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クソデカ感情百合小説アンソロジー ファムファタールズ全作品感想

☆クソデカ感情百合小説アンソロジー『ファムファタールズ』とは?

決して恋ではない、ともすれば憎しみにも似た想い。
運命によって出逢わされてしまったあの娘とあの娘
のクソデカ感情を描いた作品だけが載ったアンソロ。

上記のコンセプトからなる35名の寄稿者による小説と詩と漫画のアンソロジーで、486ページ背幅は30mm弱もある、まさに【クソデカ】な一冊だ。

2022年冬に寄稿者募集を開始、わずか3日で満枠。2023年11月の文学フリマ東京で初頒布し、今もBOOTHで通販を受け付けているので、気になった方はぜひポチってみて欲しい。2024年5月19日の文学フリマ東京で通販分も完全完売してしまいました。ありがとうございます!

申し遅れたが筆者は文学フリマ東京で10年ほど執筆活動をしているアマチュア小説書きであり、本アンソロジーの主催もしている。今回はアンソロジーの紹介を兼ねて、寄稿頂いた全作のあらすじと感想を紹介したいと思っている。なお、主催個人は個人誌『そしてふたりはあかつきの』でもクソデカ感情百合を書いているので、こちらも良かったらBOOTHからぜひ。

なんと、寄稿者の方が本アンソロジーの紹介動画も作成、各作品のセリフを演じてくださっている! ぜひ一度見て頂きたい。


☆表紙について

ファムファタールズのコンセプトそのもののような表紙

……いかがだろう、この最強の表紙! こちらは高嶋ユタカ様(@ytk_takashima)に依頼して描いていただいたイラストに、主催が畏れ多くも文字をいれさせていただいたものだ。

筆者は直近の個人誌でもそうだが、ココナラを利用して表紙イラストをご依頼させてもらっている。

依頼の際には「『恋愛関係ではない女の子同士のクソデカ感情』をテーマに、高嶋様の創作意欲のままに描いて頂ければ……(中略)強めの女の子の、愛憎を感じさせる表情が良いです!」とお願いさせて頂いた。

また、筆者はアンソロジーの表紙が背表紙・裏表紙まで貫通しているのがこの上なく大好きだ。そのため、依頼も横長でつながった一枚絵にして頂いている。

初見でテンション上がりまくったのは言うまでもない

改めてイラストを見て行こう。二人の少女、黒と白、長髪と短髪……まるで極上の陰陽図のような対比……こういうの大好き!

二人の顔も、「百合♡」のようなものでは決してない。憎しみ、戸惑い、憂い、羨望、あるいは……と、その奥のクソデカ感情を見るものに想像させる絶妙な表情だ。本アンソロジーの顔として、これ以上の物はないだろう。

文字入れについては当初どなたかに依頼しようと思ったが、文字だけ入れるサービスが見当たらず自分で入れることになった。そこで以前、文芸ムックあたらよでお馴染みの百百百百様(@Forbidden_100x4)の運命アンソロ『運命よ、そこのけそこのけ作家が通る。』を購入させて頂いて以来、その表紙の大きなサイズの文字がめちゃめちゃカッコ良くて、「いつかこんな風に大胆な文字入れをしてみたい」と思っていたのを思い出した。

ただ、単に大きな文字を入れてしまうとせっかくのイラストが隠れてしまうので、文字色を薄くしたりオーバーレイしてみたりと試行錯誤。最終的にワイヤーのように加工して、奥のイラストも見せつつ、クソデカ文字を配置するという荒業に至った。ただ、メイン二人の顔はハッキリ見せたかったので、彼女たちのフェイスラインから内側の文字はあえて消している。

実物は搬入先の文フリ東京の会場で初めて見た。箔押しが最高にキマっていた。

また、タイトルである『ファムファタールズ』は、他と同じ黄色文字で入れてしまうと、目が滑ってほとんど目立たなかったため、入稿直前、最後の最後で箔押しにした。現物で見ると非常によく目立つので大正解だったが、そのおかげでもともと原価率がカツカツだったのが『売値=ほぼ原価』にまでなってしまった。しかし悔いはない。儲けるために同人をやっているわけではないのだ!

