『あの子もトランスジェンダーになった SNSで伝染する性転換ブームの悲劇』が刊行中止になったことがニュースになった。
※1/26 「区議・政党関係者による言及」を追記しました。
ある編集者とのやり取り
この件について記事を書くうえで、ある編集者とのやり取りを通してわたしの考えを述べておく。
この対話の後、この編集者にはブロックされてしまった。
この本の原著は海外で話題になっていたので以前から気になっていて、翻訳版が出版されるのを楽しみにしていた。しかしその本が出版を目前にして目の前で取り上げられたということに、わたしは今でもとてもがっかりしている。
『あの子もトランスジェンダーになった』は、書誌情報が掲載されてから刊行中止の判断がされるまで3日も経っておらず、動きがとても速かったので、おおまかな流れを記録しておくことにする。
おおまかな流れ
KADOKAWA翻訳チームの告知
2023年12月3日の午前、KADOKAWA翻訳チームは以下のような告知を投稿した。(この投稿は削除されていたため、archiveからスクリーンショットを取得している)
これらの投稿に対して、出版関係者や大学関係者やLGBT活動家たちが、その本を「ヘイト本」と呼んだり、本の刊行に抗議する投稿をしていた。
刊行告知に対する作家や編集者たちの抗議
賛否両論の意見はこちらで確認できる。
【2/13 追記】上記togetterは削除されたため、魚拓のURLを添付する
https://archive.li/f76A2
(追記終わり)
そして「#KADOKAWAはヘイト本を出すな」や「#1206トランス差別KADOKAWA抗議」というハッシュタグが使われるようになった。
KADOKAWA本社前での抗議の呼びかけもあった。
【1/26 追記】区議・政党関係者による言及
現職の区議や政党関係者のなかには、具体的な説明もなく「疑似科学」「トランス差別に加担する」「ヘイト本」「トンデモ本」と決めつけて批判したり、ハッシュタグを用いて出版に抗議している人もいた。
小池めぐみさん(杉並区議会議員・日本共産党)
大貫はなこさん(台東区議会議員)
片岡ちとせさん(葛飾区議会議員・日本共産党)
村田しゅんいちさん(衆院選福岡1区予定候補・社民党)
みなと隆介さん(大阪市淀川区・日本共産党)
日本共産党 世田谷青年支部さん
日本共産党世田谷青年支部は、批判を受けた後に、投稿を削除して謝罪していたが、謝罪においても「角川がトランス差別的な本を出版しようとした」と断言しており、特に疑問を感じていないようだった。
個人的には、現職の区議や政党関係者がまだ出版前の本に対して、内容について具体的な指摘もなく「疑似科学」「ヘイト本」「トランス差別に加担する本」「トンデモ本」「トランス差別本」と断定していたことは、公人の振る舞いとして疑問がある。
それに加えて、後に削除されたものの「至急企画を潰すべきです!」という発言もあったことで、反対の論陣に対しては言論の自由を毀損しても構わないかのような一部左派の強固な姿勢が露になったようで恐ろしく感じた。
こういった意見を書くと極右/ネトウヨなどと批判されるが、わたしは左派を自認している。
わたしが右傾化したのではない。一部の左派リベラルが極左になっているのではないだろうか。(孫正義の「髪の毛が後退しているのではない。 私が前進しているのである」的な)
(1/26の追記ここまで)
「#KADOKAWAはヘイト本を出すな」というハッシュタグは実際にトレンド入りもしていた。それほど話題になっていたということだろう。
刊行中止の発表
12月5日の午後あたりから、それまで予約購入できていた『あの子もトランスジェンダーになった』がオンラインショップで品切れになりはじめた。
その後、KADOKAWA翻訳チームが刊行中止を発表した。
それから間もなく、日本語翻訳版刊行中止の報が原作の著者にまで届き、言及されていた。
出版抗議・刊行中止に対するさまざまな意見
わたしは出版に抗議していた出版関係者やアカデミシャンやアライたちがどんな発言をしていたかの記録もとっている。しかし、それらを全てnoteの記事にするとあまりにも散漫になるし、スクリーンショットの羅列が膨大な量になってしまうので、どういう形で記録を残そうか考えあぐねていた。
今回は「出版に対する抗議をどのような主張で擁護していたか」を中心にして観察した結果に絞ってまとめたいと思う。
というのも、実際に「#KADOKAWAはヘイト本を出すな」「#1206トランス差別KADOKAWA抗議」というハッシュタグを使って抗議していた出版関係者やアカデミシャンやアライと、本が刊行中止になったことに言及する左派リベラルの人たちは、大部分では重なっているものの、なんだか後者(主に左派リベラルの人たち)が前者(ハッシュタグやデモで抗議した人たち)の振る舞いを歯切れ悪くもかばっているかのように見えたからだ。
※わたしがここに掲載するのは全て発信時、公開投稿になっていたものばかりである。スクリーンショットにはURLやarchiveを併記した。
キャンセルされたほうがむしろオイシイ説
このお二人の「キャンセルされたほうがむしろオイシイ」みたいな理屈が意味不明なんだけど 「検閲された口を封じられたっていう主張それ自体が、検閲された口を封じられたはずの側がより力を獲得する、そういう目的のためにされている。」ってコト?!さすがにアクロバティックすぎません?
