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全てを釣る人。

馬鹿馬鹿しい話だ。とある海辺に1人の若い釣り人、この辺りには美味い魚などおらんというのに。それも毎日毎日同じ場所で同じように釣り糸を垂らし、まともにかからぬ魚を黙って待っている。あれが時間の浪費といわずなんという。


さて、あの馬鹿な釣り人がこの海に来てから少なくとも1ヶ月は経った。わしはいつものように漁へ出るための船を出そうとしていた。だが、あの釣り人は未だにあの場所で釣りをしている。見兼ねたわしは彼に近づき漁に誘った。


「おい、今から漁に出る。お前さんも魚が釣りたいならついて来てもいいぞ。」


わしなりの親切だった。だが、奴はこう返して来た。


「いえいえ、ここがいいんです。」


善意のつもりではあったが、そのひょうきんな顔に向かっ腹が立つってもんだ。わしはその後、馬鹿な釣り人を無視した。どうせ何を言っても無駄だ。待ってるがいいさ。何を釣ろうとしているか知らんが、頭のおかしい若造に付き合っている暇はない。


信じられない。雪が降る時期だというのに、軽装でまだ釣りをしているのか。今まで無視していたが、あのままでは体が保たん。わしは漁に出る前にあの馬鹿な釣り人の方へ行ったんだ、厚手のコートを持ってな。相変わらず釣り糸を垂らして黙ったまま釣りをしてやがる。その馬鹿野郎はわしの顔をみて、相変わらずひょうきんな表情を見せやがる。わしは聞いたんだ。


「お前さん何を釣ろうとしてるんだ?」


すると信じられない答えが返ってきた。


「全てを釣りたいんです。」


全て、たしかに全てと答えた。ふざけているのか?するとその馬鹿はワシから顔を背けて「釣れた!」と叫んだ。


どうなったと思う?そいつが竿を上げた時、俺たちは大きく揺れたんだ。

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