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「短くて恐ろしいフィルの時代を読んで」

読み始めてすぐ、「スコップ状の触手?」「ベアリングって何だ?」と調べたりしたけれど、それはすぐに無駄だと分かる。

なるほどどうやら、この物語に出てくる人(?)物は、みんな不思議な姿をしているらしい。

国の人口や、人との距離感、国土面積など、想像力を働かせても、頭の中で再現しきれない。だって、かわりばんこで1人しか入国できない国の広さなのに、りんごの木とか川とかあったり。そこに1人だけのスペース?あとは積み上がるしかないわけ?

特にキャルの見た目がほんとに想像できない。ツナの空き缶?青い点?そこが最高なんだけど。

冷蔵庫を開ける時に、邪魔で開けられないからシンク下の戸棚に入らなきゃいけないとか、どんな世界なの!?とか。

人物もだけど、そうした想像の域を越えすぎているところが、読んでいてとても面白い。

カツラと口しかない人とか。なんだか不思議の国のアリスの世界観もあり。報道人3人はまるで、アリスに出てくる双子のノリで話してくるし。

おじいさんの見た目を「C」が禿げかかったようなだの「J」に木の枝が生えたようなと表現するところに、例えのおかしさとかわいさを感じる。

フィルが熱弁奮っては、脳みそ落っことしてどっかに行ってしまうのがこれまたおかしい。とはいえ終始、ヒトラーを思わせる恐怖政治をどんどん感じさせていくのだが。

数学の証明問題を解くのを楽しみとする、内ホーナー人は数字に強いと言われるユダヤ人を思わせるし。

最初は軽い気持ちで「いいかも」と思って支持していた人が、爆走してどんどん悲劇を作り出しても、止められない、イエスとしか言えない圧力とか。

最終的にそんなフィルの独裁恐怖政治で世界は混乱にまみれ、そこに神の手が加わりリセットされても、違いを認め合い、共存していこうと思わなければ、ふたたびフィルのようなモンスターが現れて、支配者が現れ、また繰り返されるのだと、最後で読み取った。

世界も登場人物も、おかしみに溢れているはずなのに、ところどころで「権力の移動」や、「権力者のとりまきの気持ち」など、現実の世界と同じような生々しさも感じる。

大ケラー国の他国のトラブルを見て見ぬふりできず、ちょっと助けてあげたからいいっしょ?っていう感じとかもすごくリアル。

こんなぶっ飛んだ人物や文章、特にフィルが脳みそが飛んでっちゃって、どんどん言葉がおかしくなるところを見事に翻訳されているところも素晴らしい。

「そーっすか?」みたいなくだけたしゃべりが入っているのも、読む楽しさを盛り上げてくれている。

もしこの登場人物や、国をリアルにしたなら、一気に堅苦しい政治の物語になりそうだが、ぶっ飛び変換することで、こんなにも面白い物語になるのかと。

そして、面白く仕立てられていても、根本的な部分は揺るがず、自分の国や世界のことを考えさせられるのかと。


元々は絵本にしようかとも思われていたこの作品。たしかにそんな趣きもあるし、結果本作より長くなってしまい、短くしたとのことで、削った部分も読んでみたくなるものの、
この文章量だからこそ読みやすく、小さい子からお年寄りまで読める作品だと思うので、幅広い年齢層が読んだ感想を知りたい。

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