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行きと帰りと、その間

“行き”

昨年12月の8日に到着。年明けて3日に出発。長い日本滞在だった。諸事情あって実家に泊まるというオプションがないため、また今回は途中から家族(夫と息子、娘)がそれぞれスイス、アメリカ、英国から合流するという大人数編成なため、都合、ずっとホテル住まい。そのせいもあってか、心情的には帰国ではなく、訪問。日本は帰るところではなく、行くところ。思えばそれがデフォルトになってもうずいぶんになる。

「行くところとしての日本」への入り口は、往路の機内で見た一本の映画だった。日本を舞台にしたクルド人難民一家の物語、「マイスモールランド」。

 「国家を持たない世界最大の民族」と呼ばれるクルド人。埼玉県には2000人ほどのコミュニティが 存在するが、クルド人が難民認定された例はこれまでないに等しい。そして、本作の企画が動きだした2017年 当時より、出入国管理及び難民認定法(入管法)を巡る状況は、悪化の一途をたどっている……。この現状を、17歳の少女の目線を通して描いたのは、是枝裕和監督が率いる映像制作者集団「分福」に在籍する新鋭・川和田恵真監督。イギリス人の父親と日本人の母親を持つ監督が、成長過程で感じたアイデンティティへの想いを元に、理不尽な状況に置かれた主人公が大きな問題に向き合う凛とした姿をスクリーンに焼き付け、本作を企画段階からサポートした是枝監督の『誰も知らない』(04)の系譜に連なる“日本の今”を映し出した。

公式サイトより)

日本の難民政策(というか、その欠如)や入管におけるとんでもない人権侵害については、もちろん私も承知していた。数年前に『難民と生きる』という本を書いた時、その舞台は主にドイツだったけれど、「ならば日本はこの件、どうなっているのか」と、いろいろ調べた経験があったからだし、その後も、スリランカ人女性ウィシュマルさんの亡くなった経緯やその後の裁判の行方をはじめとして、目を覆いたくなるような日本の現状に、たぶん人並み以上に注視してきたからだ。

知識としては、だからそこそこ知っていることだったのだけれど、これが現状に丁寧に取材した上で映像化された本作となると、その身に迫るインパクトは絶望的に圧巻だった。ロボットのような対応をする警官や入管職員、学校の先生といった登場人物は、従順なアイヒマンを連想させるし、突如、在留資格を奪われた家族が直面する八方塞がりな状況には苛立ちと怒りが募る。働けず、進学もできず、県境を越えることもできず、そして帰る(行く)場所もない。ひとたび入管に収容されれば、そこでの劣悪な環境や「イジメ」以外の何物でもない処遇で心身を病んだり、自ら命を絶つ道を取る人も後を絶たない。映画の中ではいよいよ家賃や今日の食べ物にも事欠くようになった主人公のサーリャが「パパ活」に踏み出すシーンも出てくるが、そもそもその「パパ活」をあっけらかんとサーリャに進めたのは、何ら悪びれることもなく自らもそれでお小遣い稼ぎをしているサーリャの友達の普通の女子高生だったりする。

そうか、今、この飛行機はそんな国に向かって飛んでいるのだ。私がこれから訪れるのは、この映画に描かれているような国なのだ。そう思って気分が沈んだ。とても悲しくなった。「心浮き立つ日本行き」には程遠い晴れない気持ちを抱いたまま、程なく窓の外に見えてきた富士山の勇姿を複雑な思いで眺めたものだった。


“真ん中”

一見して「外国人」という印象を与える家族の面々と連れ立って移動していると、普段、自分一人では目に入らない景色が見えてくる。

道でタクシーを呼び止めようとするのだが、来るタクシー、来るタクシー、直前まで「空車」なのに、数メートル前で突然「迎車」のサインに変わる。

「なにこれ?」

「あ、僕たち、それ、何度も経験したよ」と息子。

家族と合流する前、英国人の友人たちと東京で数日、過ごした彼は、「僕たちの顔見て、運転手さん、そうするんだよ。英語わからないから怖いって思うのかもしれない。悪気ないのかもしれないけれど、感じ悪いよね」

その息子の提案で、家族は一歩後ろに下がってあらぬ方向を眺めて他人を装い、私一人が手を挙げてみたところ、タクシーは一発でつかまった。

タクシーといえば、とある駅前でこんな表示↓に遭遇して、これまた目を剥いた。



「Foreign Friendly」とわざわざ但し書きされている乗り場には、だが、タクシーは一台も停まっておらず、けれど「一般乗り場」の方へは続々とタクシーがやって来る。最初、うっかりこちらの乗り場に並んでしまって、そのことに気づき、私たち一家は慌てて一般乗り場に移動したが、お気の毒なツーリストの方々、寒空の下、いつまでタクシーを待たねばならないのだろう。

