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【ガラスの脳】5日間だけ覚醒することを許された脳!限りある命をどう使うかを問うた手塚短編の傑作!

今回は手塚短編の傑作「ガラスの脳」をお届けいたします。
数ある手塚治虫の短編の中でも傑作の呼び声高い本作
生命の神秘をテーマとした手塚治虫の世界観を凝縮した作品とも言える名作であり実写映画化もされた本作

「人生の残された5日間」をどう生きるかというドラマを描いたテーマは
読者の心を揺さぶりラストには深い感動を呼び起こします。

めちゃくちゃ面白いです。
ボクも好きな作品ですし手塚先生本人も好きな作品と言っておられます。
ぜひ最後までご覧になっていただき
本作の魅力に触れていただければと思います。



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本作は
1971年「週刊少年サンデー」に掲載された短編です。

1999年には実写映画化もされており
その時の映画のキャッチフレーズが
「1万回のキスがくれた永遠の5日間」となっておりまして
文字通り5日間しか生きられない少女の人生を描いた感動短編です。

ガラスの脳なんて、へんてこりんなタイトルですが
クライマックスを見ればその意味が理解できますので
ぜひ最後までおつきあいください。

それではあらすじ見てみましょう。


列車事故によって亡くなった女性のお腹の中には赤ちゃんがおり
奇跡的に誕生するものの昏睡状態のまま
この赤ちゃんは産まれ落ちてしまいます。

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由美と名付けられた女の赤ちゃんは
事故の衝撃で脳に異常をきたし目を覚ましません。
脈も呼吸も正常でウンチもオシッコもするんですけど
ずっと眠ったままなんです。

一年、二年経ち父親は別の女性と再婚し出て行ってしまい
由美はひたすら病院で寝ているだけ
もう誰の関心もなくなって早10年の年月が流れていきます。

そこへ入院していた同い年の男の子「雄一」が
眠っている由美に絵本のマネ事で眠りから起こそうとキスをします。
それでも起きるはずもなく由美はまるで眠り姫のように眠り続けています。

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それでも来る日も、来る日もキスを続けそれが日課のようになり
いつしか雄一は由美に恋心を抱いてしまい
それが何年も続いたのでした


そして17年目の夏の終わり

ある日突然、由美の目が覚めます。
十七年の眠りからついに目を覚ましたんです

しかし彼女は身体は17歳ながら精神は赤子のまま

17年のブランクを取り戻すため雄一は由美の面倒を見るのですが
2日目にはすでに小学二年生ほどの知能に成長し
どうやら2時間に1年分の成長を遂げていることが分かります。

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3日目には思春期に到達し
由美と雄一の精神年齢が合致した頃

ここから世話役だった関係がこの日から2人の態度が変わっていくんです
恋に落ちた異性を意識した青春の男女関係に変わっていくんです。
しかしその時
由美から5日間だけしか生きられない事実を知ってしまいます。
ウソか本当か自分でも思い出せないけど
5日だけ目を覚ましてもいいとこの世に蘇ったというのです。

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4日目には由美が病院の先生に
肉体的にイタズラされていたという衝撃の事実を知ってしまい
雄一は激怒、自殺しようとする由美を助け


5日目にはついに2人は結婚することを決意します。
急いで結婚する二人を両親は認めないも強引に結婚

そして5日目の夜についに2人は結ばれることになるんですが
残り数分で残された5日目の時間が終わりを迎えます。


果たしてこの後2人は一体どうなるのか
本当に由美は5日しか生きられないのか

そしてガラスの脳とはどういう意味なのか

…とうのが本編のあらすじになっております。



ここからは完全ネタバレを含みますので
知りたくないとう方はご遠慮ください。


本作は「生命」をテーマとして描く
手塚治虫の十八番的作品になっております。

生きてはいるんだけど実際には
5日間だけしか意識がない眠り姫の物語

儚いなんて言葉、使いたくないけど儚い物語なんですよね。

儚い人生と言えばセミを連想しますが作中でも
「十七年セミ」のくだりがでてきます。
17年を土の中で過ごし成虫寿命はわずか数日という儚さ

この「十七年セミ」の一生は昆虫学者の中でも好奇心を掻き立てる存在であるとされ昆虫大好きな手塚先生らしい題材であると言えますね。

長い年月を経て成虫へと到達しその成虫期間はわずか5日
そこにどんなロマンがありどんなドラマをあるのか
手塚先生がそこに生命の神秘を感じ
マンガのモデルに取り上げたのも頷けます。


