込むためには、想起練習(テスト)が有効な方法であることを述べてきました。脳は、思い出す作業を繰り返すことでより複雑な回路が構成されていき、記憶が強化されていきます。

また、学習はそれ以前に蓄えた知識の上に築かれるといいます。既に自分の持っている知識を、新しく学んだものと関連付けしていく過程で記憶痕跡は強固なものになっていきます。ゆえに、知識を更新していく作業も学習においては必須です。変化のスピードが速い現代において、自分が既に持っていた知識や情報も数年後には時代遅れになってしまいます。世界は絶えず変わり続けているのです。

ここで紹介した内容は、本書のなかで綴られている有益な学習・指導方法の一部です。本書で解説されているメソッドは、学生や教師といった教育現場のみならず、職場やスポーツの現場でも応用が可能です。
「定着した習慣の力」は完成度の高いパフォーマンスの発揮につながり、成果をもたらすに違いありません。

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