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手塚治虫が見た 「戦後日本の姿」空腹に耐えた「すきっぱらのブルース」

今回は手塚治虫が描く戦争マンガ
「すきっぱらのブルース」をご紹介いたします。
その前に
前回の記事で手塚先生が実際に体験した九死に一生を得たすさまじい空襲の様子とそん凄惨な状況下にあって迷いもなく描き続けたマンガ愛について描かれている「紙の砦」をご紹介しましたので併せてぜひご覧になってみてください

戦争体験者による貴重な証言録を体験してみてください。

今回は「すきっぱらのブルース」という作品のご紹介ですが
こちらは戦時下特有の食糧不足のような
一般生活の悲惨さが描かれている作品になっています。

戦争というとドンパチやってる悲惨さばかりが目立ちますが
この作品を読むと人々の生活もまた悲惨だということが
ほとほと身に沁みます。


戦争という極限状況下ではモラルなんてものが全く通用しなかったり
非常識なことが「常識」となる環境であったり
本当に「戦争は嫌だ」という手塚先生の思いが各場面から伝わってきます。

いろんな不条理が絡み合った日常の中で
本作ではタイトルにもあるように
「空腹」がテーマの中心として描かれた戦争マンガになっております。

そんな「すきっぱらのブルース」と名付けられた作品見てみましょう。



まずは冒頭
いもを畑から盗むところから始まります。
腹が減りすぎて盗んだいもを食べていたそうです。

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そして
会話もなく、ただひたすらにムシャムシャ食べるシーンに1ページも使って描かれているところを見ると手塚先生がそれだけのコマ数を使ってでも、
この時の想いを伝えたかったのでしょう。

マンガのページ数の制限のある中で、しかもムダのない構成で有名な手塚治虫がこれほどまでに大胆にコマ数を割いて描いたのは
お腹いっぱいに食べられない苦しさというものがどれほどのものであったのか容易に想像できてしまいます

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当時の日本は
戦争が終わったとはいえ人々は最低の暮らしをしていました。
食料といえば僅かな配給しかなく
常に腹を空かせているような状態が当たりまえ。

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街を練り歩く米兵に甘いものを
恵んでもらうという光景も珍しくありません。
「ギブミーチョコレート」ってやつです。

一方手塚少年は
米国兵の似顔絵を描き缶入りの携帯食糧をもらっています
もらった携帯食糧を事細かく描いているところを見ると当時は相当貴重だったみたいですね。

そのあと
米国兵の不条理な暴力を受けているのですけど
生きていくためには食料とお金を持っている米国兵のいいなりになる者も少なかったそうですね
作中の経緯は違えど手塚先生も実際に殴られたそうです。(下記)

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ある記事で手塚先生はこう語っています。

「占領軍に反抗すれば、射殺されても文句が言えない時代。
腹立たしいやら口惜しいやら」
…と。

当時は、食べ物がなく栄養失調で飢え死にする人が信じられないくらいいて
道端で行き倒れになっていた人も珍しくなかったそうです。

道端に転がっている死体は誰にも処理されず
ぐちゃぐちゃになって放ったらかし、なぜかといえば…
みんな自分が生きていくということに精一杯で
他人が死のうが生きようがそれどころではなかったようです。

とかく凄まじい環境であった事はまちがいありません。

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そんな凄惨な環境の中にひとつのロマンスが描かれています。


偶然出会った新聞社に勤める美人なお姉さん和子さん
完全に一目ぼれして頭から離れずマンガの執筆に集中できないほど
溶けるような恋に堕ちてしまいます。
ときめいちゃって夜もおちおち眠れません。

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そしてそのお姉さんにマンガを描いていることを褒められるのですが
「食うことしか興味がない」
…な~んて強がり言ってみたり
街のおじさんにそのお姉さんの事を褒められると
「気性の強い女はきらいだ」とか
「マンガ家になれればいい」とか
素直に感情表現ができない姿が描かれています。

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手塚流の照れ隠しと言いますか
興味がないなんて言っておきながら
お姉さんのことが頭から離れないんですね


…ですが我慢できなくなって

「今すぐ会いたい」ということを告げるわけです


するとお姉さんの方から
濃厚なキスをしてくるんです。


それこそ5コマという長さに渡ってキスシーンが描かれております。
これは相当の衝撃だったことが推測されるほどのキスですね。

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もうこれで完全にノックアウトされ
明後日には、彼女から彼女の家に呼ばれることになります。

もう楽しみで楽しみでワクワクして夜も眠れないわけですよ。
ありますよね。みなさんもこういう青春の感覚。

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そしていよいよ当日の待ち合わせの時間前

もう間もなく彼女の家に行く時間です…。

しかしその時間に中華料理屋のおじさんに
中華料理をごちそうしてもらう約束が入って
彼女との約束の時間が被ってしまうんです。

「お腹が減って何か食べたいという欲求」
「彼女に会いに行きたいという欲求」という
究極の選択を迫られるわけです。


どうする?どうする?


