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トラックドライバー怪談3『トラウマ』

※星野しづくさんのYou TubeCH『不思議の館』にて紹介した、トラックにまつわる怪談をまとめました。実体験やドライバー仲間から聞いた話がメインです。
又聞きしたりもするので真意不明な話もありますがご了承ください。

       ※

その日、50代のベテランドライバー角田さんは、深夜2時頃、関東のとある埠頭に到着した。
朝一番で荷物を下ろしたいのだが、その倉庫はいかんせんよくハマるので、順番を取るために、彼は、わざわざその時間に埠頭にやってきたのである。

荷下ろし開始時間は午前8時。
角田さんは、荷下ろし予定の倉庫の名簿に、名前と車番と電話番号を書くと、下ろし時間まで仮眠を取るため、倉庫近くの交差点付近まで大型トラックを走らせた。

日中から夜間まで搬入搬出の多い港だが、深夜2時ともなると流石に静かだ。

切り離されたシャーシを越えた路上にトラックを停め、角田さんは、キャビンのカーテンを閉めて寝台に横になった。

眠りに就こうとしていた角田さんだったが、なにやら急に催してしまい、近くにトイレもないので、仕方なく、トラックを下りて立ちションをすることにした。

埠頭の灯りに浮かびあがる倉庫街の大きな影が、目の端に見える交差点の真ん中に佇んでいる。
空き地の草むらで用を足しながら、何気なく交差点の電柱を見た時、その物陰から、ふと、黒いなにかが出てきた気がして、角田さんは一瞬驚いた。

他の車の運転手が、立ちションしにきたか?等と思いつつ、角田さんは、用を足し終わって作業ズボンのチャックを締める。
黒い何かが出てきたように見えた電柱を凝視するも、そこにはなにもない。

気のせいかな?

角田さんはそう考えて、トラックのキャビンへと戻った。

再び寝台に潜り込み目を閉じると、ほどなくして眠りに落ちそうになる…その時。

ガタンっと、まるで縁石でも踏んだかのように、トラックの荷台が大きく揺れたのである。

「!?」

角田さんはハッと目を開けた。

停車中のトラックが、地震でもないのに大きく揺れることなどまずない。
強い風が吹いている訳でもなく、その不自然な揺れ方に違和感を覚えた角田さんは、荷台を支えるエアサスのコンプレッサーが故障したのかと思った…しかし。
ふと、あることを思いだしてハッとする。

「まさか…備品泥棒か?!」

この不況の時代、停車中のトラックからスペアタイヤやチェーンなどが盗まれることは珍しい事ではない。
大型車のスペアタイヤもチェーンも、決して安い代物ではないのだ。
盗まれたら大事だと、角田さんは、わざとヘッドライトとマーカーランプを点灯させて、慌ててキャビンを下りた。
そして、運転席側からトラックの後方に向かって歩く。
右側のタイヤやバッテリーなどに異変は何もない、荷台の後方を周り、左側に回り込んだ時、角田さんの視界の下方に、なにやら黒い影が蠢いた。

トラックの荷台の下に、ゆらりと影が揺れる。

スペアタイヤを盗むつもりか!!

角田さんはカッとなって怒鳴った。

「てめぇ!何やってる…っ!?」

左後方のダブルタイヤを、鬼の形相で覗き込んだ、その次の瞬間。

「…ひぁっ!!!?」

角田さんは声にならない悲鳴をあげて、その場に尻餅をついた。

備品泥棒だと思った角田さんの視界に飛び込んできたそれは…

ダブルタイヤに巻き込まれた、人間の姿だったのだ。
手足が変な方向に折れ曲がり、割れた頭から、白い脳漿を溢れさせた状態で白目を向く作業服の男の姿。

「うあっ…!?うはぁっ!はわぁっ!!」

声にならない叫びを上げ、角田さんは慌てでキャビンに走った。

やってしまった!!
人をダブルタイヤに巻き込んでしまった!
早く警察を!
いや救急車か!?
いや先に会社か!?

ダッシュボードの上からスマートフォンを手に取り、通報しようとするのだが、慌てふためいてるせいで、上手くダイヤルボタンが押せない。
そうこうしているうちに、角田さんの頭は徐々に冷静になっていく。

いや待てよ?
さっき交差点を曲がった時に、左後ろに違和感もなければ、何かを踏んだようなショックもなかった。
明らかにおかしいじゃないか?
いつ人を巻き込んだんだ?!

そう思った角田さんは、意を決して、もう一度左側のダブルタイヤを確認しようと思った。
スマートフォンを手に握ったまま、キャビンを越え、先ほど男が巻き込まれていたダブルタイヤの前に立つと、恐る恐る荷台の下を覗き込む。
黄色いマーカーランプに照らし出されたそこに、あのグロテスクな様相をした男の姿は、なかった。
ダブルタイヤの間を確認しても、やはりあの男の姿はない。
角田さんはホッと胸を撫で下ろした。

「そうだよなぁ、俺、人なんか轢いてないよな…」

思わずそう呟いた角田さんの脳裏に、ふと、とある疑問が沸き起こる。

だとしたら…あの男は、一体、何だったんだ?

その時、不意に、ダブルタイヤの隙間からゆらりと土気色の手が現れ、角田さんの足首を掴んだ。

「うわああああああああ!!?」

角田さんは、天地を揺るがすような悲鳴を上げて、その場から逃げ出した。


つい先日、その交差点で、とある倉庫のフォークマンが、交通事故にあって死亡したことを角田さんが知ったのは、この出来事から、数10分後のことだった。

【END】







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