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同性愛の問題作!エログロサイコサスペンスの傑作「MW」

今回は手塚治虫の問題作「MW」をお届けいたします。
これはスゴイですよ
あまり手塚治虫を知らない人にこそ読んで欲しい作品であります。
「暴力」「裏切り」「性犯罪」「政治の闇」そして「同性愛」

手塚治虫ってこんな一面あるの?ってきっと思えるダークピカレスクマンガ
そんな
手塚治虫のある種の真骨頂を味わえる問題作を今回はご紹介いたしますので
ぜひ最後までご覧になってみてください。

それでは本編行ってみましょう!

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本作は1976年9月10日号から78年1月25日号まで
『ビッグコミック』にて連載されたものであります。

この時期は激動のスランプから脱却し「ブラック・ジャック」「三つ目がとおる」で第1回講談社漫画賞受賞とヒット作を飛ばし
その他「ブッダ」「火の鳥」「ユニコ」という人気作品も同時連載していた
まさに手塚治虫後期の絶頂期にあたる時期に発表された作品であります。

そんなヒット作のジャンルとは真逆に位置する作品が
今回ご紹介する「MW」です。

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先生自身も
「従来の手塚カラーを打ち破りあっけにとられるようなピカレスクドラマを描いてみたいと思って描いた」
と述べているように「鉄腕アトム」のようなよい子ちゃんの漫画家というイメージを持たれている方ならこれを読むと卒倒しちゃうほどに過激な内容になっています。

ある種のトラウマになっちゃうかもしれない
容赦ない黒手塚ワールドが炸裂している本作


ピカレスクいわゆる「悪党」がテーマの物語であり
手塚マンガ史上でも間違いなくトップクラスの悪党のお話であります。
事実先生は
「ありとあらゆる社会悪、暴力、裏切り、強姦、とりわけ政治悪を最高の悪徳として描いてみたかった」とも語っており
容赦ない大人のドス黒い部分を本作で赤裸々に描き切っております。

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この大人手塚マンガの流れは「きりひと讃歌」以降
意識的に描かれていくようになります。

そして
「陽だまりの樹」で幕末
「シュマリ」で明治初期
「一輝まんだら」で大正
「アドルフに告ぐ」で戦前
「奇子」で戦後
「ムウ」で沖縄返還

という歴史の鎖を描いてきたと手塚先生本人も語っており
目まぐるしく変わる時代の価値観と共に日本政治の闇を描いております
今回の「MW」だけでなく
この一連の流れを組む作品はめちゃくちゃ面白いんでぜひ読んでみてくださいね。

そして本作は人間の本性、醜さグロさ底なしの欲望に絡みつくエロス
混じりっけなしのドス暗いドラマは見るものを惹きつけて止みません。

なんといっても本作最大の見どころは「同性愛」
今でこそBL(ボーイズラブ)というジャンルは一般化してジャンルとして成立してますけど
40年以上も前にこのジャンルを掘り起こしているのは
間違いなく現代BLのはしりといえるでしょう。

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そもそも日本人には平安時代から続くBLの系譜が潜在的にありますからね。
戦国時代なんてそのピークだとも言われてますし、
信長なんて利家や蘭丸
信玄も高坂弾正忠昌信とXXなんてのは有名なお話で
キリスト教を弾圧したのも
同性愛を認めないからなんて噂もあるくらい
日本文化におけるBLの潜在欲求は深いものがあります。

このキリストの同性愛禁止という思想も
本作ではゴリゴリに利いてくるんですよ。
底なしの悪党に背徳の同性愛
エログロバイオレンス
サイコパスBLの傑作ともいえる本作のあらすじを
ざっと追っていきましょう。


ストーリーは
歴史の闇に葬り去られてしまった
日本のある島で起きた事件が核になります。
島では密かに貯蔵されていた極秘化学兵器「MW」という
毒ガスが漏れ出し島民たちは全員死亡。
そしてその事故そのものが隠蔽されてしまうんですが…
その島の生き残りである2人が本作の主人公です

ひとりはエリート銀行員で容姿端麗の結城美知夫
もう一人は体育会系のガッチリ体型で真面目な賀来神父

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結城は、その事件を闇に葬った犯人に次々と復讐していき
彼の犯罪を止めようとする賀来神父も聖職者でありながら
共犯の道を辿っていくというストーリーになっております

この結城がすさまじいサイコパスで
表向きは超エリート銀行員で出世頭で女性にモテモテの美男子なんですが
裏では話題の連続凶悪事件の犯人で
残虐非道極まりないまさに悪魔のような男なんです。

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目的のためなら女子供であろうと容赦なく殺し
モラルもへったくれもない異常な殺人鬼で
手塚作品の中でも冷酷無比キレキレの悪魔です。超絶にぶっ飛んでます。

そして誰とでも寝ます。男だろうが女だろうがおばちゃんだろうが
自らの肉体をも目的のためなら躊躇なく利用する異常な男なんです。
この淡々と犯罪を重ねていく狂気がめちゃくちゃ怖い
怖さのベクトルが本当に不気味なんですよ。

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そんな異常殺人者が唯一心を許す人間がいるんですが
それが賀来神父なんですね。

彼は神父という聖職者ですから当然、結城の悪行を更生させないといけないんですが賀来神父は過去にこの結城の身体を弄んだ事があり
愛情と罪の意識から結城に逆らえなくなっているんですね。

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聖職者として振る舞ってはいるが
凶悪犯罪者と知る結城の行動を黙認するし肉体関係を持つし
ときには共犯幇助まで行う
ダメとは分かっていながらも欲望に抗えない人間心理…。

