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ストレスに感じているのは自分だけ?

「なんで大事なことなのにやってなかったの?」

イライラを隠しきれない田嶋課長の声が聞こえてきた。後輩の松本裕太が頭を下げる様子を横目で見ながら、佐藤圭子はコピー機から午後の会議で使う資料を手に取った。

プロジェクトリーダーの田嶋課長は、気に入らないことがあれば徹底的に相手を詰める。一方で、自分の都合が悪くなると話を逸らしたり、別の話題を見つけてその粗探しを始める。いわば、人には厳しいが自分には甘いタイプだ。朝令暮改ならまだ良い方で、気分によっていうことがコロコロ変わる。そのため、毎朝課長の機嫌を確認することが佐藤の日課だった。

はぁ…今日も機嫌が悪そう… 佐藤は気が重くなった。会社の経営状態が悪いらしく、経費削減や業務効率化と言いながら、同時に退屈な研修も増え、課長だけでなく職員同士で衝突する場面が以前よりも多くなってきている気がしていた。

そんな中、午後の会議が始まった。
「これ、どういう意味なの?もっとちゃんと説明してもらえる?」

田嶋課長は資料を見るやいなや、眉をひそめながら言った。
はぁ、せっかく昨夜松本くんにも残業してもらってようやく完成させたのに…
重箱の隅をつつくような質問に耐えてようやく会議を乗り切った。

佐藤は心の中で嘆息した。「こんな理不尽な上司、いつになったら変わるんだろう。」気持ちをおさえきれず、その足で部長のもとに行き、思いの丈を語った。

吐き出して一時はスッキリはしたものの、相変わらず歯切れの悪い部長の態度にも不満を抱いていた。本音かどうかわからないが一応共感的な言葉はかけてくれる。でも結局は具体的に対応はしてくれない。

「誰もこの会社は私のことを助けてくれない。こんな理不尽な上司を放置しているなんて、管理職失格だ」佐藤は内心つぶやいた。

それから1ヶ月ほど経って突然松本裕太が会社に来なくなった。最初は1日だけかと思ったら今日でもう3日目だ。なにやらわからないままさらに数日がすぎ、松本さんは体調不良でしばらく休職することになりましたと、課長から報告があった。

課長は詳細には語らなかったけれど、どうやらメンタルらしい。あーあ、また被害者が出たよ。誰も田嶋課長を止めないからだ。そんなことより、またその分の仕事が回ってくるんだろうなぁ…ただでさえ忙しいのに、ほんといい迷惑!今の仕事だけでもいっぱいいっぱいなのに、もう怒られない程度に適当にごまかしたらいいや。仕事に対して前向きになれない自分自身にも嫌気が差しながら半年程過ぎたある日、突然課長から報告があった。

「前から休んでいた松本くんですが、今月末で退職することになりました」

これで何人目なの?
上司に対する不満を必死で抑えながら自分の席に戻ろうとすると、トントンと肩を叩かれた。
「あ、そうそう佐藤さん、部長が呼んでましたよ」

え?なになに?ここにきてまた仕事増やされるの?それか、ようやく重い腰を動かして課長をなんとかしてくれるのかな?

期待と不安が入り混じりながら部長室へ急いだ。

「ちょっとそこに座ってくれるかな」
いつになく優しい口調の金田部長がどことなく不気味だった。

「実はね、松本さんのことなんです」
あ、やっぱり。頭の中を占めていた不満の嵐もどこかにいき、佐藤は全身を部長に傾けた。

「彼、松本くん、メンタルの問題で休んでいたんです。」
続けて話をしようとする部長を遮るように、佐藤は話しかけた。
「やっぱり田嶋課長のせいですか?」
「うん」部長は一呼吸おいて、深刻な顔で言った。「それもあるんだけどな。でも、彼が一番辛く感じていたのは…実は、佐藤さん、あなたの態度だったそうだ。」

目の前が真っ暗になった。この後、1時間ほど話をされたけれど、ほとんど何も覚えていなかった。


いかがでしたでしょうか?

課長のせいでメンタル休職したと思っていた後輩が、実は自分の方がストレスの原因になっていたという事実に直面する場面でした。

まさかと思われる方もいるかもしれませんが、産業医として面談をしているとたまにこういうケースに出合います。

自分より強い人に対してのストレスを感じている人も、知らず知らずのうちに自分よりも弱い人にストレスを与えていることは多々あります。

怒りは弱い人へ連鎖すると言いますが、不機嫌も自分よりも弱い人へ連鎖していきます。

仕事でストレスが溜まると、帰ってからパートナーに当たったり、子どもに当たったりすることがあるかもしれません。

特に、職場でのストレスが家庭にまで影響を及ぼすことはよくあることです。自分が受けたストレスや不満を他人にぶつけることで、一時的に自分が楽になることもあるでしょう。しかし、それは結局、自分が大切にしている人々との関係を傷つけてしまうことに繋がります。

みなさんは、自分の大切な人に強く当たっていませんか?

働く人の心が楽になるための活動に使わせていただきます。