見出し画像

【#はじめて借りたあの部屋】黄色い空と怪獣と宇宙船

誰もが覚えているのだろうか。
はじめて自分が絵を描いた日の事を。

僕は、はじめて絵を描いた事の楽しさは忘れていない。

自分の顔よりもずっとずっと大きな真っ白な紙に心の奥底から沸き上がる、まさに間欠泉の衝動
僕はワクワクを爆発させながら、手と服を汚し一心不乱に怪獣や宇宙船、そして黄色い空を描いたのだ。

僕にはその時に確かに空が黄色くて、怪獣や宇宙船が見えた。

先生は、真っ白な大きな画用紙を前にした子ども達に確かに言った。
「見えたものを描きましょう」
僕は見えたものをそのまま描いた。

まわりの友達からは、
凄くバカにされて
『こんな思いをするならもう絵なんて描きたくない!』と思ってワンワン泣いていたが、
先生だけは僕のそばに駆け寄って凄く誉めてくれた

見えたものを心に従い正直に描いた事。
いつまでも、その素直な気持ちを忘れないで欲しい事。

あの時の空は、絵に描いたように黄色く芸術的でとても綺麗なグラデーションだった。
そこには確かに怪獣がいて宇宙船が空にあったのだ。

* * * * *

はじめて絵を描いた時から約15年後に僕は、はじめての部屋を借りる事になった

東京都の立川市。
僕がはじめて部屋を借りて住む場所。

中央線で立川駅に着いた時のワクワク感。
人の多さ、駅の大きさ。
知らないという事は本当に怖いが23区外で、こんなに大きな街がある事を知らなかった
それゆえにホームに電車が吸い込まれた時に
この街で暮らしていく事、未来への期待感がより高まっていくのであった。

聞けば、立川駅の南北に伸びるモノレールも全線開業したばかりで急速に街全体が発展している過程だった。
発展していく街に新しい僕を重ねていた
南北に伸びるモノレールと大きな立川駅を見比べて、これからの自分を想像してしまう

* * * * *

不動産屋さんは親切で、なんでも丁寧に教えてくれた。

気になっている事は家賃の問題だ。

これだけ発展している街に住むにあたって、いったいいくらの家賃が必要なのだろうか。

自分の希望する家賃を正直に話すと1つの物件を紹介してくれた。

立川駅から徒歩で10分。
南口の繁華街まで徒歩5分。

立地条件は最高の環境だ。
更に良い事に繁華街からは
これだけ近いのに凄く静かな環境である。

1階でお風呂とトイレが同室、目の前がすぐに道路で道路側の立地などがマイナスポイントという元々は社員寮で使っていた物件。
部屋に案内されて何も無い1Kのフローリングを見た瞬間に即決をして入居を決めた。
ピカピカに光る床が微笑みを浮かべていた。
おめでとう、そしてようこそ。

* * * * *

深夜の青梅街道を1台のバンが走る。
免許を取得したばかり高速は怖くて走れない
バンには1人暮らしに必要な最低限の道具と、そして両親が乗っている

自分が決めた部屋を、新しい生活がはじまる部屋を早く両親に見せたくて
新しい生活は引っ越し業者に頼まずに自分で荷物を運びたくて、深夜の道を走っている。

深夜の道は車が少ない。
若葉マークをつけた車には車間距離も充分で走りやすい。
実家のある葛飾区亀有と立川市の距離を考えたら、とてもそんな判断にはならないと思うのだが、これが若さ、若気のいたりというものだと思う。

両親は眠そうに目を擦りながら誉めてくれていたが、実家を出ていく息子のこれからを考えて眠い以外に目を擦る理由があったのかは、わからない。

家財道具を新しい生活の部屋に運び、両親を実家に送り、僕は更にバンで2往復した。

* * * * *

新しい生活と新しい街は僕にとって発見の毎日だった。
誰も僕を知らないし、僕もこの街を何も知らない
実家にいれば、歩くとすぐに顔馴染みの人に会い挨拶。
新しい発見は、新しいお店や建物ができた時ぐらいだ。
この建物には何があるのだろうか。
このお店は美味しいかな。
毎日が発見と学びの連続。
そして僕は新しい街にやってきた無名の冒険者だ。

冒険者のレベルは1でお金も持ち物も最低限、やっと生活ができるレベルである。

だけども僕はRPGゲームをはじめる時は、序盤が一番ワクワクするのだ。
最低限の持ち物と最低限のお金をやりくりして、整えていく感覚。
まさにその状態で自転車を買うかどうかで悩み、100円ショップで自分の部屋に何を置けば良いかを想像して商品をカゴに入れては悩み1時間以上もウロウロしている
でも、この瞬間が最高に楽しい。部屋を自分で作り込んでいく過程が最高に楽しい。
新しい街を歩き、人々に話を聴いて、街をどんどん知っていくこの感覚。
自分の中で一段落するとレベルアップの効果音が流れる。

* * * * *

何処の場所に住もうか、
どんな部屋に住もうか、
自分の新しい生活と自分の新しい人生と向き合い、物件選びは凄くワクワクする。

はじめての部屋を借りる時は、新しいスタート、新しい生活がはじまる前だ。

まさに誰しもが真っ白な大きなキャンパスを前にしている状態だ。

真っ白な人生のキャンパスに自分の未来を重ねて、これからを描いていく時なのだ。

部屋を見て、景色を見て、
そして自分の未来を見る。
この街で暮らす、自分の未来を見つめて部屋を選ぶ。

はじめて暮らす街。
これからの生活。
新しい部屋と自分。

どんな事でも経験してしまうとあの時の最高なワクワク感を味わえないのが寂しいと私は感じる。
『知恵の悲しみ』とはまさにこの事である。

これからまた引っ越しの季節がやってくる。

多くの人がまた自分の中にある大きな真っ白なキャンパスを手に絵を描こうかとしていると思うと凄く羨ましい気持ちがある。

どうかあの頃の僕のようにワクワクしたものであって欲しい
未来はワクワクする方がきっと楽しくなるだろう

あの時に僕が見た、黄色い空は、今はどこを照らしているだろうか。
あの宇宙船や怪獣は何処にいったであろうか。

サポートめちゃくちゃ嬉しいのですが【面白い】と思っていただいた場合は『フォロワーになる』『SNSなどで紹介する』『ハートマークを押す(note会員じゃなくてもOK)』が励みになります!読んでいただきありがとうございます!