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【映画所感】 1秒先の彼 ※ネタバレ注意

2021年公開の台湾映画『1秒先の彼女』の日本版リメイク

ちょうど2年前のレビューがこちら。

『1秒先の彼』というタイトルのとおり日本版は、台湾版オリジナルとは男女の設定を逆にした構成で、盛夏の京都を舞台に話が進む。

岡田将生と清原果耶のW主演に、脚本は宮藤官九郎(以下、クドカン)

リメイクという足枷の中、クドカンがどんなふうに“らしさ”を披露してくれるのか興味津々。

出色のアジアン・ファンタジーを、どこまでフザケて再構築してくれるのか…

結果、杞憂に過ぎなかったどころか、笑いの量は圧倒的にクドカンに軍配が上がる。

まごうことなき、換骨奪胎(かんこつだったい)

ほとんど出オチとも取れる、キャストの面々=卑怯なやり口は、クドカンのもはや常套であり、毎回期待している自分がいるのも確かだ。

本作では、前触れなく自然に目に飛び込んでくる「しみけん」の姿に、意識は一瞬『ケンコバのバコバコナイト』(サンテレビ)に強制トリップさせられる。

1980年代の『おとなの子守唄』から連綿とつづく、関西深夜のお色気番組枠。コンプライアンスの間隙を縫うかたちで生きながらえているテレビ業界の絶滅危惧種は、西日本に暮らす青少年のリビドーを少なからず満たしてきた。

主人公の郵便局員、皇一(岡田将生)の妹の彼氏が、件のしみけんの役どころ。

「顔は100点、性格0点」と同僚から揶揄される、岡田将生のデートプランを全力で指南する、しみけん。

真骨頂の演技、というより「プライベートそのままだろ」と、間髪入れずにツッコミたくなるほどのナチュラルさ。

いついかなる時でもティーンエイジャーのように振る舞うしみけんに、実年齢などもはや記号ですらない。 

そして、しみけん以上の衝撃は、ラジオから突然流れてきた笑福亭笑瓶のかすれ声

今年2月に、急性大動脈解離でこの世を去った芸人に、こんなかたちで再会できるとは思いもよらなかった。しかも、大スクリーンで。

そう、80年代に関西で思春期を過ごした者ならば、「ショーヘイ・ショータイム」といえば、自らの伝説を毎朝上書きしつづける大谷翔平ではなく、『突然ガバチョ!』(毎日放送)の笑福亭笑瓶に他ならない。

活動の拠点を東京に移し、全国区のタレントとなった後も、関西人にとっての笑瓶は、笑福亭鶴瓶の筆頭弟子であり、MBSラジオ『ヤングタウン』のパーソナリティのイメージを色濃く残している。

とくに劇中での、皇一の母親役・羽野晶紀とのラジカセを介してのやり取りなど、笑えるし泣けるのだ。

うれしいことに本作では、意外なかたちで笑瓶在りし日の御尊顔まで拝することができる。おそらく自分にとっては生前最期の姿だろうと、しかと目に焼き付けた。

前述の『おとなの子守唄』のメインMCは、エロカマキリこと笑福亭鶴光。鶴瓶の兄弟子にあたり、下ネタに特化した稀有なDJとして『鶴光のオールナイトニッポン』(ニッポン放送)で、絶大な人気を博す。

土曜深夜に飛び交う電波の中、スクールカーストの底辺で喘ぐ童貞男子たちには、エロのカリスマとして、大いに崇拝されていた。

『ヤングタウン』や『オールナイトニッポン』に限らず、当時の笑福亭一門のDJスキルはすこぶる高かったのだ。

個人的なノスタルジーはさておき、本作の舞台である京都、とりわけ“宇治の花火大会”が、台湾オリジナル版でいうところの“七夕情人節”にあたる。

京都人特有の選民思想を逆手に取った「洛中、洛外」(らくちゅう、らくがい)のフレーズから繰り出される一連のギャグ。

そうめんには付きもののとある食材が、本作品の肝となる小道具になるなど、クドカンワールドと京都の独特な文化の融合は、相性抜群で怖いくらいだ。

クドカンの心地よい毒気に当てられた勢いで、そのままNetflix制作の『離婚しようよ』(大石静と宮藤官九郎の共同脚本)までイッキ見する始末。

とにかく、本作『1秒先の彼』の出来映えは、オリジナル版『1秒先の彼女』をわずかに超えているのではないかと、関西人のアイデンティティにじわじわ訴えかけてくる。

だが、本音を言えば、作品の評価などどうでもいいのだ。

異色の落語家・笑福亭笑瓶

急逝の芸人最期の輝き、生き様を垣間見られただけでも、本作は自分にとって特別なものになった。

お疲れさまでした、笑瓶にーやん


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