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噛んだら危険、歯が欠けるぞ。

 なんだかんだ言って私は毎日台所に立つ。

 朝ご飯と晩ご飯は私の担当だからだ。

 学生時代にお金がなかったので自炊をしていた経験が今でもずいぶん役に立っている。

 私の料理の師匠は母とマンガである。

 母は三人兄弟のなかで私に料理の素養を見出したらしくそれはもう手取り足取り教えてくれたものである。

 そのおかげで高校を卒業するころには家族の晩ご飯を作るくらいはできるようになった。

 味にうるさかった祖父もそれなりに納得できる料理を提供できていたと思う。

 それと平行して料理マンガもよく読んでいた。

 新聞社勤務のぐうたら社員が食に異常に厳しい父親と対立して料理対決をするマンガや、福岡を舞台にアゴの発達した大男が料理でみんなを幸せにするほのぼの料理マンガも熱心に読んでいた。

 父がグルメマンガ好きだったので料理をテーマにした他の作品も浴びるように吸収した。

 母仕込みの料理の基礎とマンガの料理うんちくは確実に私を成長させてくれた。

 そんな感じで自分は意外と料理が出来るんじゃないのと天狗になっている節があった。

 しかしそんな私にも弱点はあった。

 それはお菓子作りでこれは全くの未知の分野だった。

 高校生の頃のホワイトデーに何か面白いお返しをしたいなと思った私はそうだクッキーを焼こうと思い立った。

 作り方がまるで分らなかったので母に聞くと、小麦粉とバターと卵と牛乳と砂糖があれば大丈夫と言われた。

 母が手伝おうか?と聞いてきたが高慢ちきだった私は平気、こんなの楽勝と言って断った。

 早速材料をそろえて計量もせずに目分量で小麦粉をボウルに入れて砂糖も適当にバサバサ、卵を一個入れて牛乳をいれてレンジで溶かしたバターをドッと加えた。
 
 後は力の限りグリグリとこね回した。

 生地のまとまりが悪かったので長時間かけて強引にまとめた。

 それを一口サイズにとって適当に手で丸めてクッキングシートに並べてそのままオーブンに入れて焼いた。

 中までしっかり火を通そうとして長時間熱を加えた。

 そのうち台所にバターと砂糖の甘い匂いが漂いだしてきたのでいい感じと思って洗い物を片付けた。

 オーブンがピーと鳴ったのでアツアツのクッキーを取り出した。

 ちょっと端っこが焦げているが見た目は間違いなくクッキーだった。

 ラッピングをするので冷めるまで待った。

 しばらくして味見に一個口に運ぶと、か、硬てぇと絶句してしまった。

 気を付けていないとクッキーの角で口の中を切ってしまいそうになるくらいの硬度でとてもじゃないが成功とは言えなかった。

 味もぼやけた砂糖の甘さだけで焦げ臭くて不味いとしか思わなかった。

 うへぇ、こりゃ大失敗だと呆然としていると母があぁやっぱりうまくいかなかったのねと言ってきた。

 お菓子作りの基本は何はともあれまずはきちんと計量する事ねと言いながら私がやらかした原因を一つずつ挙げてくれた。

 小麦粉を加える前にバターと卵と砂糖を混ぜておくこと、小麦粉を加えたら混ぜすぎると粘りの素であるグルテンが出てくるのでさっくり捏ねる事、出来上がった生地はすぐに焼かないで二時間は冷蔵庫で休ませる事、オーブンは予熱をしっかりして焼き時間は長くても十五分程度というダメ出しのオンパレードだった。

 つまり私のやってしまった工程のほとんどは失敗への直行列車で母からしたら、ああこの子はそんな事まで…と目を覆いたくなったであろう。

 結局初めてのお菓子作りは私の思いあがったプライドを粉々に打ち砕いた。

 二度目のチャレンジをする気力もなくホワイトデーのお返しは市販の安いクッキーを渡すという体たらく。 

 それ以来何となく苦手意識がついてしまい今でもあまり積極的にはお菓子を作ることはない。

 甘いものを作るのは甘くないと学んだ十七の夜。

 いや、本当に岩のように硬かったんですよぉ、トホホ。

 

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