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#39 いつか、その心に寄り添えるコーヒーを

(1491字・この記事を読む所要時間:約4分 ※1分あたり400字で計算)
 
 新しい習い事を始めた。
 コーヒーだ。
 
 しかも先日、専門的にコーヒーを学べる学校に通うことでさえ決まり、同日に教科書も2冊購入した。
 
 本格的に学んでいこうと心に決めたのである。
 
 
 「なぜ急にコーヒー?!」と、この決意は私の周りの人を一部びっくりさせた。
 けれど、私の中では前々から思ってきたもの。
 
 まだ日本に住んでいた頃、とあるカフェのマスターと出会った時から始まっていたことだった。
 
 
 そのカフェは、当時住んでいたアパートの近所にあった。
 
 散歩していたところ、裏路地にひっそりと佇んでいたそのおしゃれで温かさある店舗に惹かれて入ったのを皮切りに、気付けばすっかり常連客となっていた。
 
 食事も美味かったが、とにかくコーヒーが絶品だった。
 全くのコーヒー素人な私でも分かる程、クリアで、薫り高く上品な味がした。
 
 コーヒー豆は様々な産地のものを生豆から取り寄せ、丁寧にピッキング。
 それをお店の焙煎室で直に焙煎をしていた。
 
 メニューの隣には分かりやすくフレーバーチャートも添えられている。
 豆を選ぶとその場で挽いてハンドドリップしてくれて、好みに合ったフレーバーのコーヒーが楽しめられた。
 
 いつも休日の午後にふらりと寄っては、心ゆくまで一人時間を楽しむ。
 それが、あの頃の私の最高に贅沢なひと時だった。
 
 
 ある日、私はへとへとに疲れた足取りでカフェの入口をくぐった。
 
 「いらっしゃい……あら、なんか元気なさそうね」
と声をかけてくれたのは、このカフェのマスターだ。
 
 「どうされました?」の優しい言葉に甘えて、私はカウンターに体重をかけた。
 
 店内に他のお客様があまりいなかったのは幸いだった。
 最近あった辛かったことや大変だったことをマスターに吐き出した。
 
 
 ぐったりとした見苦しい姿のまま、泣き出しそうな気持をおさえながら支離滅裂に語っている私を、マスターは静かに眺めた。
 
 そして、何も言わすにただただ言葉に耳を傾けてくれた。
 
 
 「大変でしたね、本当にお疲れ様でした。
  お力になれるかどうか分かりませんが……」
 
 私が一息ついたのを見て、マスターはようやく口を開いた。
 
 「本日は、今のお気持ちに寄り添えるようなコーヒーをお召し上がりになってはいかがでしょうか」
 
 
 (え?)
 
 
 びっくりした表情で顔を上げると、マスターは話を続けた。
 
 「心を落ち着かせるような、味わいに深みがあるフレーバーの豆にしましょう。
  それで少しでも、お客様の悲しさが晴れれば……」
 
 
 (気持ちに寄り添ってくれるコーヒー?)
 
 
 しばらくして、ホワホワと柔らかい湯気が立ったコーヒーが目の前に差し出された。
 
 
 鼻の奥でトロッと溶けていくような、コクのある甘い香り。
 口当たりはマイルド……かと思いきや、時間差でキリッとした苦さが舌いっぱいに広がる。
 
 そして温もりを帯びたまま、ストンと喉を通り過ぎ体内へと沈む。
 
 無気力にまどろんだ心が目を覚ますーー
 
 
 ひと口、もうひと口と飲み進めるにつれて身体がどんどんほぐれていき、
 カップが空になった瞬間、心地よく「ふぅっ」と息と共に胸に詰まった何かが吐き出された。
 
 
 救われた。
 
 
 マスターに。
 
 マスターのコーヒーに。
 
 
 ああ、そうか……
 
 
 言葉だけでは伝えきれないことがあっても、思いを一杯のコーヒーに託して、相手の心に届けられるのだ。
 
 そこには小難しい事情や立場、関係性などが混ざらない。
 透き通った純粋な気持ちだけのやりとりがあるのだ。

 
 
 これが、マスターがくれた「慰め」なんだ……
 
 
 あの日から、私は「マスターのようなコーヒーを作りたい」と思うようになった。
 
 取り敢えずはただのアマチュアだが、私なりに最善を尽くし、それで少しでもマスターに近づけたらと願っている。
 
 
 作りたいのだ。
 
 「心に寄り添えるコーヒー」を。

📚修行の道は始まったばかりだ

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