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「手塚治虫大人漫画大全」解説

今回はエロティックナンセンスの傑作集「手塚治虫大人漫画大全」
をご紹介いたします。

漫画の神様と呼ばれる手塚先生は、一般的に児童漫画家というイメージが強いと思いますが、その一方で人間の心の闇や狂気を描いた「黒手塚」と呼ばれるダークな作品も描いていました。
実は、さらに白でも黒でもない
大人の風刺漫画も数多く描いていたことはご存じでしょうか。

幼年向けマンガを描いている裏で
限りなく黒に近いブラックでエッチなニヒリズム全開のアダルトマンガを
惜しげもなく描き散らしていた作品を一堂に集めたエロティック作品集が
「手塚治虫大人漫画大全」であります。

今回はその中から6作品をピックアップしてご紹介します。

健全で教科書的なイメージをぶち壊す
人間手塚治虫の作家性を体験できる貴重なジャンルとなっております。
是非その変態的な世界観を堪能してみてください。
(各作品のリンクは最下部にあります)




「ヌーディアン列島」


1968年「現代」掲載

ズバリ!「全裸が当たり前の世の中になったら?」というお話です。
全裸が当たり前なので街では誰一人服を着ていません。
というより服を着ている方が恥ずかしいという
今とは真逆の価値感が常識という社会です。

普通なら女性のスカートがめくれて「おお!」ってなるところが
この世界観では見えている事には何の関心もなく
隠れていることに物凄くエロスを感じます。

会社の同僚が「いいもん見せてやろうか?」と
水着のグラビア写真を見せると思わず股間をおさえて
「お前とんでもない代物持ってんな!」って興奮しちゃう始末。
水着のグラビアなんて代物は隠すべきところを隠していた時代の産物であり
超希少なアイテムという訳です。

なぜこのような社会になってしまったのか…

それは徐々にヌードなどの過激な表現にマヒした時代の弊害だったのです。

手塚先生はこの逆転の設定を通して上辺だけ見繕って体裁を整える人間関係や自分を良くみせようと無理している人たちを皮肉ったブラックユーモアを表現しました。外見だけの飾り、見栄を取っ払ったら所詮人間なんて「素っ裸」であるというまさにアダルトなブラックユーモア作品。

それにしてもエロいことに夢中になっている男ってアホ丸出しです。

エロさの定義が今と完全に真逆になっているので男は女性をいかに隠そうとさせるかに必死になっている様がもう…。
こういう視点で見せられちゃうとその様が滑稽でマヌケすぎて同じ同性として情けなくなってきますね(笑)


「出ていけッ」


1972年「プレイコミック」掲載

個人的にも大好きで是非とも映画化して欲しい短編の筆頭です。
ある日、しがない男フースケのアパートに突然素っ裸の男女が現れます。
そして素っ裸の男女はフースケのことを無視して生活し始めます

どうやら彼等にはフースケの声も姿も見えていないようで
そこで素っ裸の2人が幽霊みたいな存在だということが解ります。

幽霊といっても何ら生活に支障はなく邪魔されることもありません。
唯一支障があるとすれば2人はところかまわず愛し合い
フースケの前で淫らな姿を見せることくらいです。

フースケは毎日毎日素っ裸の女を見ているうちに
その美しさに惚れ、恋心を抱いてしまいます。
自分の好きな女性が目の前で毎日素っ裸で生活して
他の男と誰にも見せないようなまぐわいを見せられ
もうどうにもこうにも我慢できなくなってきます。


気持ちが抑えられず自慰行為をしたりとにかく頭がおかしくなって
ついに暴走し始めます…。
そしてラストにはとんでもないオチが待っていました。
…というお話。

普段見ることのない男女の行為が見えてしまうという設定も変態ですけど
それが自分の惚れた女が別の男と生活している姿というシチュエーションがド変態の極み
さすが手塚治虫。
ストーキングなんて概念がまだ一般的になる前の作品で
完全にストーカー的潜在欲求を呼び起こしたんじゃないかという
手塚治虫の罪深さすら感じる秀逸な短編。