☆作品紹介・感想

①『蚕食心中』作:青造花 

『わたしたちは永遠になったのよ。』というこれ以上なく開幕に相応しい一言から始まる、一国の文化とその終焉を描いた壮大なクソデカ感情百合小説。王家の衣を紡ぐためだけに生きるヒトの形をした蚕、『王蚕』リュステルカと、彼女に入れ込んでしまった王女ダルシャナが、王の死をきっかけに大きな事件を巻き起こしていく……

初めて読んだ時、「これこれ!!!」と天を仰ぎみてしまった。『決して恋愛ではない、ともすれば憎しみにも似た想い』と簡単に主催は言ったものの、こうも的確にそれを表現してくるとは! 人×人外モノとしても一級品のクソデカ感情百合。アイウエオ順トップバッターにして、幸先の良いスタートとなった。
Twitter ID:@_inkblue

②『ないものねだり』作:青葉える

生まれつき可愛く人を惹きつけてしまう少女、姫野と、努力してギャルになった美術部の青木。青木が文化祭に向けての絵のモデルを姫野に頼んだことから明かされる、それぞれ二人が抱える『ないものねだり』のお話。

こういうの好き!!!!
『あの娘にキスと白百合を』を膝に受けてしまってからずっと天才×努力の組み合わせが好みドストライクの筆者にとって、互いが互いの良いところを羨む関係というのは本当に良い。二人とも強くてカッコよくて、特に姫野の独白はルッキズムへの生々しいリアル感があり、ハッとさせられる。作者の青葉さんは普段仄暗いお話をよく書かれる方で、著作も以前から買わせて頂いていたが、クソデカ感情百合というフィールドでも魅せてくださった。
Twitter ID:@matanelemon

③『最後の電話』作:赤柴紫織子

ある教師が生徒から受け取った、長い長い一本の電話。自殺した少女、七海について語られるその不穏な内容は、『わたしが、七海を殺したということにしてくれませんか。』という不可解なお願いから始まる。

最初から最後まで、一人の少女が語り続ける電話のログのようになっており、自分がその電話を受けているかのような没入感のある読み口。加速する焦燥感、ぉぃ……おい……おい!!と、最後には電話を何度もかけ直したくなった。理解しようにも、理解できない感情。青春と死、ごちゃごちゃになったクソデカ感情の行きつく先をぜひ読んで頂きたい、そんな一作。百合の間に挟まれもしないという、稀有な体験ができたのもまた思い入れのある作品。
Twitter ID:@cyan0401

④『フラクタル・フィラメント・フィクション』作:秋助 

 世界の終わりみたいな島、雁篝島。ほとんど人はおらず、海は真っ白でぬめりがあってぶよぶよ。空には球体状の透明な膜が張られ、様々な景色が映し出され、時折電波塔や不可思議なものが空から降ってくる。いびつな環境、無理やりの日常。その中で過ごす仁美と藍花、そして得体のしれない小学生芽々ちゃん。序盤から張られる伏線と、こだわりぬいた言葉選びによって翻弄されながら、フラクタル構造の物語(フィクション)は進んでいく……

140字小説で知られる秋助さんの、久しぶりの長編小説には痺れました。不穏、不協和、不可思議な謎。ページをめくる原動力に満ちたこの物語は、読む人の中に雁篝島という虚構を作り上げてしまう力がある。
Twitter ID:@akisuke0

⑤『一と百万夜、その幾つか』作:麻花

かぐや姫と人魚姫、サンダルと砂のお城、火の竜と水の魔女、蒲公英と向日葵、そして……さまざまなシチュエーションが語られていく作品。正にこのクソデカ感情百合小説アンソロジーに相応しい、千夜一夜物語のよう! 

どこか詩のような、どこか絵本のような。寓意と悲劇と示唆に富んでいる様子は、アンデルセンの『絵のない絵本』をも想起させる。様々なスケールで描かれる物語のバリエーションの豊かさに驚かされるとともに、その本質として語られるカルマが一貫しているのがまた心憎い。『クソデカ感情百合とは何か?』という哲学的な問いに対する小説としてのアプローチのようにも感じられ、二回、三回と読み直したくなる魅力に富んだ一作。
Twitter ID:@asahana_xxx

⑥『生けるギプス』作:芦田芋助

目が覚めるとジュリは全身のいたるところを骨折していた。何も見えず、一切動けず、高校三年生にしてこの後の人生の全てが終わってしまった。誰も見舞いに来ない中、唯一献身的につきそうのは、心のどこかで下に見ていた後輩、モモカだけ……

クソデカ感情の吐露、独白、ぶつけ合い。身動き一つとれないジュリが過去を回想しながら進んでいくソリッドシチュエーションとも言える本作は、芦田さんの真骨頂ともいえる丹念で執拗な描写力によって読者に異様な圧迫感を与えてくる。後日お会いした際には、「善之新さんの好みに合わせました。臭いの描写とか……(大意)」と言われ、ドキッとしたものだ。湿度、臭いまで伝わってくるような極大クソデカ感情百合。是非ご賞味あれ。
Twitter ID:@jc_amon

