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小説

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小説が繋ぐものを私なりに繋いでみました。初めに書いた「現在」を読んでみてもらえると嬉しいです。
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#小説

どこに帰ろう

電話を掛けるのは初めてだった。プライベートが見えにくい人というのはいるもので、彼もその一人、家にいたとしても少々頼みづらい。 「よう、俺」 「だろうな。お前から掛かってきた」 声の向こうは静かだった。 「部屋の鍵失くしたんだわ、夕方まで入れてくれる?」 小さく息を吐く音が聞こえる。断られるかもしれない。幸い、紺堂翔吾は広く浅い付き合いの友人が多い。 「場所送るから切るぞ」 言い終わると同時に通話が切られ、すぐに通知の音が鳴った。 翔吾の電話から5分後に、部屋のインターフォン

味方

二宮朝陽には、五月に何かに急かされた経験がない。ふと、そんなことを思った。それは今年の五月であるまさに今も例外ではなかった。 連休が過ぎた五月は、面倒でちょっとおもしろい。 高校三年生の放課後だった。日没が随分と遅くなり、授業の後の時間が長く感じるようになる季節だ。教室を出ると図書室に寄って、昨日の授業で触れたキルケゴールの本を適当にめくり、17時を過ぎたところで本を戻して帰宅することにした。 二階の渡り廊下を歩いていると、向こうから一クラス分のノートを抱えた教師が歩いてき

春は一時間

⑴ 「髪、色綺麗だね」 「ほんと?ありがとう」 はしゃいだ声に同じような声で返し、高野涼香は彼女から目をそらす。春のこんなやり取りは、正直面倒くさい。 大学に入学してすぐは、どの授業でもオリエンテーションのようなものが行われた。90分よりも早く済んでしまうことが多く、この教室でも30分の空き時間を持て余した一年生が固まりつつ散らばっていた。 「昼、みんなで食べよ!」 誰かの声にうんざりとする。もう、今日は一人になりたい。でも、この場を抜け出すとなると何か理由が必要だ。 「ね

賑わいは静かに

⑴ 都心の大型書店は平日でも賑わっていた。書店の賑わいは、穏やかな静けさに満ちている。西山涼が好きな環境音の一つだ。 『集中して探していい?』 隣を並んで歩く友人に問いかけると、彼は表情を変えることなく頷いた。書店に誘ったのは涼だが、別行動はお互いに想定内だった。 『朝陽君もこのあたり見る?』 二宮朝陽が首を傾げ、涼が持つノートとペンに手を伸ばした。 『今日は見ない。適当にいるからごゆっくり』 朝陽は左右の髪を耳に掛けると、さっと向こうに歩いていった。鈍く光る補聴器がよく見

光はある

早朝、朝陽は鞄の中身を確認する。 財布やスマートフォン、部屋の鍵、電子ノート。それから、とノートとペンを鞄に突っ込んだ。現場に行くのにこれを忘れたら馬鹿馬鹿しい。 外はまだ真っ暗だが、そろそろ出掛けなくてはならない。 部屋を出ると、鋭い寒さが朝陽の頬を刺激した。かじかむ手で鞄から鍵を取り出すが、出した拍子にうっかり落としてしまう。 しゃがんで拾った鍵には、小さな鈴のキーホルダーが付いている。本当は革製のブランド物を付けたかったが、落としても気が付けないので仕方なく安っぽく光

雨の日に遊びたい

朝の登校時に雨は降っていなかった。3時間目の途中に音がして窓の外を見ると、景色が白くなるほどの雨が降っていた。言われるままに傘を持ってきてよかった。 今日はドッジボールだな。 紺堂翔吾は、社会科の間ずっと消しゴムのカスで遊んでいた。この数日間、少しずつ集めて丸めることで大きくなったそれは、今は翔吾の親指ほどの大きさになった。もっと大きくして、クラスメイトに自慢するのだ。 4時間目の算数を終えると、お腹が空いた、ドリルのページが多い、そんな声で一気に教室が騒がしくなる。 「翔

大丈夫な日

めがね歩くごとに身体のあちこちに鈍い痛みが走る。若い証拠だと言われるが、若いせいでこうなったのだ。 「若いから」。 自分がそう言える年齢になったときには、若い人は随分と減っているのだろう。そのときには「年を取っても」とでも言われるのだろうか。 中尾弘人は、上げていたパーカーの袖をそろりと下ろした。洋服で覆われていた方が、何となく痛くないような気がしてしまう。特に腕の筋肉痛がひどかった。 「中尾君、頼んだ」 「若い子がいるとありがたい」 それらの声にふわっと笑い、重い荷物を引

「現在」

0パソコンのそばには2冊の文庫本。並べると対になる表紙は、美しくも哀しくもあった。 手紙を書くような気持ちでキーボードを打つ。 本の世界の人物に生かされる人がいることを伝えたかった。 1⑴ 場所の匂いというのは不思議なもので、そこに入ったときは意識していた匂いが、いつのまにか気にならなくなっている。 清潔で無機質な匂いがする病院も、しばらく座っていれば何の匂いもない場所のように感じられる。入院患者にとっては、もはや日常の匂いとして認識されてもいないだろう。 待合室の椅子