ラストの男女問題の恐ろしさをシュールに皮肉ったブラック加減も最高なので是非読んで欲しい一作。


「ペックスばんざい」


1969年「漫画サンデー」掲載

これもとんでもなくシュールなので是非ディズニーでリメイクして欲しい。
ある日冴えないサラリーマンが裏路地で変な生きものを見つけます
それは何やら訳の分からぬ生き物なんですけど、
どうみても男のチンコなんです。


…でそいつをペックスと名付け家に連れて帰ると
さらにペックスの女性版も現れて、つがいになって繁殖しだします。

所構わず交尾するペックスは
ものすごい数に増殖して手に負えなくなっていきます。
ついにペックスで溢れかえった街はカオスな展開に…。
さぁペックスの繁殖によって社会はどうなってしまうのか?

…というストーリー

設定も強烈で描写もとんでもなく下品ですけど
テーマは非常に至って真剣です。

ネタバレしますが、ペックスに蹂躙された世界では
あまりにもペックスの強烈な性行為を見慣れた女性たちが
人間の男では物足りなくなってしまい完全な不感症になってしまうんです。

するとラブホテルや二人の情事を楽しむところの客足が途絶え
夜の街の賑わいも消え、ピンク映画も観る人がいなくなり
夫婦生活の営みも薄れ離婚が急増し、これが少子化問題に発展。

本作ではこの世の中から性行為が消えると社会が大変な事になるぞと皮肉を込めて描いた手塚治虫の異色作なのであります。
執筆当時は劇画マンガが台頭し過激な性描写が増えてきた時代でした。
ただイタズラに性表現をしている作品に対し読者の興味を惹くためだけの創作を続けていくと若者たちの性行為が正しいものではなくなってしまうことを危惧した手塚先生の想いが込められた一作。

いや~これはもうディズニーかジブリで映画化するしかない人類の永遠のテーマですね(笑)


「月に吠える女たち」


1969年「漫画サンデー」掲載 「フースケ」

これもどえらい作品で
世の女性たちが欲情して男たちを犯しまくるというお話です。

ある満月の日、月の影響で地球上の生物の「性ホルモン」が異常をきたしたことで世の中の女性が欲情しまくります。
街では女性たちが男どもを犯し始めとんでもない修羅場が展開。

街中には生気を吸われ続けた男どもの無残な惨劇が
そこかしこで起きまさに世界は女性で蹂躙された世界と化します。


しかし翌日には何事もなかったかのようにいつもの日常に戻り
そして1か月後の満月の夜には、またあの悪夢の男狩りが展開。
まさに女対男の精気の対決

さぁこの結末はいかに…。


どうですか。
この狂気的発想、さすが我らが手塚治虫です。
これは1972年に「男女雇用機会均等法」が施行される3年前のお話。
性別により区別、差別されることなく社会生活を保障される風潮が高まる気運をいち早く感じ取った手塚先生が風刺した逸品。
もちろん「性」も均等でなければならないですよね(笑)
ラストの展開は是非ご自身の目でお確かめになってみてください。


「アポロはなぜ酔っ拂ったか」


1969年 「漫画読本」掲載

あるサラリーマン男性が夜のお店に夢中になり
魂を奪われるくらい魅力的な女性に出会います。
その美貌に惚れ込んで猛アタックの末
ついには結婚することになりました。

しかし結婚した途端に、本当は化粧の下はとんでもないブサイクで
どうしようもないグズな女性だったことが判明するんです。

離婚を決意すると彼女のお腹には彼の子供がいて
とんでもない手切れ金を要求され、それでも離婚するんですが、あろうことか自分の息子が彼女に惚れ込み
なんと別れた妻と息子が結婚することになるんです。

「お前正気か」「あの女だけは絶対にやめとけ!」

とアドバイスするも親の反対を押し切って息子は結婚…
それほどの美しさを持つ魅惑的な女性ですが
その後はやっぱりオヤジと同じで、離婚します。

すると次は次男と結婚、、、
このように次々と一家を破滅に導く性悪女…
さぁこのあとは一体どんな結末を迎えるのか?

