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素朴な話が読みたい時もある

私は冒険小説や幻想小説、推理小説が大好きだが、素朴で何も起きない、普通の人々の物語も大好きなのだ。
そんな訳で、私はそういった系譜の本だとサローヤンが最近のお気に入りだ。
今のところ読んだのは『僕の名はアラム』と『リトル・チルドレン』だ。どちらも短編集で、アメリカの人々の日常を描いている。
『僕の名はアラム』で好きな話は、町にサーカスが来る話だ。出だしからしてもう最高なので引用しておこう。

サーカスが町にやってくるたび、僕と僕の長年の友だちジョーイ・レンナはもう豚みたいに駆け回った。塀や、空っぽのウィンドウに看板を見ただけで二人ともまるっきり見境なくなって、勉強も放り出した。サーカスが来ると聞いただけで、だいたい勉強なんて何の役に立つんだよ、と僕もジョーイも言い出すのだった。

p.149

この「豚みたいに駆け回った」というフレーズが私はすっかり気に入ってしまった。「だいたい勉強なんて何の役に立つんだよ」というところも率直ですごく良い。素朴な飾り気の無い文章だからこそ、自然に情景が思い浮かんでくる。
『リトル・チルドレン』で好きなのは、『日曜日の飛行船』という話だ。主人公の兄が日曜学校で教会への寄付金に持たされたお金をこっそり寄付せずに貯金していて、何に使うのかと聞けば、「飛行船に乗るお金を貯めている」と言う。それを聞いた主人公は、「ぼくも連れて行って」と言うのだが、兄は「友達と行くつもりだから連れて行かない」と言う。日曜学校へ行く時も、兄弟一緒に行くものの、兄は友達と合流すると二人で考えた暗号で会話するので、主人公はつまらないし置いていかれるような悔しい思いをする。結末は言わないでおくが、この主人公の状況や心情というものがすごくリアルでよく出来ている。
あくまでも何の事件も起きない、日常の話なのにこうも面白いのは、登場人物達が生き生きとしているからだろう。そして登場人物が生き生きとしているのは、サローヤンの人間への暖かい眼差しというものがそこにはあるからではないだろうか。

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