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The GORK 10: 「ブルーシャトウ」

10: 「ブルーシャトウ」

 俺は昔からゴーゴンとかの女怪物や女妖怪の類が好きだった。
 思えば、俺が「オカルト探偵」なる珍妙な職業に落ち着いたのも、それが遠因だったのかも知れない。
 最近、リアルで出会った女怪物は、江夏由香里先生だった。
 特に最後に見た江夏先生の姿は、強烈だった。
 坊主頭に見せかける為の「禿ズラ」というものがあるが、アレに直径1センチ程の半透明チューブを沢山生やして肩まで垂らしたモノを江夏先生は被っていた。
 ブランブランするチューブの先端には、丸い形状のモノが付いていたが、恐らくそれは何かコネクターの類だろう。
 そういう頭にピッタリくっついた怪しげなヘッドギアを被って入る江夏先生は、何だか肉食系のゴーゴンみたいに見えたものだが、先生の怪物属性は、石化より妖怪「サトリ」に近いものだっただろうと俺は思っている。

「香代の意識が戻ったと、病院から呼び出しがあった時には、小躍りして駆けつけたよ。それがココについた途端に、面会謝絶だ。私の人生の中でも、あの時ほど浮き沈みの激しいものはなかった。」
 兄の宗一郎が消沈した様子で言った。
「けど、その時に覚醒した第2人格のリョウとかの視覚的な記録は見れたんだろう?」
 バーチャル映像とは敢えて言わなかった。
 それに『視覚的な記録』と言っても大したものじゃない。
 文章で掘り起こしたものは、内容表現としてはそれなりなのだろうが、映像の方は、警察の復顔術やモンタージュ技法の方がずっと優れていると言ったレベルの代物だ。
 とても昏睡状態にある患者の意識世界を探り当てバーチャル映像化したモノとは呼べない。
 それは植物人間の患者にも意識があるという確実な証明と言うより、患者親族の気休めの為にある様なモノで、気難しい人間には返って逆効果になる完成度だった。
「、、ああ医者達は、あれはまだ実験段階だとか、それを見た私の態度が、昏睡中の香代に新しい刺激を与えるのではないかとか、あれこれ心配していたようだが、そんな事は糞くらえだ。圧力をかけた。見たよ、、あのリョウとやらは、私の香代じゃない。第一、何故、香代が別人格を生み出す必要があるんだ。」
 怒りに満ちていた兄貴の顔が突然歪んだ。
 沸き上がってくる悲しみが、兄貴の怒りの堤防を越えたのだろう。
「リョウは香代・・じゃないが、、出来る事なら、別人格でもいい、、目覚めた香代をこの手で抱きしめてやりたい。」
 素人考えで言えば、理屈上昏睡状態に陥っている香代が兄貴の態度に影響される筈はないのだが、医者の言うとおり、多分、兄貴のそういった「気分」は、香代にプレッシャーを与えるだろうと俺は思った。
 自分自身が幼い頃、兄貴にそういう無形のプレッシャーを与えられて育って来たから、それはよくわかる。

「医者はリョウと名乗っている第二人格が香代の目覚めに積極的だから、なんとかなるかも知れないと言ってくれている。」
 兄貴のこの言葉で、俺は何故か、この病院に駆け付けた時に見たUFOの姿を思い出した。
 病院の真上に、円盤の後ろに二本の筒を付けた形の白いUFOが浮かんで静止していたのだ。
「しかしそのリョウが、最近妙な事を口走っているようなんだ。」
「あのレイプ事件の時にもう一人いたらしい。もしそうならお前には、そいつの方も頼む。」
「もう一人、、。」
「おまけにリョウは、あの時、直接は何もしなかったその男に一番傷つけられたと話している。あいつが香代の心に最後のトドメを刺したと。そいつは、額に奇妙な輪っかが浮き出た男だそうだ。私の方も、もう一度追い込みをかけてやる。前が駄目だからからって、今度も駄目とは限らんからな。」
 ・・・ループ感が半端ない。
 今、起こっている事、これは、どっちの記憶なんだろう。
 転生前か?
 江夏先生が登場しないって事は、そうなんだろうが、だとすると話の辻褄が微妙に合わなくなってくる。