どんなに危ない女性と分かっていても街頭に群がる虫のように吸い寄せられてしまう男の性。
男のアホさ加減と女性のしたたかさを描いたブラックユーモア作。
この辺りの男女関係の立ち位置を皮肉ったテーマは見事です。
しかしまぁほんと手塚治虫のタガが外れまくった変態的な発想は
常人の理解を超えています。むちゃくちゃ過ぎて笑えます、はい(笑)


「セクソダス」


1975年「週刊プレイボーイ」掲載

ごく普通の23歳の青年、彼には驚くべき性癖がありました。
その性癖とは「1日に7人の女性と性行為をしないと生理的に爆発する」というとんでもないゲス男でした。
就職する理由も女性が多い会社を選んだり
すべてがセックスのことしか考えていないどうしようもないダメ男。



そこである日ひとりの博士に出会います。
どうやらその博士の実験が成功すると性行為に革命が起きると言うのです。
これぞなずけて「セクソダス革命」

彼は何かの縁だと思いその実験を受けると
突然チンコが喋りだすようになったのです(笑)

これにより性行為中に勝手にチンコが喋りだし
女の子が気持ち悪がって逃げ出し彼は性行為が出来なくなってしまいます。

そこへ1人の女性が突然現れ一緒に同棲しようと言い出します。
実はこの女性、ストリッパーだったのですが
彼女も博士の施術を受けてからアソコが喋りだし
商売あがったりの女性だったんです。

それから2人の奇妙な同棲生活が始まり
さぁこのあと一体どうなるのかというストーリー。

これは奇天烈な設定ですがテーマは性行為とはなんぞやという非常にアダルティな作品です。
人口増加の社会問題と性の快楽主義への皮肉を込めたテーマになっており性行為の正しい知識、理解を促す作品になっています。

生殖器が意思を持ってしまうという奇抜な設定は
あの右手に寄生した大ヒットマンガの先を行く先進性。

まぁこれは寄生したわけじゃないんですけど
それでも右手じゃなくて股間ですからね。
股間が喋るってぴょん吉も真っ青(笑)
さすが神様、ケタ違いの破壊力に脱帽です。


というわけでざっくり6作品見て参りました。如何でしたでしょうか。
手塚治虫を単なる児童漫画家だと思っていた人にとっては
にわかに信じがたいご紹介だったかもしれません。

手塚先生がこのアダルトな作品を描いた経緯は
「マンガにはあらゆる表現ができる」という全く違うジャンルへの挑戦と
本来マンガとは「風刺」でありユーモアやオチの面白さが大事と常々語っておられるように単なる刺激物と化してしまった劇画マンガに対抗して
描いたとも言われております。

1歩間違えばとんでもない誤解を与えかねない変態的な作品を
手塚治虫ほどの作家が描いたのはやはりマンガ界全体の事を意識して
取り組んだ結果ではないでしょうか。
それはちょうど性への表現が規制されていた時期でもありますし手塚先生のアダルトな表現としてのひとつの解答がここに刻まれております。

「手塚治虫大人漫画大全」
今回ご紹介した作品を含むブラックユーモアたっぷりの不条理に満ちた計1000ページに及ぶ豪華版、これまで見たことのない手塚治虫の一面が垣間見ることができる作品集。興味を持たれた方はチェックしてみてください。
またこの短編が掲載されている単行本も紹介しておきます。
短編だけでも楽しめますのでご覧になってみてください。
ではでは…。

「ヌーディアン列島」 → こちらどうぞ
「出ていけッ」    → こちらどうぞ
「ペックスばんざい」 → こちらどうぞ
「月に吠える女たち」 → こちらどうぞ
「アポロはなぜ酔っ拂ったか」 → こちらどうぞ
「セクソダス」    → こちらどうぞ

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