⑦『また、あの子の夢を見た。』作:東谷駿吾

彼氏に振られた会社の後輩、ちーちゃんと、飲み仲間みたいな沙苗。隠した感情、元カノとの関係。友達、セフレ、他人の違い。ひとりであることを意識してしまうそんな眠れない夜には、あの子の夢を見てしまう……

オトナな雰囲気、居酒屋の喧騒の中で感じる大数の中の孤独のような感情を丁寧に描写した一作。恋愛対象のベクトルが違うもの同士のすれ違いも勿論だが、一人の人間としての割り切れない、あるいは不合理で本人にも理解できていない沙苗の言動や感情が書かれているのが素晴らしい。好きという感情は軸にあるものの、それに伴う周囲との摩擦やモヤモヤ、自分への嫌悪感といった巨大感情が、繊細に語られているのが見事。
Twitter ID:@az_official_s

⑧『ゴン・フォックス・ゾンビvsアルティメット桃太郎』 作:石田金時

 いじめのせいで人生ドン底に陥った少女は、どうしてもウナギを食べて欲しい中年男、兵十の魔の手からかつてのいじめっ子によって救われる。迫りくる兵十と、彼の従えるゴン・フォックス・ゾンビ。埼玉県で繰り広げられるクソデカ感情百合の明日はどっちだ?! 『助けて、アルティメット桃太郎!』

ええと……本当にこんな感じの小説です。普段文芸サークルLGにてご一緒している石田金時氏が、クソデカ感情百合小説アンソロジーに名乗りを上げられたときには正直「正気か?」と思ったが、メインテーマであるクソデカ感情百合はしっかりクソデカ感情百合していて、唸らざるを得ない作品が提出された。あらすじはたしかにスラップスティックに見える(し実際そうだ)が、いじめと、反省と、復讐に対する描写はリアルで、何より登場人物が始終真面目なので独特な味わいがでており、最後は鰻が食べたくなる。そんな作品。
Twitter ID:@deep_in_Fantasi

⑨『Ένα αστέρι που γυρίζει για πάντα』作:樹真一

 いつも一緒のいのりちゃんとレイちゃんは運命の二人。私はそんな二人を後ろから眺めて、その様子をメモにしたためる。幸福な時間、美しい世界。しかしそんな関係は、いのりちゃんに彼氏ができたことであっさりと瓦解してしまう。……そんなの絶対に許せない。二人は永遠に、一緒にいなくちゃならないんだ。

 ある意味で最もこのアンソロジーで異色とも言える、「クソデカ感情百合を望む人間によるクソデカ感情」を描き切った作品。内容の良さもさることながら、非常にメタ的な視点で言えば、35作も集まった百合アンソロジーにおいて、その中に掲載された小説である本作が、百合を見たい・書きたいと思う側の人間の感情に言及するという構造がとても面白い。こう来たか!と初読で興奮したのをよく覚えている。
Twitter ID:@nekomimi328

⑩『電光アドレイション』作:入江弥彦

SNSでずっと憧れていた女の子、藤さんがこの田舎町に転校してきた。息苦しく、排他的なこの町で、次第に藤さんはSNSでのキラキラしたイメージと乖離していく……

読んで、うわぁ……と声が漏れた一作。因習村、と言うにはリアルで現実味があり、どうしようもない閉塞感の中で、誰もが嚙み合っていない地獄。崇拝と、勝手な失望。お互いに幻想を見ていて、勝手で、台無しになっていく。大きな出来事があるわけでもなく、壮絶な問題があるわけでもないのに、ゆっくりじっくりと腐食していくような気味の悪さがたまらない。バブルのように膨れ上がったクソデカ感情が、パチンとはじける瞬間を体験できる、そんな一作。
Twitter ID:@ir__yahiko

⑪『まなみ』作:おのでら

 デザイナーとして生計を立てる優香は、飲み会でグラビアアイドル『まなみ』に出会う。偶然同じマンションに住むことを知った優香は、次第にまなみに興味を持っていくが……

『物事を遠くから見る』という優香の信念が、文章全体から漂うドライでひりつくような雰囲気を作り上げている。まなみの優香に対する拒絶は、多くは語られないものの、まなみ本人のこれまでの人生から漏れ出た悲鳴のように感じられる。やりたいこと、やりたくないこと、好きなこと、そして虚無感。どこまでも同情的にはならない優香の視点がどこか心地よく、何度か読み直して行間と、まなみに惹かれていく自分がいる。こんな風に乾いたクソデカ感情もまた、アリなのだ。
Twitter ID:@YecgNh

