見出し画像

エジプトのファーストフード店は、アラブの富豪のたまり場!

前:

1990年代初頭、エジプトにはマクドナルドもKFCもなかった。私がエジプトに留学した当初、唯一ファーストフードはイギリスのウィンピーだけあった。

エジプト渡航前に、イギリスでも生活(留学)していたことがあったので、ウィンピーには見覚えがあり、食べたこともあった。私
の感想は、くそマズイイギリス版ファーストフードの店。

それでも、そんなウィンピーでもカイロのダウンタウンであの店のロゴ看板を見かけた時、知り合いのいない土地で懐かしい旧友に巡り会えたような喜びと安堵感を覚えた。

だって、私はまだエジプトに来たばかりでいろいろ不慣れで、休憩する場所探しにもオロオロしていた。(スターバックスなど全くなかった時代です)

アラビア語を読むことも話すこともまだできない、外国人(しかも女)がポンッと入れる気軽なカフェやダイニングがこのイスラム教の街には全くなかった。

喉が渇いた、足も休めたい。でも入れる店が見当たらない、どうしよう...そんな時に目に飛び込んできたウィンピー!!マズイとかもうどうでもいい、ああ助かった!!


ところが店の中に入ろうとしたら、おや?自動ドアではないのに、ドアが勝手に開いた。どういうこと?

なんと!ドアマン!!ドアマンがいるではないか、しかも蝶ネクタイ姿でスーツ姿だ!!私は目をぱちぱちさせた。

ファーストフード店なのに蝶ネクタイ姿のドアマン!?

蝶ネクタイのドアマンは、私のジーンズとTシャツの格好をじろじろ見回し、眉をひそめ軽蔑する顔をした。

繰り返すがミシュラン五つ星レストランではない、ここはファーストフード店だ!

さらにカウンターがない。あれ?どこで注文するんだろう、と困惑していると、

「こちらにおかけいただけますか?」would you mind ~、please?とジャケット姿のエジプトウェイターに、奥のテーブルを案内された。

ひぇえ!テーブル注文!?

しかもウェイターはジャケットを着ていて、クィーンズイングリッシュの美しい発音で話してくる!

実際に、ロイヤルファミリーのような英語(ただのイギリス英語ではなく、本当に上流階級の英語だった)で、ウィンピーでの食事におけるルール (!) もくどくど説明された。

「ジュースだけの注文は許さておりません、恐縮でございますが、メインディッシュのハンバーガーも必ずご注文されてください。私を呼ぶ時は目で合図を送っていただけると幸いです..」。

言われるがままに、席に座ってハンバーガーとジュースを注文した。するとジャケット姿のウェイターは、深々と慇懃なお辞儀をした。

彼はいったん引っ込んだ後、テーブルに布ナプキン(紙ではない、布だ!)やナイフとフォークを並べた。

「...」

しばらくして、ウェイター氏は(ウェイター、呼び捨て出来ない雰囲気だったので「氏」とつける)、うやうやしく銀製のトレーでハンバーガーを運んできた。

そしてテーブルの上には、瓶のケチャップと一緒に陶器の皿に盛られたハンバーガーが登場。

いつハンバーガーの身分がこんなに上がって偉くなった!?


味はやっぱり美味しくなかった。美味しくないけど、(エジプトの物価にしたら)値段は高くて、店側も高飛車対応。こっちは気疲れするだけだ、ファーストフードなのに。

いろいろカルチャーショックを受けた後、二度とエジプトでウィンピーには行くまい、と心の底から誓った。

でもハンバーガーって時々無性に食べたくなるんだよなあ...


そう思っていた矢先。時代は1994年ぐらいだっただろうか。テレビをつけていたら、見慣れた黄色い『m』のアルファベットが大きく視界に飛び込んできた。

ん!?

と画面に目をやると、なんと!!

マクドナルドだ!お馴染みのあのマクドナルドのテレビコマーシャルが初めてエジプトのテレビで流れていたのだ!!

あまりにもインパクトが強かったので、今でも鮮明によく覚えている。

「ハンバーガーは手で美味しく食べる食べ物です」

これがエジプトのテレビに流れた、最初のマクドナルドのコマーシャルだった。

実際にコマーシャルでは、人々が笑顔でハンバーガーを手に取って食べるデモンストレーションを見せていた。

ハンバーガーはね、手で食べるんですよ、気張らない食べ物なんですよ、畏まらないでいいんですよ。

なんて画期的で革命的なコマーシャル!

見事だ、と私は腹の中から感心した。ファーストフードは(ウィンピーのように)ナイフとフォークで優雅に食べる料理じゃない。

気軽に手で食べるパンなんだよ、としっかり伝えているのだ。

この「ハンバーガーは手で食べましょう」コマーシャルを大量に流すことにより、マクドナルド店の敷居を低くした。素晴らしい。


マクドナルドのエジプト進出に前後してピザハット、サブウェイそしてKFCも上陸してきた。

同時期、アメリカ資本がどんどん入ってきていたので、そういう時代だったのだろう。

そして蛇足だが、いずれも英語を話す大卒を採用していた。

これらのアメリカ系ファーストフード店はカイロの高級住宅街、歓楽街、そして観光地に続々オープンした。

ただ、ギザのピラミッドとスフィンクスの前にピザハットがオープンし、ルクソールの神殿の前にマクドナルド店が出来た時は、さすがの在エジプトのアメリカ人たちも「ウ~ン..」と唸った。