ゲラを送ったのはステマ説
わたしは出版業界の人間じゃないんで分からないんですけど「ゲラ送付」「献本」はステマなんですか……?
抗議者たちは国家権力ではないので焚書/検閲/言論弾圧にはあたらない説
たしかに刊行中止は「焚書」には当たらないのかもしれない。
「焚書」するには、まずは 本 が 出 版 さ れ な け れ ば な ら な い のだから。まだこの世に存在しない本は燃やすことすらできない。
出版中止の判断をしたのはあくまでもKADOKAWAなので出版の自由が損なわれたわけではない説
本を出版するという未来の読者との約束を「キャンセル」したのはKADOKAWA
出版を取りやめる自由もある
津田大介さんの意見
反LGBT的な言説を流布してるインフルエンサーにゲラを先に見せる「売り方」が悪かった
キャンセルカルチャーの話とは切り離して考えたほうがいい
ステルスな世論工作
刊行中止になった幻の『あの子もトランスジェンダーになった』は「表現の不自由展」に展示されますか?
極右/保守/宗教右派/統一教会案件だ……!(キュピーン)
言論の自由というのは人権の尊重より上には来ない説
「KADOKAWAは結果まで責任取れよ」
そんな本よりもまず『トランスジェンダー入門/問題』を読みましょう
『トランスジェンダー問題』『トランスジェンダー入門』『反トランス差別ブックレット』『フェミニズムってなんですか』『ウィッピングガール』、ジュディス・バトラー、フーコー以外のオススメを教えてほしい。
性別移行を後悔して、何が悪いんだ
おわりに
わたしはトランスジェンダーの権利擁護を熱心にする人たちの動きをSNSで観察しており、出版に関する騒動はこれまでに何度かあった。
以下のようにnoteで記録してもいる。
『TERFと呼ばれる私達』では、企画段階でまだ誰も内容を確認することができないにもかかわらず、出版前の本のクラウドファンディングが中止になった。
今回のKADOKAWA『あの子もトランスジェンダーになった』のような、出版物に対する抗議やキャンセルは初めてではないし、むしろ今までのこういった動きがエスカレートした結果だとわたしは考えている。
英語力マウントなのか、英語で原著を読めばいいという意見も多数見られた。しかし、それは翻訳という仕事の意義を軽視し全否定している。
それに日本語の翻訳版では、発達障害専門の精神科医師の岩波明氏による監修があるはずだった。
KADOKAWA本社前での抗議の呼びかけをしていたかぱぱんさんはこのように発言していた。
エリート階級によるパターナリスティックな干渉に盲従することを是とする宣言のようで、あまりにも権威主義だと思う。
一般市民にも翻訳版を読んで知る権利はあるのに、インテリたちが勝手に内容を判断してゲートキーピングをするのは、一般市民を見下す大衆蔑視であり傲慢ではないのか?
ユン・チアン『ワイルド・スワン』にこんな一節があった。
懐疑的な見方をするには、片方の意見だけではなくて、反対意見も含めてさまざまな視点から考える必要がある。
性の多様性をうたう人たちが、意見の多様性を認めずに、出版すらも認めないというのはどんな皮肉なのだろう。
抗議者たちが自分で読みもしない本に「ヘイト本」だとレッテルを貼って、具体的な指摘もなく差別だと吹き上がり、ハッシュタグをトレンド入りさせ、KADOKAWA本社前のデモを企画するなどの圧力をかけておきながら、いざ刊行中止になったらさまざまな言い訳をして、あくまでも決断を下したのは出版社などと無責任にしらばっくれていた様子に、わたしは心底あきれている。
自分らのしたアクションが出版中止という形で実を結んだのだから、堂々と胸をはって誇ればいいものを。
もし「出版自体に抗議はしたものの、出版中止になるなんてたぶん誰も思ってなかった」ならば、抗議者たちにとっての社会運動とは、ただのガス抜きや憂さ晴らしに過ぎなくて、実現までは求めていないと認識してもよいのだろうか。
抗議者のなかには出版関係者やアカデミシャンもいたが、その人たちは足元に火が迫るまで、自分たちがいったい何をしていたのか理解できないのだろうかと、想像力の乏しさを残念に思う。