⑫『アネモネなんていらない』作:嘉藤千代

 美和は、学生時代からのたった一人の親友と言うべき雛乃から結婚式での受付と、二次会の幹事を頼まれる。親友からの頼まれごとにまんざらでもない美和だったが、結婚式が進むにつれて、どこか疎外感を感じていくことになる。

 サークル開式堂さんに所属するホラーの名手、嘉藤さんによる、知人の結婚式における『こうなったら嫌だなあ』をこれでもか!!!と全て体現してくるストーリー。まるで読んでいる自分の心理を読んでいたかのように、ことごとく心の琴線に爪を立ててくる。主催はちょうど本作を読む直前に友人の結婚式に参加しており、その時に感じた薄いもやもやが完璧に言語化されていて驚いたものだ。決して恋愛ではないし、ほとんど憎しみに似た想い。読んでいる側にクソデカ感情が宿っていく、非常に稀有な一作。化け物も心霊も出てこないけれど、これはもはやホラーです。
Twitter ID:@LOL_chiyo5

⑬『探偵 小説』作:裃白沙

高校生探偵として名をはせた瓦木紗綾は、同級生、駒澤美輝による凄惨な殺人事件をきっかけに大学生になった今も心を閉ざし続けていた。そんな中、出くわした殺人事件に彼女は一切手を出そうとしない。探偵らしからぬ言動に、周囲は様々な思いを抱くが……

裃さんは文芸サークルLGの代表にして、横溝正史の研究家としての側面を持つ探偵小説家だ。氏が書かれる作品では一貫して探偵『瓦木紗綾』が登場するが、時間軸は入り乱れており、高校生時代の話と、大学生以降の話に大別される。彼女自身がまとう雰囲気や、心境にはどこか違いがあり、一ファンとしてそのギャップの理由が明かされるのはいつになるだろうと思っていた。……それがまさかここでとは!
とはいえ新規の方にも楽しめる一作になっているのはさすがの一言。事件が起こった時、探偵ならばどうする?という、『探偵』そのものをテーマにした小説になっている。
Twitter ID:@bk100_2051

⑭『季節をまとう人』作:奇異度計

 ひどく暑い夏に出会った、陰のある「彼女」。就活の上手く行かない私は彼女に手伝ってもらうことになる。穏やかで満たされた幸せな日々。しかし彼女は頑なに自殺することをやめようとはしないのだった。

「私」が就職活動をしている間は死なないでいてくれるという彼女との交流が、四季折々に描かれながら進む物語。ウェットなクソデカ感情がじっくりと実っていく過程が切ない。メメント・モリであり、カルペ・ディエムである彼女との日常は、彼女の自殺を止めさえしなければ永遠に続くかのような矛盾がある。ハッピーエンドを願いながら、読み進める手が止まらない。
Twitter ID:@keyed08

⑮『みらい』作:九鳥によ

 同じ専門学校で、演劇サークルに所属する美奈と侑。華のあるスターである侑と、それを支える裏方の美奈。プライベートでも侑を支え続ける美奈は、今夜も美味しい鍋を作るが……

 あれ?何の問題もないほのぼの百合だな……と油断しているとぶつけられるクソデカ感情にガツンとやられる一作。作中でひたすら料理がおいしそうすぎて、読んでいるとすごいお腹が空いてくる。共依存関係を描く作品はこれまでも読んだことはあるが、視点がぐるっと変わる瞬間があってとても興味深い。表面上は和やかで、はたから見ている分には仲良しな二人の食事と、それぞれの抱える感情とのギャップに酔いしれる。
Twitter ID:@hato_niyo

⑯『人魚のともだち』作:こうげつしずり

 絵かきの少女マリと、人魚のミナは仲良しなともだち。しかし、ミナをモデルにした絵でマリが入賞したことをきっかけに、マリによってミナは家に閉じ込められることになる。ともだちのために様々なことを我慢し続ける、その果てには……

 雪と凍える人魚という、ミスマッチだが圧倒的に印象深いシーンから始まる本作は、変わってしまう友情と、その不変を盲信したい感情を描いた傑作。メタファーとして取り扱われるラムネの爽やかさと冷たさが、効果的に用いられている。夏に飲むラムネと、冬に飲むラムネの違い。海水と、水道水の違い。似て非なる環境と関係の中で、どちらがどちらにクソデカ感情を向けているのか。執着、友情、愛、あるいはその気持ちはもはや本人たちにも解釈できていないのかもしれない。つい何度も読み直してしまう作品。
Twitter ID:@umisorayoru

