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キジの 猫 (年寄りの野良猫3)

大きなキジのネコがうちの庭に来るようになったのは、残暑厳しい9月の終わり頃だった。

母の49日も終わり、相続も終わらせ、介護用品などの整理もすっかり終わった家の中は、がらんとしている。

母一人、子一人の相続は、とても楽だった。

ここは、山の中の町なので、暑さ寒さが厳しい。
荒れた庭に出て、少しでもと草を引いていた時、キジの大きなネコがシャンと立っていた。
「まあ、いつからいたの?ネコちゃん。」

つい声をかけてしまった。
最近は、独り言が多くなった。

そのネコは答えるわけでもなし、さりとて逃げることはない。
じっとワタシの草むしりを見ている。
草をむしる手が、面白いのだろうか。
隣のネコちゃんは、ワタシが庭掃除をすると良くちょっかいをかけに来てた。
最近はあのネコちゃん(利兵衛だったっけ?変なお名前)もすっかりトシとって、最近はじゃれるなんてしなくなった。

野良猫の寿命は短くて、だいたい5年くらい経てばいなくなる。
ここにも2匹野良猫がいた。灰のハチワレと黒のハチワレ。

黒のハチワレはメスで、それはそれは沢山子どもを産んだ。
隣の奥さんの観察(くだらない観察だ)によると、年3回も産んだらしい。
そのうちの1匹は、利兵衛だと言う。
最初、「ウチの借家はペット禁止よ」と文句言おうかと思ったが、やめた。
母さんが、「もう古いし、あの人達で借家はやめようと思う」と言ったから。
前の住民は本当に煩かった。

黒のハチワレは、本当に良く子供を産んだ。
ウチの納屋はもう朽ちるに任せたままで、どうやらそこをすみかにしていたらしい。
だが、今はもういない。
となりの利兵衛ちゃんが追い出したのだろう。

ネコは縄張り意識が強く、例え親でも容赦はしない。
母ネコが成長した子ネコに追い出されるなんて事は、野良猫の世界では当たり前なのだろう。

黒のハチワレがあまりにも子供を生むので、一時は子猫の鳴き声で、本当にイヤになった。
あの、暗闇から子猫たちが母猫を探す、必死な鳴き声。
ずっと聞いていると、その声は移動する。
上のほうから聞こえたその声は、下へ下へと移動し、その先の車道へと。
あまりの必死な、母を探す鳴き声に、
「車に惹かれて死んでおしまい!」と思う。
すると、そこで鳴き声は終わる。
母猫が咥えて、上の納屋へ連れて行ったのだ。
ほっとする。毎晩毎晩、繰り返す。
気が狂いそう。

だが…野良猫の子は弱い。
たまに納屋の掃除に行くと、ミイラになった死骸が、いつも2、3あった。
中にはカラスにつつかれたものも。

となりの利兵衛が大きくなって、とうとう野良猫の代替わりが始まった。
毎晩、利兵衛の低い唸り声と母猫の甲高い威嚇の声。
成長したオス猫は、赤ん坊の猫を襲うのだと、聞いたことがある。
利兵衛はあまり声が出ない(小さい頃の栄養失調のせいだろう)が、低い唸り声は迫力がある。
あんなに小さいオス猫なのに。

利兵衛がすっかり大きくなった秋には、この界隈の「灰のハチワレ」「黒のハチワレ(母猫)」隣の区の「茶トラン」がいなくなった…。

つらつらとそんなことを思い出していたら、大きなキジの猫は、のっそり動き出した。
家の冷蔵庫に竹輪でもなかったかしら…と立ち上がった。
キジの猫は、ゆっくりとソッポを向いた。
どうやら帰るらしい。
「利兵衛ちゃんに見つからないようにね」と声をかける。

ゆっくり、ゆっくり歩いて行く後ろ姿に、なぜが胸がいっぱいになった。
なぜだろう。なぜだろう。

草の中に去っていくキジの猫に
「お母さん?」と聞いてみた。

ふりかえらなかった。

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