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<初稿>夏の夜

ヒグラシが鳴いている。

高く細くやがて空に消えていく音は、昼間のうだるような暑さや、狂ったような蝉の競演を忘れさせてくれる。ゆるく団扇を動かすと、浴衣の襟元から汗の匂いがする。

カチッという柔らかい音がする。

縁側で君が蚊取線香に火をつけている。一瞬もえあがった炎は軽く揺すると熾になり、細い煙が立ち上る。

隣家からかすかに野球中継の音が聞こえる。ぬるい風が風鈴をチリンと揺らす。もう少しこうしていようか。

夏の夜の匂いがする。

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夏の思い出

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