⑰『死人に花はにおえない』作:紅坂紫

 名家の娘である麗と、そのレディズ・コンパニオンとして仕える実美。麗の従姉である梨香の誕生祝いのために訪れた旧家で、凄惨な殺人事件が発生する。不遜だが頭の切れる麗と、それを支える実美はその事件を何とか解決しようとするのだった。

 金縁のついたようなクラシカルで重厚な推理小説に、華やかで存在感のあるキャラクターが印象的な本作。何と言っても麗の強さと脆さのある人物造形が素晴らしい。事件を通して描かれる、「死人に花はにおえない」というメインテーマが二人の関係性を象徴し、単なるホームズとワトソンではないこの二人の人生を描き切っている。肝心の事件そのものもトリックの出来の良さはもちろん、動機についてもちゃんとクソデカ感情で、満足感のある一作となっている。
Twitter ID:@YukariKousaka

⑱『射手と飛行士』作:里崎

 守り人として箒に乗り、特殊な油の産地を守るミユは、ある日を境に飛行士として上手く飛べなくなってしまう。失意の先で出会ったのは、凄腕ながらぶっきらぼうなはぐれの射手、シェラ。確執と過去のトラウマを乗り越えて、二人の連理が危機に立ち向かう。

 世界観がドッシリとしていて、細部まで作りこまれているがゆえに人間関係にフォーカスして読むことができるファンタジー。大事な人の助けた相手が、成長して自分のバディになるという激アツ展開もあり、空中を飛び回るアクションも読みやすい。この文量の中で起承転結をバッチリ抑え、このコンビの活躍をこれからも見たいと思わせてくれるのはさすがの力量。サブキャラクターの双子もいい味を出していて個人的に好き。
Twitter ID:@lisakilizan

⑲『水葬王女』作:偲凪生

 人類と人魚の戦争が終結してから約百年。壊滅したはずの人魚が残した「呪い」である遺物を破壊するために戦う組織に属するラズとラピスは、ついに世界の真実に触れてしまう……

 ファンタジーというよりは戦記に近いような無慈悲な世界観の中で、二人の交流が描かれる。明かされる真実でめちゃくちゃ盛り上がり、おお!と声が漏れてしまったほど。原作の人魚姫を上手くモチーフにしつつも、予想のつかない方向に進むストーリーラインがとても良い。敵が本格的に容赦なくて、ラズとラピスのやりとりにニヤついているとグサッとやられる温度差も心地よい。真面目なラズと飄々としたラピスの組み合わせがお互いに抱えるクソデカ感情も見どころ。
Twitter ID:@heartrium

⑳『祈り女は賭博狂戯城にて』作:蟬時雨あさぎ

 賭け事を愛する女神が作り上げた城、ロマナ・ヴェンナ。その城下町の教会に新しくやってきた祈り女、ハヴェールには凄腕の賭け師という裏の顔があった。城下一の賭姫、マナンとの対峙に込めた、彼女の想いとは……

 二人の因縁を軸にした、賭博ゲームが繰り広げられる本作。遊戯の進行とともに、互いの想いがぶつかる構成がアツい。クソデカ感情百合に、こういう描かれ方もあるのか!と膝を打ったのをよく覚えている。勝負事を通して滲み出る信念やキャラ造形の魅せ方が巧みで、要所のキメセリフも抜群に格好良い。ハヴェールの、普段の慇懃なおっとり加減と賭け中のギャップがまた背徳的。もちろん、マナン様の高飛車な様子もファンがつきそうでとても良い。
Twitter ID:@Asagi_shigure

㉑『友達の友達』作:千梨

 今回、唯一の詩での参加となった一作。友達から聞く、自分の知らない「友達の友達」への思いを載せた詩。「わたし」から「あなた」へ向けるクソデカ感情とともに、「あなた」から「友達の友達」へ向ける感情に対する「わたし」の感情もまた重く、大きなものになっている。まさしく煙のように正体の見えない相手への、憎しみにも似たクソデカ感情。一読して、身に覚えのあるような不思議な感覚に陥った。詳しくは語られないからこそ行間に自分の体験を垣間見てしまうのは詩の持つ魅力の一つだろう。想起される人物や関係性、過去にあったであろう出来事のイメージも、鑑賞者それぞれによって違ってくる。叙述されない「友達の友達」と、描写しきらない詩の形式とが、上手く噛み合うそんな作品。
Twitter ID:@senri_kzy

          (ちなみに落ち着いて数えてみたら600ページは超えませんでした)

