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【手塚治虫漫画全集】全巻紹介 第12弾!270巻~276巻編

戦争を描くマンガは数あれど
戦争体験者が語る戦争ほどリアルなものはありません。
戦後数十年…
もはや現役で体験した世代もほぼお亡くなりになり体験談を語る機会も皆無といってもいいでしょう。そんな語り部たちが残したものを紡いでいくことが残された者の務めだと思います。

今回はそんな語り部のひとり「手塚治虫」の戦争マンガをご紹介します。

ぜひ最後までお付き合いください。

この【note】では講談社発行の手塚治虫漫画全集をベースに
手塚作品をガイド的に紹介しています。

手塚治虫漫画全集は全400巻あり、今回はその第12弾!

270巻~276巻までのご紹介となります。
それでは本編をお楽しみください。


「サンダーマスク」

まさかの手塚治虫パンデミックを予言!世界の闇を暴露?
ここからはぜひ本編で…。


「人間昆虫記」

1970年作
これは一言でいうと魔性の女によって男たちが破滅していく話ですね。

芥川賞受賞作家、十村十枝子(とむらとしこ)という美人作家
デザイナーでもあり演出家でもありすべてにおいて高い評価を得て
数々の違った分野の才能をもつまさに才色兼備の女性なんです。
しかも美女

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しかし実は彼女の本性は他人のものを奪い、
自らのものへ吸収する『模倣の天才』という能力があり
吸い取られた者は破滅していくんです。
つまり彼女の輝かしい栄光は、
すべて他人から奪いとったものだったというわけです。

彼女に群がる男たちを虜にしてその能力を取り込んでいく
成功や頂点にのぼりつめるためなら手段を選ばない「魔性の女」

作中では「魔性の女」の正体は何もない空虚な女であるように描かれ
能力は彼女自身の才能ではなく、本当は無能なように描かれていますが
現代に置き換えるとこんな人いっぱいいるでしょ。

人間昆虫記 手塚

模倣の時代というか、もはやオリジナルを探す方が難しい時代。

まぁ確かに作中では人を殺したり悪人めいた事もしているので
彼女を正義とは言えません、悪女なんですけど
それでもどこか憎めない雰囲気を醸し出しています。

男の立場から見ると
こんな女性がいたらそりゃあ近づくよなぁって思っちゃいます。
魅力的な才色兼備な女性に言い寄られて断る方が難しいでしょ(笑)
ほんとここら辺は現代的なテーマを感じさせてくれます。

これらの表現として
密の味に歩み寄ってくる虫のように
くもの巣にかかった虫の貪るクモのように
そして次から次へと古い皮を脱ぎ捨てて脱皮して新しい自分に
変身していく様を昆虫に例え「人間昆虫記」と言うタイトルになっていますがちょっとわかりにくいですね。

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これタイトル変えればめちゃくちゃ売れそうな気がします。
この表紙もダサいですね。

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この挿絵の方が断然いいです。

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ボクはこの挿絵を始めて見たとき美しすぎてビビりました。
このデザインめっちゃカッコイイって。
美術品のような美しさです。
現に復刻版とかではこのデザインを採用していますね。
まぁそりゃそうでしょう

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話戻りますが
人間社会を昆虫になぞらえて風刺した手塚先生ですが
さすがにこのタイトルと表紙は虫好きが裏目に出たようです。
(たとえ今村昌平さんのオマージュとしても)

ちなみに先生はこんなコメントも残しています

「ボクは昆虫でも動物でも動いているものに
色っぽさとは違う何か根源的なエロチシズムを感じます。」

これについては本作では完璧に表現されています。

この作品が発表されたのは、
日本が高度経済成長期の1970年。
時代のあくなき成長と人間の底知れぬ欲望が背景にあり
社会と人間関係のゴタゴタを昆虫になぞらえ
人間の本質を鋭く突いた描写の数々は
先生の言う根源的なエロチシズムを描き切っていると言えます。


主人公が女性ということで
関わる者たちすべてを食い尽くす女性の恐ろしさが
クローズアップされがちですが
他者へのうらみや復讐のためでなく
自分の幸福を追求するために
自然に、他者を不幸にしてしまう天然の「悪」って誰しもが持っている資質なんじゃないかと「ふと」考えさせられる手塚治虫の傑作だと思います。


「紙の砦」

自身が主人公の自伝的短編作品集
手塚青年が、ひたすら「漫画を描きたい!」という思いが滲み出ている作品なんですがその対比には戦争という絶望が描かれています。

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多感な十代に先生が経験した戦争というものを、多少のフィクションも交えて描いた傑作

昭和19年、出版統制令が出され、限られたものしか出版を許されない時代。
不条理なまでの暴力支配、弱いものは駆逐されるか軽蔑される時代
マンガを描くという文化なんて戦争の前では全くの無意味でむしろ反逆の対象ですらあった。
マンガなんて書店に1冊も並んでいなかったらしい…


著書『ぼくはマンガ家』ではこう書かれています。
「漫画なんぞ描いていようものなら、それこそ非国民、反動扱いで拷問にでもあいそうな空気であった」と。

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マンガを描くことが死ぬほどに大好きな先生にとって
自分の大切なものを容赦なく奪っていく絶望的ともいえる凄惨な環境の中でもコッソリとマンガを描いていたそうです

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本書の主人公、大寒鉄郎も地獄のような戦争の中にあって
マンガを描くという情熱というか執念が描かれています。
食べたいものが食べられない、やりたいことができない、将来の夢も
好きな子も奪われる…。
それでも時代の圧力に抵抗した軌跡がここには描かれているんです。、

物語では岡本京子という美人と出会いがあります。
そのキッカケは
大寒鉄朗が描いた漫画の原稿

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女の子と会って話しているところを見られるだけで引っぱたかれる時代に
マンガを褒めてくれる美人に一目ぼれする鉄郎

