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密林とリアル書店の行き来

皆さんにとってAmazonは、まず何屋さんでしょうか。私にとっては第一義的に「ネットの本屋さん」です。
軽く15年は使っていて、もちろん本以外も買いますし、囲い込みはすっかり完了。風呂やトイレと同じように日常に溶け込んでいます。

業界に関わる一人として、本はなるべくリアル書店で買うというのがモットーです。書店の、あの紙とインクの匂いが好きです(末期)。今日は私なりのAmazonの使い方から本をはじめとした買い物の正体とは何かについて書いてみます。

カートの使い方

私は興味を持った本をAmazonの「カート」に入れておいて、リアル書店に行き、本棚から探します。その意味でカートはリアルなわけです。検索機があってもなるべく使わず粘ります。私にとって書店は単にお目当ての品を買って帰るところではないからです。と同時に、読書体験とは選書を含めたものなのであります。と、今は開き直っています。

以前、『つくるたべるよむ』(本の雑誌社)をTwitterで見つけてカートに入れて書店へ。探してもなかなか見つからず、検索機にかけて再挑戦するも見つからず、いい加減店員さんに聞けよと自身にツッコミを入れながらようやく見つけた挙句、さらに新刊の平積みにデデーンとありました。
探している最中に、他の面白そうな本が目に入ってくる偶然、さらにお目当ての本を探し忘れて帰宅してしまったことすら楽しんでいます。一冊も買わずに帰宅しても、たったそれだけのことが休息にさえなります。逆に書店にしばらく行かないと禁断症状が出てきます……。

ほしい物リスト

実際に手に取って、目次を見たりパラパラとページを眺めてみて、お財布と相談します。購入するまでもないとか、今は(時間的な余裕とか優先度から)読まないなと思えば、いったん踏み止まり、Amazonのカートから「ほしい物リスト」送り。ちょっと高くて買うのをためらったものは、その後、どうしてもと購買意欲がわけば買います。
そういう意味で、ほしい物リストとは、いわば自分の欲望が詰まった壺にお札をつけて封印して鎮魂するようなものと化しています。軽く数百の本、中には学生時代に入れた本があったりします。

カートとリストで僕は何をしているんだろう

「ほしい物」リストという名前が端的に示すように、これって先ほど触れた欲望の塊ですよね。他のネットショップにもカートは必ずあります。「カートやほしい物リストの出し入れでやっていることは何なのだろう」と思いましたが、仏教の教えがヒントになりました。

仏教では、人間(自己と呼ばれるもの)は五蘊(ごうん)という「五つの執着要素」が組み合わさってできていると捉えます。五つとは①色〔しき〕=身体、②受〔じゅ〕=知覚や感覚、③想〔そう〕=表象作用、④行〔ぎょう〕=意志・衝動的欲求、⑤識〔しき〕=認識です。物事をファンクション(働き・機能)として捉えるということでしょう。
五蘊から生じる執着が(欲しいものが得られないといった)苦しみを生むと説きます。このうち④の「行(古代インドのサンスクリット語のサンスカーラ)」は「諸形成作用」と訳され、行が五蘊を作り出すとも説かれます。こうやって説明すると聞き慣れないかもしれませんが、有名な「諸行無常」の行(作られたもの、形成されたもの)も同じサンスカーラです。

余談ですが、興味深いのは一闡提(いっせんだい)という言葉です。仏教では「成仏する縁がない人」を意味しますが、もとはサンスクリット語のイッチャンティカの音訳で、「欲求する人」を意味します。

私たちの日常は、サンスカーラが発動するきっかけで張り巡らされています。Amazonのメールからカートの商品でお忘れはありませんか? とか御提案が来る。(むろんサンスカーラは常に駆動し続けているわけで、しなくなって五蘊がほどけたら死となりますが、ここまでは立ち入らない)

カートは生活の知恵

カートやリストにある「ほしい物」も、サンスカーラにより(ある意味で勝手に)「作り出されたもの」ですから、「作り変える」か「なくしてしまう」という操作をすれば、それが「ほしい物」ではなくなることはままあります。カートに物を入れたり消したりリスト入りするのは、そんなことなのかもしれません。

そしてこれは、リアルでスーパーの買い物かごを持ちながらやっていることと同じです。今日は鶏肉が欲しかったけれど、高いからとか消費期限が明日までだから買うのやめようとか、何気なくやっていますよね。深刻な世情のなか、ネット通販を使う機会が増えるでしょうし、買いたいものがすぐに買えない事態も出てきています。カートとは生活の知恵なのかもしれないと気づかされました。■

*五蘊については、ここでは初期仏教ないし原始仏教におけるものとして、平川彰『インド仏教史 上』春秋社、『岩波仏教辞典 第二版』、馬場紀寿『初期仏教』岩波新書、Damien Keown, A Dictionary of Buddhism, Oxford university press等を参照しました

写真。配達員の方にはいつも頭が下がります