㉒『汝、人の手に死せざらしむ』作:高内優都

 反社会的な組織のお嬢様、流華と、彼女が気まぐれで拾って一緒に育った付き人の伊南。伊南はずっと主人を殺したいほど憎み続けるが、ある日流華が襲撃に遭って……

 徹底してちゃんと憎んでいる描写がされつつも、奇妙な信頼関係があったり、ただの憎悪に終わらないクソデカ感情が展開され、これだよこれこれ!と手を叩いて喜んでしまった。本編はかなり殺伐としており、流華はちゃんと極悪。飢えたドーベルマンのような伊南のキャラクタ性がとても良く、主従関係には逆らえないというのもまた良い。膨らませて単行本にならないかなあ……と期待してしまう、そんな魅力的なペアだ。
Twitter ID:@takautiyu__to

㉓『ハートレス』作:たけぞう

 森にすむ人食いの神様に、姉の心臓がささげられた。アザミは村を、神を憎悪し、怪物と化す……

 やってくれました。デカすぎる。クソデカ感情百合の中に、「畏れ」や「神話」が組み込まれるとは思っていなかった。善悪を超えた災害として描かれる神の、どこか気高いような圧倒的存在感。アザミの狂わんばかりの怒りと絶望は読者には深く突き刺さるが、村の人々にとっては彼女こそが怪物として認識される。倒す以上に凄絶な、神と人への復讐……いやはや、クソデカ感情百合小説というジャンルには、こういうのもあって良いんだ!と思わされる快作。
Twitter ID:@Takezaux

㉔『姿見にうつる』作:津森七

 貧しい生活の中で母が入院し、絶縁された実家に身を寄せる少女、絲。豊かな生活の中で育てられた同い年の桜帆子とは瓜二つ。二人は親交を深めるが、絲はどこか羨望と嫉妬を覚え始める。そんな中、絲に執着するストーカーが現れ、二人は入れ替わりによる対策を思いつくが……

 隣の芝は青いと言うか、人には人の地獄があると言うか……「自分ばっかりが傷ついていると思ってた?」の一言は、今でも時折思い出して胸を抉られるセリフである。もう、本当にラストが最高で、これはぜひ読んでいただきたい。地獄の中で生きていくにはクソデカ感情を抱えた者同士で組み合うしかなく、印象的に使われる姿見が、最後の最後でゾクリとさせる怪物を我々に見せつけてくる。素晴らしい構成だ。
Twitter ID:@tumori_nana

㉕『なるみちゃん』作:ナナバラメイ

 かわいくて、きらきらしてて、誕生日会にはEXILEが来てパフォーマンスしてくれるような特別な存在「なるみちゃん」と、平凡な私のお話。

 本アンソロジー唯一の漫画での寄稿作。ナナバラさんの作品は可愛い絵柄とハードパンチな展開とのギャップがたまらない。今作では直接的な表現がないものの、「うわあ……」となる精神的なダメージがありました。いろいろと想像させられるが、何か特別で大切な感情が二人ともにあったのだと、そう感じさせられる描写の数々がとても良い。二人の服装やキャラデザにも細かい意図やこだわりが見て取れる、丁寧な一作。
Twitter ID:@7rose_may

㉖『貴女は彼に』作:PAULA0125

 「あの方」にまつわる二人のマリア。二人の会話だけで進む問答は、あの方を巡る議論へと発展していく……

 スタイリッシュ罰当たり創作サークルいくそすの『腐教家』として知られるPAULAさんが百合アンソロジーに寄稿して頂けることとなり、聖人の女体化でもするのか……?と戦々恐々としていたところ、こう来たか!のマリア談義。もっとも有名なマリアは聖母だろうが、実は新約聖書にマリアは他に何人かおり、有名で印象的なエピソードがいくつかある。キリスト教はよくわからない、という方はちんぷんかんぷんかもしれないが、少し知識があると驚くような示唆と教養に富んだ会話であることがわかる。ラストのオチも秀逸で、帰着点はそこしかないよなあ、と思わされる。
Twitter ID:@H_tousokujin (マネージャー)

㉗『アサガオの蔓のように』作:濱田ヤストラ

 美人だが根暗でいじめられっ子の姉と、顔はパッとしないが明るくクラスの中心にいる妹。妹の片思い相手が姉に告白したことをきっかけに、双子の関係はさらに険悪なものになっていく……

「優しくて可愛い子に育ってね」という言葉がこんなにも呪いになるとは夢にも思わなかった。話の構成が見事で、視点が切り替わりながら、まさにアサガオの蔓のように話が絡み合って進んでいく。顔と性格、どっちが大事?みたいに気楽な話ではなく、当人たちにとっては自分にはどうしようもない天賦の物に振り回され続けるという地獄を丹念に描いている。やられた!と最後には苦々しい顔で溜息を吐いたのを覚えている。邪悪というか、救いがたいというか……
Twitter ID:@shino_is_joker