神父という立場で
犯罪という罪の意識を感じながら「法の裁き」「神の裁き」に揺れ動く
微妙な心理がこの同性愛という見えない鎖で演出しているんですよ。

この設定はまさに秀逸!
手塚治虫の真の恐ろしさと変態性を炸裂させた設定ですよね。


そして物語は
「MW」の存在を巡って隠蔽画策する政治家
社会の闇や政治腐敗、戦争の闇を痛烈に皮肉ったストーリーとなっており
ドロドロの群像劇が展開していきます。

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むちゃくちゃグロくて、エロくて、ダークでサイコで
登場人物それぞれの正義と悪が交錯した猟奇的サスペンスマンガになっております。

如何ですか?
面白そうでしょ。
面白いんですよこれが。

この結城が一見するとサイコ野郎でどうしようもない悪党なんですけども
登場人物全員悪党です
政治も悪、権力者も悪、国も悪、戦争も悪、神父も悪、全部悪という、
凄まじい展開になっています

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そんな悪党と同性愛という設定ですよ。
この屈折した破壊欲と性欲の混ざり合った危うさ、実に見事であります。


このBLという概念が本作では
非常にキモの部分でこれが物語を一段も二段も面白くさせています。
人間の保身と欲望、そしてそれに潜む悪の心に、抗えない肉体の快楽
非人道的な倫理観のぶっ壊れた人間の業というものを見事に描き切っていますね。

にも拘わらず
2009年に玉木宏さんと山田孝之さんで実写映画化されている本作では
BLシーン、ベッドシーンや裸のシーンは
あまりにも過激と言う事でカットされております。
(ボクは見てないんですけど笑)

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観てないのに偉そうに言うなよって思うかもしれませんが(笑)
本作はBLがないと成立しないんで
「BLシーンがない=見るに値しない」ということです。

…というより脚本家が絶対理解できていないと思いますよ。
ちゃんと読めば同性愛が如何に本作にとって重要なファクターであり
物語の異常性、変態性を
構築している大きな要素であることが分かるはずです。

神父はその罪の意識に苛まれながらも
結城の誘惑に溺れていくところなんかまさにそれ。


過激だからカットしました、表現できませんって
AV女優の出ないAV見ているようなもんですよ(笑)マジで。
何を表現したいのかもはや意味が分かりません。

まぁいろんな大人の事情があるんでしょうけど
この同性愛の設定をカットするんならやらない方がいいです。
だって成立しないですもん。

男と女、善と悪のような単純な構図じゃなく
バイオレンスでサイコな男たちにガチBLが入っているから
最高のサイコパスマンガになっているということを理解して頂きたいですね。

あと本作の参考情報としまして
本編のモデルは
1969年7月18日に沖縄県で起こったレッドハット作戦であります。
レッドハット作戦とは沖縄県の知花弾薬庫の「レッド・ハット・エリア」で致死性のVXガスの放出事故が起きまして
その施設内に毒ガス兵器が存在することが明るみになった事件です。

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貯蔵量はなんと1万3千トンだったそうで
1971年にこの毒ガスを1300台以上のトレーラーでの移送作業が行われております。

マジもんの毒ガス兵器がこの日本に持ち込まれ隠蔽されていたわけですから
これはとんでもない話ですよね

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そして最近2021年にこの移送に掛かった費用をアメリカが全額負担するという記事が新聞に載っていましたが
なんせ50年前の話ですからね。

未だに解決してなかったんかい!っていうね。
非常に戦後の深い闇に包まれたきな臭い話でありますし
手塚先生が題材にしたくなる理由も頷けます。

この記事のリンクを貼っておきますので興味がある方はご覧になってみてください。併せて「レッドハット作戦」における作品の深堀り記事もありますのでご覧になってみてください

そして「MW」というタイトルは本編では
この毒ガス兵器の名称として登場していますが
一説には男の「Man」と女の「Woman」の頭文字を併せたのではという説もあり結城のジェンダーレスな意味合いも含ませていると言われております。

この男女の境のない両性具有的なキャラクターは手塚治虫の得意とするところであり本作では両性具有が肉体関係をも結んでしまうという手塚先生大好物な設定となっております。
ぜひここら辺も意識して読んでみて欲しいと思います。
手塚治虫を知るための必須の要素です。


MWは全3巻で非常に読みやすいですし文庫全集ですと2巻で終わりです。
非常に簡潔でありながら手軽に重厚なドラマが味わえるのでマジでおすすめです。

ちょっとお高いですが《オリジナル版》ですと
未収録ページと雑誌掲載時そのままのカラーを完全再現、
そしてこれまでの単行本では改訂されていた、
手塚先生自身が出演する第21話「番外編 スティング2」を、
原型のまま初収録されております。
さらに、単行本とはページ構成やセリフが違う、
雑誌版ならではの単行本とは異なるエンディングを2種類収録
非常に見どころ満載の豪華版となっております。


というわけで今回は「MW」の解説をお届けいたしました。
あきらかにこれまでの手塚作品とは一線を画す作品であることが
お分かり頂けたかと思います。

そもそも手塚治虫にジャンルなどという垣根なんて必要ないくらい多様なマンガを描いておられますし本作でも先生お得意の
人間の弱さや心の奥に潜む罪深さを浮き彫りにした精神描写が描かれております。
ぜひ今回の記事を参考にしていただきお手に取ってみて欲しいと思います。


最後までご視聴くださりありがとうございます。

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