「なんの目的か知りませんが、貴男のお兄さんは、金を払って、香代さんの身体を拭いた看護士にその時の様子を細かく報告させている。勿論、厳重注意しましたよ。その看護士にはね。だがお兄さんのやり方には、半分、看護士への恫喝が入っていたらしい。だからこそ、私たちにもその事実が判ったわけだが、、。普通の父親なら、そんな事はしない。私たちは、患者が目覚めを拒否しているのは、単にレイプ時のショックだけではないと考えているのですが、、、つまり父親の存在ですよ。力が強すぎる、、色々な面でね。それは私たちにとって、治療上の問題であると同時に別の領域の問題でもある。判って貰えますか?」
 そんな事を、江夏先生は絶対に言わない。
 あの女ならこう言う。
「香代ちゃん、年取らなくて良いわねー。ずっと綺麗なままですもの。」
 転生前の世界の担当医の兄貴に対する指摘は正しい。
 え?俺を香代のインナーワールドに転生させたのは、転生前の担当医の筈だが、、何かが書き換わっていき始めているのだろうか?

「で弟の俺にどうしろと、、。」

「純。私が、、好きで今の私になったと思うのか?」

「私が、、好きで今の私になったと思うのか?」・・そうじゃないのか兄貴?

 記憶が混乱していた。
 こっちが現実なのか、向こうが仮想世界なのか、それともその逆なのか、もうわけが分からない。
 それにこちら出来事が積み重なる毎に、自分自身が保持していた前の記憶が、どんどん書き換えられていく。
 いや、事は記憶だけの問題ではないのかも知れない。 
 江夏先生は、香代のインナーワールドは、一つの小宇宙で、それはどんどん膨張していくと言っていた。
 ってか、江夏先生って誰だっけ?


 俺は、目の前に見えるやや青みがかった平成十龍城を、ストローをくわえながら見つめ、宮崎駿のアニメに登場するラピュタ城の姿を連想していた。
 平成十龍城は、丘のような形をしており、所々に人工的な庭園を抱えている巨大ビルだ。
 開発された当時は、その庭園もよく手入れが行き届いていて、洒落た都会のオアシスのように見えていたのだが、今は草木が伸び放題でジャングルのような有様になっている。
 植物の構成は常緑樹が多く、所々にイミテーションプラントが混ぜ込んであるから、季節を問わず緑が濃い。
 それが今までは逆に、平成十龍城の異彩の一つの原因なっているようだ。

 俺が陣取っているカフェの屋外テーブルからは、その威容の全体がよく見えていた。
 テーブルの上にある時間つぶしの為に注文したジンジャーエールはもう殆ど残っていない。
 俺は、こんなホコリぽい場所でコーヒーを飲む趣味はない。
 アルコールを頼みたかったが、流石にそれは諦めた。

 リョウが新しい情報を次々と拾ってくるのに対して、俺の捜査状況はジリ貧だった。
 俺は煙猿と沢父谷の二つの線で捜査を進めていたのだが、不思議な事に姫子の足取りは、リョウが彼女と会えなくなった日を区切りとして完全に途絶えていた。
 その途切れ振りは、まるで姫子など最初からこの世に存在しなかったと言わんばかりだった、、、。
 沢父谷関係で手に入れた情報と言えば、あのDVDに出ていたレズ友役から姫子の初恋の相手の名前を聞き出せていて、それが「香代」という少女だったということぐらいだった。
 そんなある日、俺のもとに蛇喰という男から電話がかかってきた。
 自己紹介の際に「ジャクイ」と名乗られて直ぐに漢字が思い浮かばず、次にその漢字を教えられてゾクリとした記憶がある。
 ジャクイというこの男、どうやら俺の窮状を見るに見かねて、オカルト仲間である辰巳組の宋が橋渡しをしてくれたようだ。
 俺には自覚はないのだが、この頃の俺は、相当、荒れていたようだ。
 普通の捜査なら無責任を絵に描いたようなこの俺・目川が、他人を動かすほどの焦燥を見せる筈がなかった。
 リョウが持ち込んできた「依頼」という事実が、俺に大きなプレッシャーを与えていたのだ。
 それを見かねた宗の登場なのだが、宗にしても蛇喰にしても勿論、暴力団組織の人間だ。
 彼らの行動ベースに、善意は全くない。
 そこには、一つ間違いを犯すと、大きな火傷を負いかねない計算がある筈なのだが、今の俺にはそれを斟酌している余裕はなかった。


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