㉘『大女優様』作:藤田当麻

 麻子は、クラスで目立たない存在だったスズと天文部での活動を通して親友になっていく。20歳になったら一緒に死のう、と約束したはずの二人は、スズが芸能人としてデビューしたことをきっかけに疎遠になるが……

 学生の頃の約束が果たされないままで、どこか後ろめたいような、恨みがましいような気持ち。段々と風化していくことさえ心の片隅でストレスで、相手が華やかに生きていればいるほど肥大化していく。かけがえのなかった思い出の日々と親友が、呪いのようになってしまう過程が緊迫感をもって表現され、終盤の思いをぶつけ合う場面では、読む側の息も詰まるようなクソデカ感情が投げつけられる。スズのある種痛々しいほどの瑞々しさと、今の麻子の乾いた心の対比が心憎い。あ~~~~、ブッ刺さる!
Twitter ID:@Fujitatoma

㉙『赤い髪の約束』作:蓬千華

 不思議な赤い髪の女性に助けられた少女、ルシアは「今日のことを誰にも話さないように」と念を押されてその約束を大切に守っていた。そんな彼女に結婚の話が持ち掛けられ、彼女の想いは想像しなかったところで成就することになる……

 「見るな」のタブーならぬ、「言うな」のタブーを軸にした作品。約束を厳格に守ることがキーになっており、それにしてはお前ズルだろ!みたいな展開にもちゃんとオチをつけてくるところが上手い。人×人外モノ好きの蓬千華氏ならではのこだわりもしっかり醸し出されており、最後の展開には「そうこなくっちゃ」とすっかり満足。年月の重み、秘密にするということの重みでしっかりクソデカ感情を表しているのも良い一作。
Twitter ID:@hourai_dolls

㉚『ピアノ弾きは、ひとりだけ』作:益岡和朗

 花火乃森学園女子高等学校の合唱祭を舞台に、鎬を削る少女たち。《花火》と名付けられた伝説的な課題曲を前に、世代を超えた思惑が交錯する……

 めっちゃ好き。細かいサブキャラクターにも人生を感じさせつつ、女同士の嫉妬も負けん気も友情も全てない交ぜにしたクソデカ感情がぶつけ合わされる。歌の歌詞も秀逸で、見せ場として太字で強調されるのがめちゃめちゃカッコ良い。さらには合唱の様子を味としてとらえる文章が新鮮で、しかし説得力があるのがまた面白い。直接命のやり取りをしているわけでもないのに、魂の勝負をしていることがひしひしと伝わってきて、アツくなってしまう。少女たちだけでなく、上の世代の淑女たちの活躍も見逃せない、魅力的な物語となっている。
Twitter ID:@ayumu_KM

㉛『最後のスクアドラ』作:御神楽

 陰謀により廃棄された12人の機人による分隊。完全に同一の見た目、自他の区別が出来ないヒューマギアだった「私たち」は、しかしたった一人、特異なただ一人の「クオレ」を探しに壮絶な旅に出る。

 超骨太SFにして、哲学的でもあり、アクションの面白さもあり、勿論特大のクソデカ感情百合もある。記憶を共有したが故に「一人にして全員」という状態の「私たち」が、各々クオレとの記憶を辿りながら、陰謀を解き明かしていく構図があまりにも面白い。乾ききった冷徹な世界観の中で、クオレとの交流の思い出だけがあたたかで、それがゆえに真相が心に突き刺さる。心とは何か、自我とは何かという価値観を揺さぶられながら、純然たる物語をちゃんと楽しめるよう書かれており、素晴らしい。
Twitter ID:@rena_mikagura

㉜『終わってしまった関係』作:みなり

 歌い手であるコネコの曲、「わたがし」について盛り上がる社内で、それに複雑な思いを抱える私。休日に訪れたならまちで、彼女は退社した後輩である朱華の姿を見かけるが……

 もどかしく、届かず、まさに終わってしまった関係を丁寧に描写した一作。自分の得意なことと、相手が大事にしていることが重なるとは限らない。こちらがどれだけ相手を見ていたとしても、相手はこちらに気づきもしないかもしれない。穏やかな文体の中で、「私」と「朱華」の間にはキッパリとした断絶が描かれており、切ないような、まさに処理できない感情を読み手にも想起させる。どれだけ評価されていようが、大切な人にとって無価値ならばそれは意味がないのだろうか、と唸らされてしまった。
Twitter ID:@minanomidori

