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【鳥人大系】鳥の家畜となった人間の終末を描く手塚治虫の傑作SF

今回は手塚治虫異色SF作品「鳥人大系」をお届けいたします。

手塚治虫の描くSFの中でもブラックな社会風刺を織り込んだ本作
SF好きはもちろん、退廃した世界観や人類の滅亡、破滅、末路といった
ハルマゲドン的なものが好きな方にはもってこいの作品でしょう。

特に「猿の惑星」好きにはたまらない作品です。
まさに本作は手塚版「猿の惑星」であり
人間に変わって鳥が世界を支配するお話となっております。

知能を持った鳥たちに世界を支配され
人間は奴隷以下の家畜のように扱われてしまう未来を描いたぶっ飛んだSF大作


今回はたっぷりとご紹介いたしますのでぜひ最後までお付き合いください。

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さぁまずは手塚治虫と言えば…
みなさんはどのようなイメージをお持ちでしょうか?
多くの方が「漫画の神様」というイメージがあるかと思いますが
実はマンガ以外でも「神様」的な功績を残した偉人でもあります。

それは「SF」というジャンルです。

マンガという世界において
手塚治虫の影響を受けていないものはいないと言われるように
実は「日本のSF作家で手塚治虫の影響を受けていないものはいない」
と言っても決して大袈裟ではないくらい
SFに大きな影響を与えた偉人であります。

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手塚初期作品の多くはSFものが主流で日本にまだSFというジャンルがない頃からSFマンガを描いていましたし
それまではSFのことを「空想科学」と呼んでいました
所説ありますが
1959年に「SFマガジン」が創刊されますが
まだSFというジャンルの確立には至っておりません。
SFというジャンルの創生は
昭和38年、1963年の「SF作家クラブ」創設からだと言われております。

そして
日本のSFを変化させたと言われる星新一、小松左京、筒井康隆
日本「SFの御三家」と呼ばれ
その後の日本SF業界に多大なる功績を残してきた超大御所です。

その大御所のお三方共が「手塚治虫の影響を受けた」と語っており
文字通り手塚先生は日本SFの父とも言える存在なんですね。

そんな紛れもないSF作家でもある手塚先生が
1971年に「SFマガジン」に連載したのが本作「鳥人体系」であります
「鳥人体系」は1話7ページという異色の連載作品で
よくもまぁこんな短いページ数を毎回まとめられているなと驚きです。


そして世間的には60年台末期から70年台初頭にかけては手塚治虫の
暗黒時代、スランプ期と呼ばれる時代であり、売れない手塚として呼ばれていた時代であり、本作も1971年の作品でありますから、まさしくその時代の中心的作品でもあります。


…ではこのスランプ期の作品は面白くないのか?

いえ、決して才能が枯渇していたわけではありません。
むしろ超絶怒涛の作品を残しておられます。

「どろろ」「きりひと讃歌」「火の鳥鳳凰編」
そして「ブラックジャック」と名作を残しているのも
実はこの時期なのです。
売れない時期があったことは事実ですが

「売れない」=「面白くない」

では決してありません。
作品の質を「売れている」というものさし(価値観)で見ているから
本当の面白さに気づきにくくなっていたんだとボクは思っています。


ちょっと話がそれてしまいましたが
そんな暗黒期に描かれた異色のSF作品がこの「鳥人大系」なのですが
非常に高い次元の完成度を誇るSF娯楽作品になっています。


ストーリーは
高い知能を持った鳥人が人間に変わり世界を支配するお話。
簡単に言えば「猿の惑星」の鳥版、手塚治虫版「猿の惑星」と解釈するのが一番分かりやすいかと思います。

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手塚先生は大の映画オタクとしても知られており
「猿の惑星」は
人生のベスト10にも入るというほど見倒して大絶賛しているので
影響を受けているのは間違いありません。

しかし実は手塚先生はこの「鳥人体系」の元になった作品を
「猿の惑星」ではなく別の作品の名前をはっきりと公言しています。

クリフォード・D・シマックの「都市」という作品と
レイ・ブラッドベリの「火星年代記」であるとしています。

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それぞれ、どんな作品なのか説明しておきますと

シマックの「都市」は1952年のSF小説で
人類が滅亡し、人類が伝説の存在とされてしまっている世界で
その後、
犬がどのように地球を支配していくかという「犬の惑星」みたいなお話で
シマックの最高傑作とも呼ばれるSFの超有名小説です


そして
レイ・ブラッドベリの「火星年代記」
こちらもSF業界では定番中の定番ともいわれる代表作で
1950年に描かれた26の独立した短編を連ねて一つの長編としたSF小説であります。火星人と人類との対立から、火星人が絶滅して、
人類が地球から火星への移住、そして地球の核戦争と
火星に残った人々の物語を描いたSF作品の傑作です。

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なるほど、聞けば納得の2作品です
文字通りこの2つを足して2で割ったのがこの「鳥人体系」ですね。

人類が滅亡して、鳥が支配者となって、新しい文明が起きて滅びるまでを
独立した短編で描き、それが連なってひとつの長編作になっている
まさしく「鳥人体系」のモデルであると言えます。

どうですか?もう面白いでしょ。
この設定の時点でたまらなく面白いので読んでいない方は
このあとネタバレしていきますので
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さぁそんな人類の週末を描いた「鳥人体系」ですが
これまでの手塚作品とは違う異質さが感じられます。

