ガチでロシア語をやり直した一カ月を振り返る

 仕事がなかった先月の時間を利用してやっていたロシア語の勉強をこの記事で振り返る。

スタートとゴール

 まず前提として、自分のロシア語の能力の確認からする。私が初めてロシア語を勉強したのは大学一年生の第二外国語の授業。最初の2年間は週二コマの授業。大学3年目と5年目の時にロシア語圏に留学した。一回目は11カ月、二回目は9カ月くらい。この二年間、日本の大学は休学していたので、都合6年かけて大学を卒業した。卒業論文ではロシア語のことをテーマにしていたので、最後までロシア語には触れていた。これが7年くらい前で、それからロシア語にはほぼ触れていない。簡単に言えば、6年やったものを7年ぶりに再開するということである。果たしてどのくらいブランクがあるのかが自分でも気になるところだった。
 自分の現在地を確認したところで、この一カ月で到達したいロシア語のレベルを定めた。それは「ロシア語で書かれた文学作品を時間がかかってもいいので筋が通るように解釈できるようになる」レベルだ。ロシア語から離れていた期間でも、ロシア文学を読む機会はあり、そういった作品を読む度に「いつかロシア語を勉強し直そう」と心の中では意気込んでいたのだが、結局やり始めることはなかった。私の趣味が語学と読書ということもあり、実用的に語学を活かすというのは「読む」という次元でしか発生しない。発音や作文もやるにはやるが、それは趣味として楽しいという理由だけで行うのであり、ロシア語で詩を書きたいとか、ロシア人とロシア語で話したいとか、そういうことが目的ではない。私にとって「手段としての語学」は「読むための語学」であることが多い。そんなわけで、ロシア語の本をスラスラとはいかないまでも、あまり苦痛を感じず(辞書引きに追われて結局意味が取れないのように)に、時間をかければ内容が分かるというところまで行きたかった。今後、何かロシア語が原作の本を邦訳で読んだときに、何の準備作業もせずに原文に行ける、というのが理想的なところだ。

ひとまず、やっていたことを箇条書きにする。
① 『ロシア語一日一善』の写経
② 『ロシア語文法便覧』の通読
③ ロシア文学作品の精読
④ ロシア語動画を使った発音練習
⑤ HiNative を使った作文練習
⑥ VKでロシア語環境構築

順に見ていこう

① 『ロシア語一日一善』の写経

 東洋書店から出ているこの教材は、トルストイの Круг чтения 『文読む月日』という箴言集から比較的短いものを500編選んで、日本語訳つきで載せたもの。語彙や文法についての注釈もついているが、基本的にはトルストイが書いた文なので、本物のロシア語である。仮にロシア語ができなくても、警句集としても読め、これに毎日触れていくと、トルストイの思想についてもだんだん理解していき、なんだが文豪と対話しているような気分になった。
 私はこの教材をエクセルにタイプするということをやっていた。A行にロシア語原文、B行に日本語訳、C行には文法的な気づきや自分が考えたことについて、といった具合。この作業で一番鍛えたかったのは、ロシア語のタイピングだ。ロシア語はキリル文字なので、タイピングするには文字配列を一から覚えなくてはならない。これが自然にできないと後述するインターネット上で作文練習をする時に足枷になってしまう。最初はタイプに時間がかかったが、月末には自然に打てるようになっていたので、その意味では目標が達成されたと言える。
 結局一カ月で半分くらいしかタイプできなかったが、非常に良い経験になった。12月以降はこの教材の続きをnote上で精読するということをやってみたいと考えている。

② 『ロシア語文法便覧』の通読

 同じく東洋書店から出ているロシア語の文法書。タイトルに便覧とある通り、レファレンスとして使うのが本来的な使い方ではあるのかもしれないが、7年間の自分のブランクを考えると、あちこちに文法知識の穴があることは分かり切っていたことなので、一度これを通読した。一日50頁くらいを目安にし、10日間くらいかけて読了した。
 「手持ちの知識であてずっぽうで意味が取れる」というレベルを「文法という武器で文を解釈する」というレベルまで引き上げるために、こういった文法書の通読は有効だ。文を読むというのは解釈という営みがついてまわり、そのために私たちは推論を無意識のうちに行っている。この推論に根拠を与えるのが文法という確立した知識体系で、膨大な経験によってカバーできる母語とは違う外国語の読解で大きな武器となる。文法は学習法において敵視されがちだが、それは文法がつまらないからだ。つまらなければ学習意欲は減退し、勉強が継続しない。継続が語学において肝要であることを考えれば、その阻害要因を取り除こうという心理が働くのは当然で、そのために文法に拘るなという主張になるのだと思う。私見を言えば、もし文法がつまらないと感じるのならば、それは文法が必要なレベルまでの文章の理解に達していないのであり、その段階では文法に比重を置かなくてもいい。文法が必要ない段階とは、経験や定型文やコンテクストで推論が通じるレベルであり、確かに簡単な会話をするくらいならそれくらいでこと足りる。しかし、それ以上の深い理解を目指すのであれば、文法は絶対に必要だし、なにより文法がおもしろいと感じられるはずだ。外国語の文章を読んでいて、「どうしてこの形式でこの意味になるのか?」という自問を日々続け、自分で考え、調べ、仮説を立て、そこに文法的な解釈がかっちりはまるという経験を蓄積していけば、体系的な文法の理解を望むようになるのは必然的な成り行きだろう。内容理解をもっと深くしたいと考えている限り、文法は永遠に勉強することになる事項だと思っている。

