見出し画像

【傑作】人生をリセットできるなら?どう生きる?「百物語」解説

今回は手塚時代ものの傑作「百物語」をお届けいたします。
本作はあのゲーテの「ファウスト」を大胆にも時代劇にアレンジした異色作でありますが本家の影響に縛られない、むしろ本家を超えたオリジナリティ溢れる超傑作に仕立て上げられております。
めちゃくちゃ面白い作品でありますので
ぜひ最後までご覧頂ければと思います。

それでは本編行ってみましょう。

---------------------------------
本作は1971年から「週刊少年ジャンプ」にて連載された作品であります。

作品のベースはあのゲーテの代表作「ファウスト」であります。
「百物語」とタイトルが「ファウスト」を連想できないものになっていますが中身は列記とした「ファウスト」であります。
ちなみに手塚先生はこのゲーテの「ファウスト」を生涯三度も漫画化しているほど惚れ込んだ作品であり
一番最初が21歳のときの初代「ファウスト」を描きそして
21年後の42歳の時に今回ご紹介する「百物語」
そして晩年の59歳のときに「ネオファウスト」を描いておりまさに
手塚治虫にとって
「ファウスト」とは人生のライフワーク的作品になのであります。


そして今回ご紹介する二度目の「ファウスト」挑戦でありますが
大胆にも舞台を日本に移して時代劇版の「ファウスト」となっております。

これがめちゃくちゃ面白い。
個人的な主観になりますけど
手塚時代ものの中でも間違いなくベスト3に入る傑作です。
「ファウスト」の影響を残しつつも全く別のストーリーを作り上げ
単に名作を漫画化したのではなく作家性を十二分に発揮させた極めて質の高い作品。

ちなみに「百物語」というタイトルは
日本の伝統的な怪談話のスタイルのことで
100本の蝋燭を囲んで怪談を語り合って、1つ話し終えるごとに蝋燭を消していき、そして最後の1本の明かりを消すと物の怪が現れるとされている逸話を元にしていると思いますが本編にはほとんど関係ないので「怪談話」という意味で「百物語」になっていると思われます。

一方キャラクターのネーミングの方は「ファウスト」にちなんで
主人公、一塁 半里(いちるい はんり) が野球の一塁でファーストと
「半里」がハインリヒ
不破 臼人(ふわ うすと)が文字通りファウストのもじりという
手塚先生らしい、しょうもないくらいベタベタのネーミングになっています(笑)

そしてストーリーですがこれが秀逸

トバッチリで切腹を命ぜられた冴えない下級武士の前に、
突如妖しき悪魔の美女が現れ、
「助けて欲しければ魂をもらう。ひきかえに三つの願いを叶える」という契約を持ち掛けます

画像2


男は助かるために魂と引き換えに悪魔美女と契約を交わします。


冴えない男だった主人公が悪魔と契約を交わし、
文字通り望みの人生をやり直すことになるのですが
ラストには思いもかけない展開になっていきます

さて一体ラストに待ち受けている運命とは一体どうなってしまうのか?

というストーリーでありますが
本家「ファウスト」の
老人学者が死ぬ間際に悪魔に魂を売って若返って欲望を開放して恋に挫折するという展開を非常に大胆にアレンジしています。


このアレンジがシンプルでストーリーも分かりやすい。
全体的な設定も、
情感的で魂に訴えかけてくる感じがしてめちゃくちゃ好きです。
時代劇なので東洋的と言いましょうか西洋の宗教観を全く感じさせません。
西洋の宗教観がどんなものかはっきり分かりませんけど(笑)
それでも読んでいてすんなり入ってくるテーマは秀逸なアレンジだと思います。


皆さんも、もし「人生をリセットできるとしたら」どうしますか?
思い通りになる「三つの願い」があったら何をお願いするでしょうか?

