見出し画像

【戯曲】『花喰ひ蜘蛛』(原作:谷崎潤一郎「刺青」)

画像1

『花喰ひ蜘蛛』
原作:谷崎潤一郎「刺青」
脚本:飯塚未生

*無断無許可での複製・販売・上演等を禁じます。作品に関するお問い合わせは飯塚(iizukamiu@zukagirl.info)までご連絡下さい。
*本作品は2018年に作劇ユニット「屋根裏の庭」の公演にて朗読劇として上演されたものです。
*本文中の『』で括られた箇所は原作からの引用部分です。

【登場人物】

清吉……画工であり彫り師である。さる浮世絵の名匠の門人だが、密かに刺青屋を営む。美の求道者。
………川縁の八畳一間の借家に、「旦那さま」と住む女。出逢うものすべてを狂わせる魔性をもつ。
………純朴で可憐な少女。武家屋敷で奉公人をしている。処刑場で悪漢に絡まれていたところを艶に助けられる。

-----------------------------------------------

艶   『それはまだ人々が「愚」という尊い徳を持って居て、世の中が今のように激しく軋み合わない時分であった。』

咲   『当時の芝居でも草双紙でも、すべて美しい者は強者であり、醜い者は弱者であった。』

清吉  『誰も彼も挙って美しからんと努めた挙句は、天稟の体へ絵の具を注ぎ込む迄になった。芳烈な、或は絢爛な、 線と色とがその頃の人々の肌に踊った。』

艶   『清吉と云う若い刺青師の腕ききがあった。』

咲   「清吉」という名は、密かに残された刺青師としての画号であり、その実体は……男とも女とも老人とも若人とも知れないのだそうだ。

      鈴の音
      浮世絵師の親方と対峙する清吉。

親方  なぁ、キヨ。お前また火消しの背に墨を彫ったね。うちは代々浮世絵師の看板背負ってんだ!そこの一番弟子が、小遣い稼ぎにちまちま入れ墨やってるなんて噂たてられちゃ
清吉  只そこに美しい皮膚と骨組みあらば、刺さずにはいられない性分なんです
親方  何故、紙に描かないかね
清吉  何故、肌に描くのはいけませんか
親方  お前の絵を背負った役者なんかが、拍手喝采浴びるのが心地良いのか?
清吉  親方さまは、ご自分の絵草子が他人様に読まれるのをみて心地良くはならないので?
親方   (嘆息)……次は無いぞ、キヨ。

***

清吉  次は無い、と赦免を云い渡された明くる日にはあの女に出逢ってしまったもんだから、浮世には神も仏もないのやも知れぬ。それともあの女こそが御仏の慈悲そのものだったのか……

      処刑場
      罪人の晒し首を見に、人だかりが出来ている。

清吉  あれは春も初めの時分だった。おれは市中で晒し首があると云う触れを耳ざとく聞きつけ、処刑場に赴いた。色恋沙汰こじれて主殺しの獄門刑だ……きっといい顔の仏が拝める。
    何も野次馬で行くわけじゃない。見るのだ。そして描くのだ。死人の身体を、皮膚を、 骨を、血と臓物を。
    死を描けなければ、生きた絵など到底描けまい。

   あら、飴屋さんがきてる。まるで縁日ね
清吉  罪人の屍に群がる有象無象を搔き分け、静々と泥濘を歩いてきた駕籠から、はっとするほど涼やかな声がした。思わず絵筆が止まる。
   飴の鳥、桜なんかもあるわ。奇麗よ

      艶の美しい脚がこぼれでる

清吉  果たして、おれは見た。御簾の陰からしゃなりとこぼれ出る、眩いばかりに白い素足を。 咲き初めの桜が一片、散って地に落ちる様だった。

      艶の美しい脚が踊る

語り  『その女の足は、彼に取っては貴き肉の宝玉であった。拇指から起って小指に終る繊細 な五本の指の整い方、絵の島の海辺で獲れるうすべに色の貝にも劣らぬ爪の色合い、 珠のような踵のまる味、清冽な岩間の水が絶えず足下を洗うかと疑われる皮膚の潤沢。』

清吉  美しい、というのは、貌かたちが正しく整っているであるとか、皮膚が清らかであるとか、単にそういうことではないのだ。
    美には刹那を繋ぎとめる魔性がある。滔々と流るる川の支流にすっと棹をさして、一瞬の澱みをこさえるような。しんしんと散り急く花吹雪さえも、永劫静謐の中に留めおくことが出来得るような。

   あっ……とっ!も、申し訳ございません……!
清吉  「どこに目ぇつけて歩いてんだこのタコ助!」というお決まりの怒号が響き、新しい見世物の始まりを嗅ぎつけたのか、どうっと人混みの潮流が変わる。
    せめて、あの女の顔がみたい。と身を乗り出してみるが、既に駕籠はいなくなっていた。

***

   「タコ助!」と怒鳴られて慌てて振り返ると、天辺まで剃り上げたつるつる頭を怒りで真っ赤にした大男が立っていた。後頭部にはご丁寧にも蛸の模様の刺青。蛸入道は「何をにやついてやがるんだこのタコ!」と畳みかけるように言ってくる。そもそもあちら様からぶつかってきたようにも思えたのだが……

      艶、現れる

   もし、こちら、旦那様のでなくて?あちらに落ちてましてよ
   円やかな花の香が、ふわりと薫った。白くしなやかな指先が、春泥にまみれた木綿の財布をそっと拭う。
   ほら、怖いタコ入道はもう行ってしまってよ。怪我はしていない?
   (笑う)……ありがとうございます。救けていただいて。
   首を、みまして?
   みましたわ!なんだか海の生き物みたいにぶよぶよとして、歪んだ顔で押し黙って……
   首も胴体も、塩漬けにされるのよ。幾日も晒しものにする為にね
   なんておそろしい
   でもうつくしかったわ
   そう!なんだかあの仏さん、男前だった!
   爽やかで気風のいい、生真面目な方だった……
   ……お知り合いで?
   少し、ね

ここから先は

6,850字

¥ 500

宜しければご支援お願い致します!飯塚とヅカ★ガールの活動資金にさせていただきます。