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トラックドライバー怪談9『憑き纏う者(3)』

[3,部屋に立つ女]
長距離トラックドライバーは、毎日帰宅できることなんてまずない。
荷物を積んで、西へ東へ、北へ南へ。
まともに家に帰れるのはだいたい週に一度だ。
航海が終わり、一週間ぶりに帰宅した俺は、もちろんのことながら疲労困憊だ。
長距離トラックをやっていると、トラックのキャビンが自分の家みたいになってくる。
睡眠時間はまちまちだけど、一応ちゃんと寝ることはできるが、体の疲れが取れるかといったらそんなこともない。
体を休めようと思ったら、やはり帰宅して休むの一番だ。

その日、音楽をやってる俺には、やることが溜まっていた。
新曲のデモ歌を入れて、仮のコーラスを作らなければならない。
帰宅して自分の部屋に行き、パソコンの電源をつける。
だがその日、パソコンの電源をつけたはいいが異様な眠気に襲われて、パソコンが立ち上がるまではと、俺はベッドに横になった。
電気もつけずに、パソコンデスクの作業用ライトだけをつけ、パソコンが立ち上がったら作業をするつもりだった…

ほんの少しの間だけ横になるつもりが、俺は迂闊にもそのまま眠ってしまった。

一体、どれくらい時間が経ったのだろう?
なんとなく息苦しさを感じて、俺は、虚ろな状態で目を覚ました。

うっすら目を開けると、パソコンはつけっぱなし。
作業用のライトが、ほんのりと部屋の中を照らしている。
ぼんやりする視界。

そのぼんやりする視界の中に、俺は、本来なら、そこにあるはずのないものを見てしまったのだ。

パソコンデスクの隣。
部屋の入り口のドア。

「……っ!?」

そのドアの前に、すらりと伸びる足が見えた。
それは、間違いなく、女の足だった。
俺は、自分の視線を、ゆっくりと女の足から上の方へと動かしていく…

膝よりも、ちょっと上の丈のスカート。
それは、どこかで見たことがあるような服装だった。
肩ぐらいまでの、ゆるいウェーブのかかった髪。
その面影をどこかで見たことがあるような気がした…
しかし、それが誰だったかは思い出せない。

俺の視線は、その女の顔に移る。
顔見れば、誰かわかるはず…

だがその予想は見事に外れた。

その女には…顔がなかったのだ。

トラックの中で見た時のように、輪郭だけあって顔のパーツがない。

自分の体から血の気が引くのを感じた。
ぼんやりとした意識はある。
だが、体が動かない。
所謂、金縛りというやつだった。
じわじわと、心の中に恐怖が湧き上がる。

この、のっぺらぼうの女は一体誰なんだ!?
こいつは一体なんなんだ!?

顔のパーツがない女は、見えざる目でじっと俺を見ているようだった。
背すじに、ざわざわと何かが湧き上がってくる。
嫌な汗が背中に滲むのがわかった。
得体のしれない恐怖が、俺の四肢を締め付けてくる。

そのあまりの恐怖に、俺は、どうやら気絶するようにまた眠ってしまったらしい。

気が付いた時、カーテンの向こうの窓はうっすらと白んでいた。
背中には、じっとりと嫌な汗をかいていた…

顔のない女は、まるで嘲笑うかのように、徐々に徐々に俺に近づいてきていたのだろう。

顔のないその女がいったい何者なのか…全然全く見当もつかない。
俺が気が付かないうちに、その女はどんどん俺の内側に憑き纏ってきていた…

〈ToBeContinue〉


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