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名前も知らない同性に告白した話


付き合っている男性がいるのに、同性の女の子に告白したことがある。

夏の避暑地で開催されたアート系イベントのボランティアで会った彼女は、緑色のショートボブにメガネをかけ、私とは違う方言を使っていた。見た瞬間からなぜだか心惹かれて、仕事そっちのけでいつも目で追っていた。

私たちボランティアは首から下げた名札にニックネームだけ書いていた。だから本名も年齢も住んでる場所も知らないままだった。

ろくに話もできないままボランティアの日々は過ぎていき、憧れなのか性愛なのかわからない正体不明のフワフワした感情に振り回されていた。振り回されながらも楽しくて仕方がなかった。

そういえば、数年前にも美容院の美人なスタイリストにドキドキしていたことがあったけど、あれはもう少し憧れに近い曖昧なものだったように思う。とはいえ、女性に性的に惹かれやすいタイプなのだろうか?と少しだけ考えたけど、だからと言ってそのことを特に悩みもしなかった。

ボランティアが終わって元の生活に戻れば、彼と変わらず付き合っていくのだろうし、彼女と具体的にどうこうなりたいと思ったわけでもない。ただ、彼女の少し丸い肩のラインや白い肌にドキドキして、傍にいたくて、触れたくて堪らなかった。

たまたま一緒に作業をしていたある瞬間、自分でも思いがけずふいに言葉がでた。

「ねえ、私、あなたが好きなんだけど」

まるで昭和歌謡の歌詞のようだけど、一言一句違っていない。唐突な告白に周りの人はぎょっとしていたけど、彼女は「なにいうてんねん!」と笑いながら軽く私の額を叩いてくれた。

好意があるのは伝わったとしても、きっとそういう意味での好意だとは受け取らなかったろう。でも、はじめて私だけに向けられた彼女の笑顔を見たらなんだかもう満足してしまい、「えへへ」と笑って私の夏の恋は終わった。

もう何十年も前のことなのに、今でも彼女の身体の輪郭を思い出すと胸がクッと詰まって、小枝をパキパキ踏み鳴らしながら歩いた夏の雑木林と眩しい朝の日差しを思い出す。


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