外国から予約できない新幹線、外国の電話ではダウンロードできないタクシーアプリ、「ご使用になれません」と言われるクレジットカード、QRコードを目視する係員(目の中にセンサーでも付いているのか???)、ラインのアカウントからしかメニューを閲覧できないレストラン。日本語を解し、地理や移動手段の仕組みもそこそこわかっている私にしても、訪問者として訪れる日本、なかなかハードルが高い。

それでも子供たちは、認知症になってしまったおばあちゃんにとても優しい。相手が喜びそうな質問を次々と投げかけては楽しそうに会話する様子、おばあちゃんの足元や荷物を気遣う様子、「観光なんて何もいらないよ。おばあちゃんに会うのが今回の来日の目的なんだから」と断言する若者二人の成長ぶりに、かあさんは何度も目頭が熱くなった。悪いことばかりではない。人の優しさやきめ細かさに触れ、丁寧な所作にホッとし、世界一美味しい食べ物を堪能した、そんな日本滞在でもあった。母の介護の道筋も少しずつ整い、コロナ到来以来初めて日本に行った5月の「ショック」と「途方にくれる」状況からはずいぶんと前進もした。こちらも前回よりは落ち着いて、おおらかな気持ちで母の状況を受け止められるようになった。そのことの意味は大きかった。


“帰り”

ウクライナの戦争でロシア上空は飛行できず、大きく北極近くを迂回するため、14時間という長いフライト。その帰路で見たのが、これまた素晴らしい力作。アンソニー・ホプキンズが認知症の老父役を熱演する「The Father」だった。

昨年読んだ本の中で五本の指入り、と思っている『ミシンと金魚』もそうだったが、この映画もまた、認知症を患っている人が見ている世界が軸になっている。それはまた、なんと心許なく、混乱極まる世界だろうか。と同時に、『ミシンと金魚』のカケイさん同様、ホプキンズ演ずるアンソニーもまた、生来のユーモアやチャーミングな横顔が時折、ちらりと顔を覗かせる。

見ているこちらはどうしたって母の姿がアンソニーに重なってしまう。母がここ数年生きているであろう世界のことを、なんとか少しでも想像してみようとする。心細いだろうなあ、怖いだろうなあ、お母さん、かわいそうに。

その母は「ウクライナには訪問したこともあるから、余計のこと、他人事とは思えない。なんてお気の毒なこと」と、戦争勃発以来、何度も繰り返す。しかし母はウクライナに行ったことなどないのである。学会に出席する父と共にロシアとポーランドへ出かけたことは確かにあったが、いつしか彼女の中でそれがウクライナに変換されてしまったのだろう。

良い映画に出会えた長いフライトを経て飛行機がフランクフルトに到着したのは夜の7時過ぎだった。チューリッヒ行きの便に乗り換えて家に着いてみれば、外気は拍子抜けするほどの暖かさ。なんでも観測史上、最も暖かいお正月だったそうで、これも温暖化の影響なのだろう。温暖化自体は非常に憂うべき事柄だし、雪のないスキー場は悲鳴をあげているが、今年に限っては暖冬はありがたい。戦争でガスが足りず、早いうちから越冬の燃料不足が懸念されていたし、ウクライナでは発電所などが爆撃され、暖房がまったくない状況の中で冬を過ごしている人がたくさんいると聞く。そしてそのウクライナからの難民の波はまだ続いている。

シリアやイラク、アフガニスタンやエリトリアからの難民と、ウクライナからの難民に対する扱いに差があることは、当初より指摘されてきたし、それは残念ながら事実でもある。そしてもちろん、地中海では今だに多くの難民が命を落とし、難民認定が降りない人だってたくさんいる。けれど、少なくとも難民受け入れ年間数十人という日本(平成三年度は65人。出入国在留管理庁発表)とは雲泥の差の待遇を、欧州各国は長年にわたって提供してきた。私が関わっているコンゴ出身の女性は、難民申請は通らなかったが、人道上の配慮から特別な在留許可書を発行され、働く自由もある。けれど健康上の理由から働くことができない彼女の暮らしは、今、社会保障によって支えられている。

難民の扱いからコロナ対応、おかしな政治、外国人差別、マスクの着用を誰も嫌がっていないらしい点など、日本はどんどん遠い国、よくわからない国になるけれど、コロナの数年間は、その遠さを別の次元に変えたように思う。私だけでなく、多くの在外邦人が多かれ少なかれ、共通して抱く感覚なのではないかと思う。



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