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空襲により京子ちゃんの家が焼かれ
火の海と化す大阪の街、おびただしい死体が街に散乱する中
降り注ぐ焼夷弾に死を覚悟する鉄郎。


かろうじて生きていた京子ちゃんも顔の半分が焼けただれまさに地獄絵図

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8月15日
戦争が終わった最後の1コマの喜びっぷりはまさに圧巻。
体験者にしか分からない究極の1コマと言えます。

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戦争マンガの代表と言えばおそらく「はだしのゲン」でしょうけど
もっとこの『紙の砦』がクローズアップされてもいいと思うんですよね。
決してボクが手塚治虫が好きだからという理由だけじゃありませんよ。

「はだしのゲン」って原爆の悲惨さがめっちゃ伝わってくるんですけど
スゴすぎてあまりにも非現実すぎるんですよね。ボクも小学生の頃読みましたけど、なんか現実感がないというか異次元の話になっちゃてるんです。怖いね~って。

その点、手塚先生の描くものは超リアル、日常があるんです。
「マンガ」を書きたいけど書いちゃいけないという手が届くリアル感とでもいいますか…
想像できるじゃないですか。


沢山の優れた戦争マンガはあると思いますけど
戦争体験者が描くマンガ作品というのはもう出てこないでしょう。
戦争なんて生半可な経験じゃないですから。尋常じゃないことです
他の戦争マンガを否定するということではないんですけど
経験者が描く圧倒的リアリティには絶対に勝てません。
どんな資料を見てどんな話しを聞いて描いたとしても
経験者の実体験のリアリティには勝てないんですよ。

ボクは手塚先生の描く戦争マンガは「はだしのゲン」と並ぶ
日本が誇る一線級の反戦漫画の記録だと思います。

日本が世界に誇る手塚治虫が描いた戦争というものを体験して欲しいと思います。


「すきっ腹のブルース」
もう1作、手塚先生が主人公の戦争マンガが収録されています。

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主人公は変わらず大寒鉄朗
冒頭でお腹いっぱいに食べられない苦しさが伝わってきます
そして占領軍のアメリカ兵の不条理な暴力
作中の経緯は違えど手塚先生も実際に殴られたらしい。

別の記事でこう語っています。
「占領軍に反抗すれば、射殺されても文句が言えない時代。腹立たしいやら口惜しいやら」

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そんな環境の中にひとつのロマンスが描かれています。
偶然出会った新聞社に勤める美人なお姉さん和子さん
完全に一目ぼれして
彼女が頭から離れずマンガの執筆に集中できないほどの恋に堕ちます。

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口では「まだ学生だから」とか「気性の強い女はきらいだ」とか
「食うことしか興味がない」なんて素直になれない鉄朗に

お姉さんは濃厚なキスをしてきます。
それこそ5コマという長さからいって相当衝撃だったことが
推測されるほどのキスです。
完全にノックアウトされ
明後日には彼女に家に呼ばれることに…

当日の待ち合わせ時間前

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お腹が減って何か食べたいという欲求
彼女に会いに行くという欲求を天秤にかけ


最後は、空腹を選んでしまうというラストシーン。


いかに戦時中というのが異常で過酷な状況であったかが伺えます。
まさにすきっ腹のブルース

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手塚先生の戦争という異常ともいえるトラウマ的な体験は
手塚作品に多いどんでん返しや不条理なラストシーンに現れていると言えます

読者が当たり前だと思っている価値感の
常識の外の体験をしたからこそ描けると言ってもいいと思います。

手塚治虫という
希代のストーリーテラーとも呼ばれるその発想の一端には間違いなくこの戦争体験があり日頃当たり前だと思っている価値観なんて
一瞬にして非日常になる経験をした者にしか分からない世界観があるからこそ手塚作品は奥深く読者を魅了しているんじゃないかとボクは思います。


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「ライオンブックス(面白ブックス版)」


1956年作
こちらは以前ご紹介したライオンブックスとは毛色が違い
年齢層が低い子供向けのSF短編作です。

公式サイトより
「戦後の日本には、本格的なSF作品と呼べるものがほとんど絶えていた時期がありました。そんな時代に発表されたのがこのシリーズです。」

子ども向け雑誌に発表されたにもかかわらず、
かなり高い年齢層の読者も意識して描かれており、難解と受け取る読者がいた一方で、SF的インスピレーションを大いに刺激されたという人も多かったシリーズだったそうです

現在は、このシリーズのほとんどの作品が講談社版の手塚治虫全集で読めますが、全集版が出るまでは、長く絶版だった時期があり、
ファンの間では、その名前のみ有名な幻の傑作群として語られてた作品です。

その中のひとつをご紹介しましょう

「狂った国境」
1957年

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近未来のお話。南極大陸では、
大国同士が国境線を作って互いににらみ合っていた。
ところがその国境線がなぜかたびたび数百メートルも移動するらしい。

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国連から派遣された調査員が調べると国境を越えて逃げようとする人々を
容赦なく射殺する冷酷な国境守備隊の姿があった。というお話。

この作品が発表された1957年には国際地球観測年と定められ、
南極大陸をこれまで複数の国が領有権を主張していたが国際協力のもとで平和利用しようという動きになった年です。

1959年には南極の軍事利用や国境を定めることを禁止し、
反対に科学的調査の自由などを認めた南極条約が採択されました。
南極は平和的目的にのみ利用されるべきと定め、
一切の軍事利用を禁止するとなったわけですね。

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先生はそのような社会情勢を感じ2年も前に子供向け作品で
この南極問題に切り込み訴えていたことになります
改めて手塚治虫の凄さを感じさせる作品です。

今回はここまで

次回第13弾はこちら


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