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ショートショート部屋

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たらはかにさん主催の #毎週ショートショートnote  に参加した作品をまとめています。
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#小説

穴の中の君に贈る (#毎週ショートショートnote)

「ーロバート?」 私の声はふわんと反響し、瞬く間に闇へ吸い込まれていく。 耳をすますと彼の静かな息づかいが聞こえた。 「ロバート、もう一度顔を見せてくれる?」 さっきより少し大きな声で叫ぶ。 暫くして、彼が歩いて来た。 「引きこもりっていうんでしょ?こういう暮らし」 「まあ、そうも言えるかもね」 私は彼の肩にのったゴミを払いながら答えた。 眼が合う。穏やかな、秋の森みたいなブラウンの瞳。 彼の半生を想う時、決まって泣いてしまう。 ロバートはクレバーで優しい青年だ

チャリンチャリン太郎(#毎週ショートショートnote)

今年も盆が来るなあ。 この頃になると、実家の親父から聞かされていた「チャリンチャリン太郎」の話をいつも思い出すんだ。 村にやってきた、身なりの貧しい男の話だよ。 ある日ふらりとやってきて、消えたと思ったらまたやってくる。 無精ひげを生やして、おどおどした目つきでさ。 村の住民が挨拶しても顔をそらすばっかりで、 いったい何の目的で村に来たのかわからない。 だんだん気味悪がられて、そのうち子盗りだろう、なんて噂が立ち始めた。 ついに村の若衆が山寺で待ち伏せしてひっ捕まえた

ふりかえるとよみがえる(#毎週ショートショートnote)

「あ、忘れた」 ふりかえると、カッチャンが口をポカンとあけ固まっていた。 げ、まただ。 今日は何だろう。宿題のプリントか、体操服か。 「パンツはいとらん」 ぎょえ。久しぶりのパンツ。 「どうする?帰る?」 「ううん、ガッコウ行く」 カッチャンは忘れ物の天才だ。 毎日何度も、幾つも忘れる。だけどそれはカッチャンの脳で、何かが悪さをしているから、らしい。 だからクラス全員で話し合った。 「みんなでカッチャンの応援団になろう。」 カッチャンは土日でも学校へ行きたがった。

読書石けん(毎週ショートショートnote)

「山根さん、この前の金子みすず、どうだった?」 入室するとすぐに、杉田先生が声をかけてきてくれた。 「とっても感動しました。眼差しが純粋で…優しくて」 「そう、良かった。今日はあと30分で閉まるから、早めに選んでね。あ、本はいつもみたいに石けん使って、しっかり、ね」 「わかりました」 西日が差しこむ放課後の図書館ほど、私の心が落ち着く場所はない。 他の生徒はみんな下校してしまうから、だいたいいつも私一人の貸切状態だ。 先生の言いつけを守って、読書石けんでしっかりと、金

2人用AI (#毎週ショートショートnote)

「あなた、これ何ですの?」 「金婚式のプレゼントじゃとよ。さっき章から届いたんじゃが」 急須に似て丸く、小さなランプが点灯している。 食卓の真ん中に置くようにという息子からの手紙も同封されていた。 「…飾り物かしら…?」 「そんなとこじゃろう。若い者のセンスにはついていけんがのう」 暫くすると、2人にもその役割が何となくわかってきた。 自分たちの会話を記憶し、相手がいない時には代わりに応えてくれるのだ。 「おーいばあさん。眼鏡を知らんか」 「アナタノ頭ノ上デスヨ」

朝の逆転(#毎週ショートショートnote)

なんであの店に入ったのか、覚えていない。 シラフなら絶対に視界にも入らなかった。 黴臭い赤い絨毯張りの、小柄な女が独りでやってる小さなカウンターバー。 他に客はいなかった。 すぐに出ようとする俺を引きとめ、場違いな、だけどとんでもなくうまいカフェオレを作ってくれたんだ。 パッと見、冷たく見えた女は、口を開けば驚くほど気さくでチャーミングだった。 世間に見下され続ける日々や、苦い思い出だけの故郷の話。 自分でも呆れるほど、俺は洗いざらい彼女にぶちまけていた。 聖人君子の仮面

鏡顔 (#毎週ショートショートnote)

若い頃戦争に行った祖父から聞いた話だ。 その戦いはある日突然始まった。 いったい何が原因なのか祖父や他の若い兵士達は何も知らされないまま、軍部から下った相手国への侵攻命令に従わなければならなかった。 ただ手柄の1つも立てれば報奨金が出て、その後の暮らしは一生安泰だと言われていた。 だからとにかく相手は悪いやつだと考えるようにした。 そうして戦意を高めたのだ。 戦車に乗りこみ、ついに敵国の首都へ。 人気の消えた広場に、鏡で造られた巨大な塔が神々しく立っていた。 銃を

笛注意報(#毎週ショートショートnote)

 「最近耳鳴りがひどいのよね、更年期かしら」  「お前もか。実はここんとこ俺もさ。笛の音みたいな甲高い音が聞こえるんだよ。年だろうな」  「やあね、夫婦で。お隣の奥さんところと同じよ。」  「ママ、あたしも耳鳴りするの」  「えっ、ユミも?高校生でなんて…心配だわ、いつから?」  「このひと月くらい。ピーって音がずっとよ。クラスの友達も言うわ、だんだん大きくなるって…あ、まただ!」  「ママもよ!やだコレ、大きいわ…!」  「見ろ、臨時ニュースだ!」  父親が

フォーリー・ナイト

「ダメだ、やっぱムリ」 僕は口に運びかけたパスタから顔を背けた。 「イブまであと2週間なのに…」 彼女は落胆して帰っていく。 部屋に冷めたパスタと僕、そして奴が残された。 ◆ 僕は昔からディナーフォークが怖い。 あの長い、鋭い切っ先。自分で自分の口に入れるなんて寒気がする。 人生初の恋人にそう告白すると、彼女の顔色が変わった。 「イブは絶対、青山でイタリアン食べるの!」 それから毎日格闘が続くが、恐怖心は一向に改善しない。イブに彼女憧れのお店でディナー。その夢は叶え