㉝『きょうせい』 作:最上来

 会社員である実居は死んだ。死因を忘れたまま成仏できずにいると、同じく幽霊となった女子高生に出会う。自らの死の真相を探りにあちこちを回るうち、見えてきたのは自分では気づかなかった、実居の罪……

 死後に遺された家族・友人の挙動や思いを辿るにつれて、次第に地獄の輪郭が浮き上がってくる構成が見事。加害者と被害者は容易に入れ替わり、それはまるで共生関係のよう。幽霊たちが死因を明らかにしなければウエへ行けないというのは、自らの人生の最期こそ、それまでの生き方の総決算であるからかもしれない。生きている内に「こんなもんかな」と暗算していた自己評価が、最後の最期で客観評価と全然違うことに気づく絶望を、味わえる作品。
Twitter ID:@MogamiRai

㉞『翡翠のための殺人』作:八転七起

 同級生、翡翠の将来の夢が名探偵であることを知った都子が、中3の修学旅行で彼女のために極上の殺人事件を用意してあげようと奮闘するおはなし。

 あどけなく可愛い二人と、殺人事件というテーマがうまい具合にマッチしており、八転氏の敬愛するはやみねかおる作品のようなミステリーに昇華されている。「名探偵とは何か」についての意見は、氏と主催とで多分ピッタリ合致すると思われるが、今作には紛れもなく「名探偵」が登場する。しかし、ここまで悪意のない殺人計画も珍しく、二人の修学旅行が無事(?)完遂されることを祈ってやまない。読後、八転氏に「これシリーズ化できるよ!」と興奮して話したのを覚えている。続編待ってます。
Twitter ID:@waterbooks4881

㉟『私の神様』作:ゆずりは

 小学校に上がる頃から染井家に仕える深雪は、お嬢様である綾子に振り回され続けている。彼女を危険から遠ざけるためにあらゆる手を尽くすも、綾子からは次第に深雪は「いないもの」として扱われてしまうが……

 来ました。本アンソロジーラストにして、特大のクソデカ感情百合が投げ込まれました。怪物のような、でもやっぱり神様のような、不安定でどこか神聖さのある綾子に、読者もまた深雪のように深く、ずぶずぶと惹かれていってしまう。ファム・ファタールを体現するかのような主人と、それに自ら狂っていく侍従。二人の強烈な関係性も勿論のこと、舞台となる山中での緊迫感溢れるシーンの生々しさが見事。これは恋愛のように甘やかなものではない、何かずっと大きくて歪な感情であると、徹頭徹尾感じさせられる作品。
Twitter ID:@yuzuriha_aya

㊱幕間『FEMME FATALES』作:善之新

 憧れてきたミュージカルのシンデレラ役を、ポッと出の女優に奪われた私。パフォーマンスさえ良ければ良いと考える不遜なあの娘に、どうしても私は追い付けない……

 天才×努力する秀才という、主催の好みをそのままぶつけた幕間。読む人が読めば「あのキスじゃん!黒×白でしょ!」「いやお前、それあさ×ふゆじゃねえか!」と言われてしまうかもしれないが、それはもう仕方ない。高嶋様の表紙絵を見て、この二人を主役にした小説を書いてみたいな~~!と思ったために誕生した幕間。裏表紙に描かれたガラスの靴から着想を得て、シンデレラのミュージカル、というテーマになりました。全11ページで構成され、アンソロジーの各所にあるので連続して読むのは大変かもしれませんが、合間合間の箸休め的に読んでいただければ。
Twitter ID:@iIonNedukA

素敵な枠素材はpixivより「きっち」様の物をお借りしている。クレジットにも入れさせて頂いた。

☆おわりに

以上、35作品+αを紹介させて頂いた。どの作品も「恋愛ではないクソデカ感情百合」となっており、そのバリエーションは多岐に渡っていた。色とりどりの百合が咲き乱れるアンソロジー……まさに主催冥利に尽きるというもの。
琴線に引っ掛かったとすれば、ぜひ通販からもお買い求め頂きたい。……必ずや、届いた瞬間思わず、『クソデカ!』と叫んでしまうことだろう。

☆おまけ~雑談のノリで~

ここまでは言うなればまじめな講演会での発表といったところで、これ以降はとりとめのない、打ち上げでの雑談のようなものである。もしビール一杯分ほど筆者に奢ってくれるという奇特な方がいらっしゃれば、少しだけ延長してクソデカ感情百合アンソロジーについての雑談を繰り広げてみたい。

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