画像2

シンプルにそういうお話です。

「生きがいって何だろう」「幸せとは何だろう」という
人生の充実や自分探しを求めている人にはド真ん中の作品だと思います。
つまりはほぼ大半の人が当てはまるようなテーマなんですね。

普遍的と言いますか
誰もが一度はそんなチート的な願いって妄想しちゃいますよね。
それを本作では恋愛の方にも絡めていったのが
この作品にのめり込んでしまう最高なところなんですよ。

小難しい哲学作品に終わらず男女の恋愛関係を描いてきたのは
作家としての円熟味を感じますし
なにより悪魔メフィストフェレスを可愛いヒロインに抜擢したことは見事。

画像3


そしてその悪魔が悩み苦しんで
最後には、けなげなヒロインになっていくという心理の変化は素晴らしいです。
ちょっとネタバレしちゃってますけど…(笑)

この悪魔の娘「スダマ」って自在になんにでも変身できる
まさに手塚先生にとっての理想のような女性キャラクターで
これを手に入れた手塚先生はもはや無敵なんです。

画像4

最初は悪魔なんですけど最後には
日本女性的な献身的な存在感、美しさを放つ素晴らしいキャラになっていますからもうやっぱりこの手のキャラを手塚先生が書いたら天下一品ですね。

変身シーンももはや出ました。
って感じで十八番のケモナー&メタモルフォーゼ炸裂です。
人間の女性を描くより異形の生物の変身を描いた方がエロくなるという
手塚治虫独特の変態性をたっぷりと堪能できます
タッチから推測すると手塚先生自身も相当なお気に入りのキャラだったように思います。

画像5


そしてラストのネタバレになっちゃいますが
愛を語るところはぜひ読んで欲しいですね。

告白したら死んでしまうけど愛にウソはつけないってところ。
くぅ~。

いいですね。


物質的な満足ではなく精神的な充足感を選ぶと言うね
めっちゃ読んで欲しいです。はい。
読んで欲しいんでこの辺にしておきます。

画像6



そして連載時、この頃は俗に言う手塚治虫のスランプの時期
廻りがゴタゴタしておりましたが1971年の6月には虫プロの社長も辞任して
「マンガに専念する宣言」をした翌月の作品なので比較的精神的にも余裕があり同じ「願い」系の作品でも「ばるぼら」のときのようなドス黒くヘビーな重たい作風ではなく本当にキレイでまどろみのない心が浄化されるようなオチになっています。

ポンコツだった主人公がたくましく成長していく様や
悪魔のスダマが主人公に惚れていく様子など
ばるぼらと美倉の関係性とは全然違う美しさがあります。
「ばるぼら」のような同じ何かを手に入れようとする物語でも
受け取る印象は全く違うものになっていますね。


まぁ「ばるぼら」は相当時期的にもツライ時期でしたから。


そして
この頃手塚先生は読み切り作品に力を入れシリーズものを含め数多くの短編を発表しています。
ちなみに本作は「週刊少年ジャンプ」での連載だったんですけど
週刊誌ながら月1回の連載で毎回60ページという大型の読み切り企画でありました。

画像7

こんなもん平たくすると週刊連載といっしょなくらいの物量です(笑)

まぁスランプだなんかかんだ言ってますけど
執筆量は一時期より減ったとはいえ相変わらずむちゃくちゃな物量をこなしています。

そして本作は本当は劇場アニメ化の企画もあったんですけど
実現されませんでした。
手塚先生は初回の「ファウスト」の時から
「アニメにしたいという思いがある」とずっと言ってましたしね。
残念です。

ちなみに「ネオファウスト」のときも劇場版アニメとして1984年には製作発表までしてましたがこちらもお流れになっております。
三度もアニメ化の夢叶わず
そして志半ばの絶筆という何とも悲しい運命を背負った作品です。

下記は1999年に手塚プロダクションにより約5分ほどだけアニメ化されたものであります。

画像8


参考までにyoutubeで「百物語」のラジオ番組を見つけましたのでリンク貼っておきますので聞いてみてください。


という訳で「百物語」お届けいたしました。
ストーリー、テンポ、キャラクター、テーマ、タッチ
ほぼすべてが完璧な作品だと思いますのでマジで一回読んでみて欲しいと思います。

本作は1巻という簡潔な短編、中編になっているので非常に読みやすいですし図書館にも比較的置いてある作品ですので一度お近くの図書館を覗いてみてはいかがでしょうか。

最後までご覧くださりありがとうございます。


この記事が参加している募集

マンガ感想文

好きな漫画家

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?