それはこれまで人間賛歌を描いてきた手塚先生がその人間を
最低のゲス野郎に描いていることです。

もちろん最終的には
この教訓を学んで「人間の在り方」を提示していくわけですが
それでも本作の人類への批判、醜さ、身勝手さ、
墜落していくアホさ加減が徹底的に描かれています。

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このどうしようもない人類の絶望感に
抵抗を感じる方もおられるそうですが
ボクは反対に
絶対的な存在であるという人類の思いあがった価値観をぶっ壊す快作だと思います。

特に秀逸と感じるところは
「人間」対「鳥」の対立構造のようでそうでないところがミソなんです。
より高い知能を持った生物が人間に変わり世界を支配するという設定なので人間は鳥の奴隷のように扱われているんですけど

その鳥たちですら
人間(奴隷)が辿った歴史と同じ過ちを繰り返していく様を描いているので対立構造というよりある種の同列描写なんです。

まさに支配したものたちが繰り返す
堕落した世界観がベースになっているんです。

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本作の鳥たちの非情さ、残酷さ、愚かさに吐き気がするってことは
現実の人類の行いに吐き気がするってことと同列
まさに人類の思いあがった価値観を痛烈に批判した作品なんですね。

鳥たちが人類にとって代わってやることと言えば
最初は人類を家畜・ペットにしていただけが
そのうち
鳥たち同士で憎み合い、殺し合い
利権で私腹を肥やす鳥も現れ
差別や戦争、格差にまで拡大
ついに貨幣制度や哲学、宗教信仰にまで及んでいきます

飛ぶことすら忘れたアホ丸出しの鳥も現れ
完全に鳥としての誇りを失っています。
まさに堕落した支配者の愚かさを描いているので
読んでいて胸クソ悪くなる気も分かる気もします。

マジでこれを読むと知性なんてものは
何の役にも立ちやしねぇとさえ思っちゃいます。
「知性があるから絶対的」であるとか
「知性があるから優れている」という価値観は無残にもぶっ飛びます。
むしろ知性なんてものがあるから災いが生じるんじゃないの?
とすら思えてきます。

それこそが本作の醍醐味で、今の人類、人間の在り方を
人間以外の生物が演じることで
俯瞰して見つめなおすことができる点にあるんです。

白人と黒人、様々な民族抗争、貧民とお金持ちと言った
対立する構造に置き換えてみると現代社会の問題点に行き着きます。
戦争、差別、格差
人類は取り返しのつかないことを続けているんじゃないか?
それこそが本作の最大のテーマであり
手塚先生が現代社会に向けて放つ痛烈なメッセージなのではと思います

民主主義だからって大多数が必ずしも正しいとは限らない、というような
エピソードもあります。
文明が進み狩りをする必然性を忘れた鳥たちが
未だに狩りをしている鳥をバカにする話があるんですが
バカにされている鳥のセリフに

「いちばんマトモに生きようとしている私がめずらしいんですかね」

と皮肉たっぷりのセリフが強烈なインパクトを放っています。
(これマジですげー)


まともな事って必ずしも数の論理じゃない
各々の立場や先入観、固定観念なんかじゃなく
所詮、生物としての在り方に行きつくわけです。

ここらへんの描き方はもう見事としか言えませんね
たった7ページという連載ながらそこに重厚なドラマをぶっ込んでくる
手塚治虫って非常に優れたSF作家であるとともに、猛烈な変態作家ですよ

続きが気になって
読み手をハラハラさせてくれるような
そういう面白さじゃなく読み手を考えさせる面白さ
ドキドキしなくても
心に残る作品、メッセージ性の強い作品というのは存在します。
本作はどちらかと言えばそういう作品

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最初は気づかないけど徐々に自分事のように引きずり込まれていく
手塚治虫お得意の主人公不在のストーリー
キャラクターに感情移入しない分、展開が早くわずか1巻で
とてつもない分量のドラマがカチ込んであります。

そして鳥たちが迎える驚愕のラスト
これは読んでからのお楽しみなんですが
なんでこんな終わり方になったのかこの理由が凄まじいです。

これはすごいですよ。


なんと…


描くのに「飽きちゃった」からなんですって(笑)

え~~~~~~~~
手塚先生そんなこと言っちゃっていいんですか?
もうね、あとがきであっさり告白されています。

はっきりと「飽きて辞めた」と描いてあります。

すごすぎ…。

まぁその割にはしっかりとオチをつけて完結していると思います。
これはね、ぜひ読んで体験してみてくださいね。



今回ご紹介した作品は
復刊ドットコムから発刊されております完全版でのご紹介です。
7ページ連載という変則さゆえの2色印刷だったものを
雑誌掲載時のまま完全再現したオリジナル仕様です!
そしてエピソードごとに
「注釈」もしくは、
当時の「S-Fマガジン」編集長・森優氏のインタビューを収録
連載時の手塚治虫&日本SFがどのようなものであったかを理解するための貴重な内容になっております
巻末には星新一氏による解説、
そして全集でのあとがきをも再録されております。
手塚先生の「飽きて辞めちゃった」コメントも観ることができます。

キンドル版ですと無料で試し読みできますのでぜひ障りだけでもよんでみてください。


…あ、でも最初はあまり面白くないんで徐々に面白くなるんで
やっぱり買って読んでください(笑)


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というわけで「鳥人大系」お届けしました。
如何でしたでしょうか。
手塚治虫が描くSF巨編、さすがに50年も前の作品なので今読むと
使い古された点もいくつかありますが
それでもSF作家の始祖ともいえる手塚治虫が放つSF観
ぜひとも体験してみてほしいと思います。

それでは最後までご視聴くださりありがとうございます

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