邪悪さとUX
今回のお話
最近邪悪だと感じるサービス・プロダクトの機能はありますか?
邪悪さとは一体何でしょうか?
一体なぜ邪悪なUXになってしまうんでしょうか?
今回は邪悪なUXについて考えていきましょう。
邪悪さ=ビジネス側の論理に傾倒
個人的に邪悪なUXとは、短期的なKPIを追求しすぎた結果生まれたビジネス側の論理に傾倒したUXだと考えています。
ユーザーを騙すために悪意を持って生まれたUXというよりは、KPIを達成するため、ボタンをクリックさせようとするとか広告をクリックさせようと無意識的に邪悪になってしまったというような気がしています。
そして、それを感じたまま気づかないふりしてスルーして実装することが邪悪なのです。
ただ必ずしも広告をクリックさせたり、ボタンを押させることが邪悪ではありません。
ユーザーの課題解決や目的を必要以上に阻害することやユーザーを意図的に選別したりすることが邪悪なのです。
例えば、画面いっぱいの広告リンクや閉じるボタンにカモフラージュさせたものなどです。
一方で邪悪に感じないものとしては、漫画アプリのチケット獲得のための広告であったり、ゲームアプリのログインボーナスです。
では、邪悪を回避する方法はあるのでしょうか?
以下の方法が考えられるかと思います。
①KPIと共にNPSなどロイヤリティを表す指標を入れる
②インタビューなどでユーザーの声を聞く
③邪悪と感じる施策を走らせない
これらも一部の方法かと思います。
邪悪でないサービスなどないのかもしれません。一部の機能において邪悪が短期的に現れることがあるかもしれません。また人によって邪悪さは変わるため、邪悪と感じる人もいるでしょう。
しかし、大切なのは作り手が受け手に対して邪悪と思われると想定する施策や機能をなるべく実装しないことだと思います。
得てして邪悪な機能はKPI上も上手くいかないケースはありますが、それが上手くいってしまった時が怖いです。
上手くいった前例ができたことでそれをもとにしてより邪悪なものが生まれてしまいます。
UXを高める上では、ただ単純にユーザーに寄り添うことだけではなく、作り手が届けた思いがユーザーに適切な形式で届いてるかどうかを意識することが重要だと感じます。
それは人においても、口では良いことを言っていても行動がかけ離れていたりすると信用を失うのと同じです。
ブランディングやUXは一夜にしてならず。
日々や機能、施策の積み重ねがユーザーマインドのサービスイメージを形成していることを意識して検討していくことが大切です。
最後に
どんな場面でも邪悪なアイデアは生まれます。
クライアントワークでも自社サービスでもこれをしようと邪悪な機能を実装することを言われるかもしれません。
その時どうすればそれを回避できるのでしょうか。
邪悪でなく効果が出る施策を検討すれば良いのです。
それだけひたむきにサービスやユーザーに向き合っていて普段から色々なサービスに触れている人ならちょっとやそっとの邪悪さには打ち勝てるのではないかと思います。
根性論のように聞こえるかもしれませんが、UXとはやはり最終的に人の心を動かす仕組みづくりだと思っています。
人の心を動かすためには、サービスやプロダクトを通して発現した自分たちの感情や他人の感情に向き合ってどういう機能やデザインだとこういう感覚や心情になるというリクエスト&レスポンスの引き出しを増やしていくかにつきるかと思います。
より良いサービスやプロダクトで住みやすい社会を実装していきたいですね。
それでは、また。
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