③ ロシア文学作品の精読

 ②が終わった後に入ったのが文学作品の精読で、教材はトルストイの『光あるうち、光の中を歩め』"Ходите в свете, пока есть свет"にした。以前にも書いた通り、この作品は日本語でも何回か読んでいて、比較的量も少ないので、再開一冊目としては非常によかったと思う。2週間くらいで読了し、今は念願だったドストエフスキーの『罪と罰』に取り組んでいるところだ。文学作品の精読は語学の勉強法であると同時に私の個人的な目的でもあるので、いわば実践ということになる。

④ ロシア語動画を使った発音練習

この勉強方法は、英語系youtuberのだいじろーさんの動画に負うところが大きい。

今は本当にいい時代になったもので、ロシア語の字幕付きの動画がネットにいくらでも転がっている。しかも文字起こし機能を使えば、一瞬でそこの発音だけを繰り返し聞くことが可能なので、ワンフレーズをじっくり分析することも簡単だ。さらに速度調節まで自由自在と来ている。だいじろーさんは、最初のWhen you have… のフレーズの分析だけで3分以上費やしており、精聴の効果というものがそこからひしひしと伝わってくる。私は留学をしていたので、ロシア語を聞く機会はたくさんあったが、このように外国語の音声を徹底的に分析して、自分でも真似ていって、訓練するということをやったことはなかった。この自分で分析し、仮説を立て、実践をするというプロセスは、発音だけではなく読解でも基本となる姿勢で、だいじろーさんのこの動画にはいたく感銘を受けた。それで私もこのやり方をロシア語版でやってみようと思い立ったわけだ。

ロシア語話者のTEDxもyoutubeにはたくさんある

いろいろなロシア語を聞いたほうがいいかなと個人的には思ったので、動画の最後までロシア語の発音をまねることはなく、面白いなと思ったロシア語の動画を見つけたら、翌日はその動画に切り替えて発音練習をしていた。

例えば、これはロシア人向けに英語の発音の仕方を解説している動画。シュワーの音はロシア語にはないと思っているかもしれないが、実際にはロシア語のなかにもあるよみたいなことを言っている。動画の意図からは外れるが、ロシア語の音声体系についても扱っており、そういう意味で私にはすごく有益だった。

演説は事前によく練られた文章である上に言葉ははっきりと発音されるので、練習動画としては理想的と言える。上はクリミアの件でなんやかんやあったときのプーチン大統領の演説。個人的にプーチン大統領の ы の発音がものすごくきれいで、何度も繰り返し聞いた。 「なんとなく真似したくなる」人や音を見つけるのがこの学習法では大事かと思う。

だいじろーさんの分析の足元にも及ばないものの、ロシア語を聞いて自分で分析し、自分で発音して、その音声を聞いてみて、自分の発音を評価するというプロセスをやっていると、だんだん耳が鋭くなってくる。これはロシア語の、という限定的な意味合いではなく、言語音一般についての話だ。日本語の音声を何気なく聞いてても、「この人のサ行音はちょっと普通と違うな」とか「今アクセント間違えて発音したな」みたいな発見をしょっちゅうするようになる。今までは「意味を捉えるために聞いていた言語音」を「言語音そのものとして」捉えるようになってきて、いかに自分の聞いていた音が多様なのか、そしていかにそれを同一視していたかを思い知った。

ちなみに、だいじろーさんも触れているyouglishはそのフレーズが用いられている動画をyoutubeのなかから探してくれるサイトで ロシア語版もある。上記の動画はだいたいこれを使って発見したものだ。セレンディピティーという意味でも、このサイトの利用価値は高い。

発音練習を取り入れた理由についてもここで簡単に述べておく。トルストイやドストエフスキーを原書で読むという目標ならば、リスニングや発音練習なんてやっても意味がないのではないか、と当初は思ったが、「4技能をバランスよく」というのは方々で聞かれる語学のやり方だ。発音練習がリスニングには効果的に作用することは直観的にも分かるが、読解に役に立つかは確かに私も疑問を持たざるをえない。しかし、せっかく時間があることだし、発音練習自体は語学の勉強としてとても楽しかったので、敢えて無駄なことをやる気持ちで取り組んだ。

