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ちょっと無理をして

 人は皆、その程度に大小あれど、絶対に「無理をしている」と思うんですよ。希死念慮を抑えながら学校に行っている子供だって居るし、生活のため社会の畜生と化したオトナもいる。
 私が嘆きたいのは、そんな無理をしてまで頑張らなくても(😭)ということではなく、無理をしなければ生きられないということである。

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 転職活動をしたとき、私はかなり"無理を"していた。言うまでもないが、就活生側はまるで地を這う浮浪者のごとく、一企業の床に這いつくばらなくてはならない。灼熱の床に身を臥した利根川のように。

 この時点でかなり無理なのだが、1ナノも共感できない企業理念や武勇伝に相槌を打つ、これもかなり無理。だがジョブをハンティングするということはそういうことである。私は何故営業職なんかを望んでいるんだ?お前の第一志望は種田山頭火のような吟遊詩人ではなかったのか?
 おもしろいことに、虚栄心というのは意外と見抜かれてしまう。子曰く、私は「優しすぎる」らしい。ハッとしてグッと来てしまった。無理をしてまで、私の生来の優しさを隠すことはなかったのだ。八ツ橋の餡のように、私は優しさに包まれている。

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 くたびれた奴隷たちを積んで夜に駆けるは軋む鉄塊。

 ―――平たく言えば満員電車である。

 いつもより窮屈に感じる四人掛けのボックス席。私は進行方向を背面に座った。シティーライトが夜の奥へ消えてゆく。もっと光を見たいのだが、窓際の席に置かれた檸檬堂の缶が目障りだ。

 夜の街で飲めない酒は、帰りの列車をダイナープレヤデスへと変える。窓際に座っているジジイはおそらくこの列車を寝台車か何かと勘違いしてやがるんだ。左手に酒、右手にニンニクの素揚げ。トワイライトはもう見えない。

 この爺さんもまた、無理をしてるんだ。多分どこかで、無理をしているんだろう。無理をして生きている。

 私にこの老爺を蔑む資格はない。だが称えることもできない。老爺の横にいる若娘は煙たそうに身をよじるが席を離れようとはしない。この子もまた無理をしている。そんな光景を目の前にしながら一抹の不安を抱える私もまた、無理をしているのである。

 今日の帰路はやけに長いんだなぁ。

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