そんな限られた時間の中で精一杯に生き抜く少女の奇跡の5日間の物語から
手塚先生は何を伝えたかったのしょうか

実は手塚先生はこのような時間を扱った描写を描くのは少なくありません。

ライフワークである火の鳥では「生命とは」をテーマに壮大な物語が展開していきますがそこには必ず時間が密接に関わってきます

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そしてそこに描かれる幸せは永遠の命ではなく
有限の命の素晴らしさ、命の在り方を伝えています
むしろ無限の時間を得たものは
無限の苦しみを味わい続けるというのが火の鳥おなじみのパターンです。


大切な事は無くならないことではなく
今あるものをどう使うかってこと

無限のものに美しさはなく
本当の美しさとは有限の中にあると
儚くも生きていく生命の素晴らしさを常に描いています。

それは先生自身の戦争体験から来ているもので
絶望的とも言える状況の中で生き残った経験というのは
限りある命の大切さを痛烈に心に刻み込まれているからなんですね。

なので手塚先生は限りある命をどう使うか
というメッセージを常に問うています。

なぜ長生きしたいのか
なぜ死にたくないのか

多くの人が漠然と望んではいるけど
実際にその答えを明確に出せる人は少ないと思います。

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分かっちゃいるけどなかなか実態を掴みにくいと思いますが
これを現代の資本主義社会で置き換えると「お金」として考えてみると
分かりやすいのではないでしょうか。

多くの人が「お金」に対して、儲け方ばかりに目がくらんでいます。
巷に溢れる情報も「儲かる」とか「増える」とかそういうものばかり…
でも本当に大切なのは「使い方」の方なんですね。

お金の使い方や考え方を間違ってしまうと
時に人を殺めたり、傷つけるものになったりします。

お金自体の価値は変わらないのに
「使い方」次第で結果に大きな差が出てしまうということです。

資源や自然にしてもそう、どう「使うか」が大事なんですよね

そして誰しもが平等に持っている「時間」
この時間の使い方、在り方も同じで
手塚先生は常にこのメッセージを作品の中に描いております。
先に触れた「火の鳥」もすべて時間の使い方のお話です。

みなさんご存じのあの名作「ブラックジャック」の製作インタヴューでも
手塚先生はこのように述べておられます。

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「ボクが描きたかったことは医学上の知識や手術ではなくて
医者というのは何も命を引き延ばすのが仕事じゃない、
その患者の残された命、
限られた時間をどう有効に使ってもらえるかが大事なんじゃないか。
それが医者の仕事ということを描きたかった」

とハッキリと名言されております。

まさしく限りある生命を全うしようと言ってるわけですね。


そして本作「ガラスの脳」では限りある時間を「5日間だけ」という
分かりやすい設定にして読者の心を揺さぶってきます。

みなさんは残り余命が5日しか生きられなかったら何をしたいでしょうか。


永い眠りから覚めた由美が残された時間の中で求めたもの


…それはでした。


ここがさらに儚さを倍増させるんですよね
愛なんて永い永い年月をかけて育んでいくものなのに
それを望むわけですから切ないドラマになるに決まってますって。

でも手塚先生も残された時間の中で描くのはやっぱり愛なんですね。

これは良かったです。
もしかしたら手塚先生なら…
とんでもないもの書いちゃったかも知れませんから(笑)

容赦なく迫る時間
まさに壊れゆく美学

限られた時間の中で精一杯の愛情を注ぎ
雄一の「これから何年も生きていくんだ」と叫ぶ声も虚しく
最後には愛される人の前で晴れやかな気持ちのまま最後の眠りに堕ちていく…

そしてその眠りはガラスのように透明で美しく艶やか…
泥のように汚れたこの世で60年を苦しむより
幸せな5日間だった…と最後は締めくくられております。

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俗世間に汚染されていない純真無垢な美しい脳のまま生きた女性の物語

それがタイトルの「ガラスの脳」


非常に美しいドラマで感動的です。


「死を意識する事は生を考える事」
手塚治虫の死生観を、生命の神秘をテーマとして描いた傑作


ぜひ手に取って体験してみて欲しいと思います。

本作は手塚治虫漫画全集『タイガーブックス』3巻に収録されております。

以前にご紹介しました
『雨ふり小僧』という感動作品も収録されておりますのでぜひ一緒にご覧になってみてください


タイガーブックス(2) (手塚治虫文庫全集)


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というわけで「ガラスの脳」お届けしました。

いかがでしたでしょうか。

手塚治虫の短編には短いながらも深く考えさせられる作品がたくさんあります。

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