⑤ HiNative を使った作文練習

HiNativeは、自分の学習している外国語の質問を投稿すると、この言語のネイティブスピーカーが回答してくれるサービスだ。自分の母語についての質問に回答することもできる。無課金だと限定的な質問しかできないが、プレミアムに登録すれば、自由に質問できるし、外国語で書いた日記を投稿して、それをネイティブスピーカーに添削してもらうこともできる。「ネイティブスピーカーの添削」という要素は作文において絶対に外せない。自分で書いた外国語の文が正しいかどうかも分からないまま書き続けていくのは、目隠ししたまま前に進むようなもので、ネイティブのチェックを経たものをしっかり覚え込むのが望ましい。そういう意味で、HiNative には作文練習として大いに使わせてもらった。
作文練習でけっこう悩むのが「何について書けばいいか」ということで、創造的な作業になるからこそルーティンとして組み込むのが難しい。添削されやすいという意味においても添削者に興味がありそうな話題(日本とロシアの文化的違いとか)が有効だが、コンスタントに話題を提供するのは難しい。「毎日何かしら書く」にすると私はしんどかったので、「何か書きたいというアイデアが閃いた瞬間、その勢いをエンジンにして今やっている勉強を中断してでも書く」というイレギュラー戦法を取った。後で書こうと思っていると、メモをしていてもやる気にならないことも多い。鉄は熱いうちに打て、という諺がここでは正しい。
HiNativeは、作文だけではなくロシア語についての質問サイトとしても利用価値が高く、ロシア語の文章理解で詰まった時の最後の砦として、ここに質問を投稿していた。
本当であれば、添削された文章をもとに、自分の書いた投稿を編集し、発音練習をして自分の脳に染み込ませ、さらにその発音を録音して、Hinativeに音声として再投稿、それに対するフィードバックをもらう、というところまでやるのが理想だったが、私の場合、モデル音源でないと発音練習する気になれなかった。実際に話すことを目的にする場合は、この方法は有効かと思われる。自分で書いたことは自分で話すことになる機会も多いはずだからだ。私は添削をもとに自分の投稿を直して後述するVKに投稿していた。

⑥ VKでロシア語環境構築

これは勉強法というよりも、モチベーションの地盤固めみたいなことなので、いれるか迷ったが、結果的にやってよかったかなと思っているので言及しておく。
このアイデアは、済東鉄腸さんの『千葉からほとんど出ない引きこもりの俺が、一度も海外に行ったことがないままルーマニア語の小説家になった話』で書かれていた方法を参考にしたものだ。

済東鉄腸さんはこの本のタイトル通り、日本どころか家からもほとんど出ずにルーマニア語の小説を現地の出版社に寄稿するようになったというすごいお方で、その経緯がこの本には書かれている。彼のルーマニア語の勉強の仕方はユニークで、その中のひとつにフェイスブックを使ったものがある。新しくアカウントを作り、自己紹介欄に「日本人です。でもルーマニア語が話せます」みたいなことを書いて、あとはルーマニア人と思われる人を検索して片っ端から友達リクエストを送っていく。友達が増えていくと知り合いかも?の欄にさらにルーマニア人が現れるようになるので、雪だるま式にルーマニア人の知り合いができていく。自分のタイムラインがルーマニア語で埋まっているような状態を目指し、何もしなくてもルーマニア語に日常的に触れるようにする。

私はこれをロシア語版でやってみた。自分の場合、斉東さんよりもアドバンテージがあり、VK(ロシア語版のfacebookみたいなSNS)のアカウントを持っており、50人くらいはすでに友達がいる状態だった。7年間放置していたアカウントを復活させ、「この度ロシア語の勉強を再開しました。わたしには11月しか勉強する暇がありません。なるべくロシア語に触れるようにしたいです。ご協力お願いします」みたいなことを「11月のプロジェクト」と題して投稿し、「知り合いかも?」に現れている(本当は知り合いでもなんでもない)人たちに友だちリクエストを送っていた。結果的に今は150人くらいに友だちが増えたが、VK自体に時間を費やすようになってきてしまったので、少し今は自重している。ロシア人は本当におしゃべりで社交的な人が多く、積極的にDMを送ってくれる人も多くて、ライティングの練習にもなるのだが、スモールトークが苦手な私にはちょっと重荷だった。私の主なVKの使い方は、前述のHiNativeで投稿した作文を添削をもとに編集して、ポストするというもので、興味を持ってくれたロシア人との交流を通して、文化的な話題に発展させ、ロシア文化に関する知識を高められればいいなと考えてのことだ。残念ながらそう戦略的に機能することはなかったが、ロシア語の運用能力は高まった。12月以降にロシア語で投稿しなくなることを残念がる人すらいて、今は少し後ろめたい気持ちだ。

以上6つが、ここ一カ月でやったロシア語の学習法になる。毎日のルーティンとしては①、②(もしくは③)④、の三つを軸として、それぞれ90分ずつくらい。⑤の作文はアイデアが思い付いた時なので、継続的な勉強ではないが、だいたい一週間に2回くらいはやっていただろうか。作文はやり始めると時間がかかり、2~3時間くらいはぶっ続けでやってたかな。最終的な合計勉強時間は100時間くらいで、自分が満足できる水準まで戻ったように思う。12月以降の一日8時間以上が労働に取られる生活では、①を平日にやって③を休日にやるくらいが関の山かなという見通し。少なくともこの一カ月でやったことが無駄にならないくらいは継続できるのではないかと見込んでいる。


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