そして


選んだ決断は…



空腹を選び、彼女に会うことを断念してしまうんですね。


ここでこの物語は終わります。


なんとも切なくそしてリアルな実情を描いた作品です。

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愛より食い気を選択してしまう時代環境は
今の読者には伝わりにくいかもですね。

好きなことよりも
好きな人よりも
食うことが最優先という時代

今のような恵まれた時代からは想像だにできませんが
戦後5年くらいはこのような状況が
この日本で起こっていた現実なんです。

戦争の様々な体験者の声を聞いていくと
子供たちの願っていたことは
戦争に勝つとか負けるとかは二の次で
とにかく「腹いっぱい食べたい」ということでした。
これは戦争体験者のほとんどの方が口を揃えて仰っています。
一番つらかったのが空腹だと…。

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お腹が減りすぎて
「厭世主義」にならざるを得なかったような状態だと言いますね。

厭世主義とは
世界は悪と悲惨に満ちたものだという人生観のことです。
端的にいうと生きるのがいやになる、
将来について悲観的になってしまうということです。

もう何もかもイヤになってどうでもいいっていう精神状態
とにかく「腹減った」…と。


だから泥棒もする、かぼちゃ泥棒、いも泥棒
生きていくために皆必死だったんです
甘いものなんて食べた記憶すらないという人もいたと言います。

そしてみんな「腹減っている」から何もする気にもなれない

この食糧事情というのはとにかくツラかったと言っていますね。
だからおじいちゃん、おばあちゃんは食べ物を粗末にするなって言うんですよ。
みなさん、食べ物は大事にしましょうね。


そしてこの過酷な生活は戦争が終わっても数年続くんです。

まさに戦争とは現地で生命を奪うだけでなく
日常生活の困難と不自由と空腹に耐える生活が
人々を苦しみ続けるということです。


そんな中においてもマンガを描いた手塚治虫って
相当な人だと思いませんか。
マンガが今では信じられないくらい社会的地位が低かった時から
その可能性を信じ強い信念を持って夢と希望を胸に
マンガを描き続けたわけですから。

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「マンガ」とは画やアニメの表現能力の素晴らしさ、
特に子どもたちに伝える手段としてはこれほど優れた媒体はないと言っています。
そして手塚先生は作品を通じて、使命のごとく「反戦」そして
自らのアイデンティティを探すドラマ性のある「作品」を描き続けます。

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戦争や侵略戦争の愚かさを描いたドラマも多くあります
実際、初期SF三部作はすべて異星人の侵略戦争ですし
地球や人類滅亡危機への警告など
メッセージ性の強い作品も少なくありません。


そして先生は著書『ガラスの地球を救え』にはこう書かれています。

「僕が、アニメーション映画に力を注いできたのも、
一つには、この軍国主義による映画の効用を逆手にとって、
夢や希望に目を輝かせることのできる子どもたちに
育ってもらいたいからなのです。」

戦争がもたらした悲劇から何を学ぶか
戦争マンガを読み直すことの意義を今一度考えるキッカケになってもいいのではないでしょうか


今でも世界のあちこちで戦争が起きているのは
その国では小さい頃に
戦争の悲惨さを伝える大人がいなかったからなのかもしれません。

他国には
手塚治虫のような伝承者がいなかったからなのかもしれません

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そして今の日本の平和は手塚治虫を始め
藤子不二雄、石ノ森章太郎、水木しげるなど
国民的作家たちがこぞって戦争の悲惨さを
マンガを通じて平和への祈りを描き続けたからなのかもしれません

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実際のところは分かりませんが
巨匠たちが描き続けた反戦漫画の記録がなければ
今の日本はもしかしたら違う方向に向いていたかもしれません。


そして巨匠たちが描いた戦争マンガは
世界に誇る日本の誇りであることは間違いないことだと思います。


今回はお蔵入りになった戦争の悲惨さを伝えた真実の映画の動画リンクを
貼っておきますのでぜひご覧になってみてください

【被爆者たちが出演】上映中止にされた超大作映画『ひろしま』とは【ETV特集×NHK1.5ch】


それでは最後までご覧くださりありがとうございました。


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