「スフィンクスや神殿といった古代遺跡の真ん前にファーストフード店ねえ...」。


アメリカ系ファーストフード店では、英語(普通の大衆的なアメリカンイングリッシュ)を喋る笑顔のエジプト人クルーたちが、アメリカ流のフレンドリーの接客をした。

が、それでもやはりアメリカ系ファーストフードは、エジプトの庶民には手の届かない高級店だった。

当時、マクドナルドのバーガーセットが10ポンド。当時のレートで約300円。庶民にはありえない高額料金だ。だって屋台のサンドイッチは1ポンド(30円)だったから。

大衆には10ポンドのバーガーセットは高すぎる- 

店側も分かっていたはずなので、そもそもの顧客ターゲットは外国人と富裕層だったのは間違いない。

ところが、ここで店にとっても驚きと嬉しい誤算があった。

エジプト人の金持ちのさらにずっと上を行く超大金持ち、湾岸人の存在だ。

画像1

湾岸人(ガルフ)とは、アラビア半島の石油産出国などのリッチな人種を指す。彼らの多くは、毎年夏をカイロで過ごしのが常だった。

その理由は50度の気温の母国より、40度のカイロの方がずっと涼しい、

母国では出来ない遊び(カジノやクラブ(ディスコ)、バー通い等)がこの街では思う存分に愉しめるからだ。


ふんだんな時間とお金を持つ湾岸人。流行にはいつもアンテナを張っている。その彼らがファーストフードに興味を持たないわけがなかった(笑)!

湾岸諸国のサウジアラビア、カタール、ドバイ、クウェートなどには、アメリカ系ファーストフード店(ユダヤ資本が多い)が入ってくるなんて、当時は全くありえなかった。

でもハンバーガーやピザが美味しい、というのは欧米のドラマ広告でよく知っていたし、実際にロンドンやニューヨークでも食べたことがある湾岸人もいただろう。

同じアラブの国に「え、マクドナルド!?そりゃあたまげたなあ、話題にもなるし行ってみようぜ!」となったのだと思う。

結果、カイロのファーストフードの店はどこも赤白チェック柄ターバンを頭に巻いた白い衣装の男たちと、全身真っ黒の女たちで大混雑になった!

ちなみに湾岸人に断トツ人気だったのは、ピザハットでもKFCでもサブウェイでもなく、マクドナルド。

やはりマクドナルドが一番有名で、マクドナルド=アメリカ、アメリカのファーストフードのシンボルだったからだろう。

でもマクドナルドもユダヤ系はずなんですがね、いいのかな。それとこれは違うんだろうな、やっぱり..

.

スーパーお金持ちの湾岸人が押し寄せた、カイロのマクドナルドの光景は圧巻だった。

まず、店の前にはお抱え運転手が運転する、黒いリムジンがドーンと並ぶ。

そう、彼らはマクドナルドにリムジンで現れるのだ。

店の中のカウンター前に行列を作る彼らを観察すると、ローレックスの時計(湾岸人は派手なローレックス好きが多い)、そして

22カラットのゴールド(アラブ人は18より20カラット以上を好む)や大きなサイズの宝石をじゃらじゃら付けている。

だけどよく見ると、みんな足元はビーサン(ぞうり)!!さすが成金の元遊牧民!(笑)

ビーサンだけど、何だろう。ファーストフード店に漂う異常なお金持ちオーラは!!

そして自分の番になっても、注文の仕方がよく分からなくてオロオロ戸惑っているのも微笑ましかったことよ!(笑)


彼らはアメリカのバーガーの味が気に入ったのだろう。カイロ滞在中、リムジンで何度も通う湾岸人も大勢いた。

いかんせん、それぞれ連れている人数(奥さん(たち)、よく食べそうな太っている子供たち、メイドたち...)も多い。

だから店側も儲かって儲かって大変なようだった。絶対にこれは店側には計算になかった嬉しい客層だったにちがいない。

そして私はそのうち、マクドナルドに行き湾岸人ファミリーであふれる店内を見かけるたびに

「ああ湾岸人がカイロに来る時期か、もう夏が来たんだな」と、

マクドナルドの大勢の湾岸人姿を見て、夏の季節到来を感じるようになった!(笑)


カイロ中にアメリカのファーストフードチェーン店が増えるかたや、イギリスのウィンピーはどんどん衰退した。

気付けば、1998年にはこの街から消えていた。(もともとそんなに店舗数はなかった)

高くて美味しくなくて感じ悪くて食べ方も形式ばっていたからダメだったんだろう、と私のみならずみんながそう思った。

ところが、ところが!!

今年2021年の最近のニュース記事を読み、ひっくり返りそうになた。

『エジプトにウィンピーがカムバックした、復活した!』

なんでも来たる今年の7月に、約20年ぶりにカイロにウィンピーがオープンしたというではないか。

簡単にいえば『一周』したんだろう。エジプトのハンバーガーは80年代に登場したウィンピーが最初だった。

だからウィンピーは高くてまずくても、エジプトにおけるファーストフードのルーツ。

ノスタルジーっていうやつなのかもしれない。

そう、いろいろ悪口言ってたけど、懐かしく恋しくなったんだろう、ラブコール上がったんだろうな。なんとなく分かる気がする。

でもどうせ復活するなら、普通のファーストフード店にしないで、全てを再現して欲しい! 

蝶ネクタイドアマンもクィーンズイングリッシュを話すウェイターも、銀製トレー、上品な陶器皿に載せたハンバーガーも再現して欲しい! その方が絶対バズると思うんだけどな。

そして湾岸人にはウィンピーにもビーサン(ぞうり)で押しかけてもらいたい。蝶ネクタイドアマンに、嫌な顔をされる場面とか見てみたいぞ!(笑)。

次:





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?