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カレーの牛肉

我が家のカレーの肉はもっぱら牛肉だった。
私は家のカレーのカクカクとした牛肉が大好きだった。母の目を盗んでは、牛肉だけをつまみ食いしていた。まだカレールーを投入していない煮込みの段階ですら、必死に牛肉のかけらをおたまで瞬時にすくって激熱のまま口にほおる、そのタイミングを見計らっていた。カレーの牛肉はいつもほろほろとしていて柔らかく、子供ながらに牛肉の味わいを堪能していた。

母はやたらと長く牛肉を煮ていたと思う。ニンニクやワインなどで軽く炒めたあと、牛肉だけを、丁寧に灰汁を取りながら。その時間が私にとっては苦痛だった。たまに灰汁取りを手伝わされるのは更に苦行だった。「いつまで煮てるん?」「まだカレールー入れないの?」せっつく私に母は「黙って灰汁を取れ」と言うのであった。

あの工程が、カレーの牛肉を柔らかくしていたんだろう。私は今、カレー用の牛肉を炒めながらそう思う。大人になって自分で料理をしていると、ふとした時に「ああ、だからお母さんはあの時こうしていたのか」と思うことがよくある。都合のいいもので「だったらあの時そう言ってくれよ〜」なんて思う。

今は遠く離れた場所に住んでいる私と母。次帰省したら、一緒に何か料理を作って、母の料理における他の伏線を回収してみることにチャレンジしたい。

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