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黄色いお鍋は無敵の証

カタログギフトをもらったら、何を選ぶことが多いですか? 結婚式の引き出物なんかでよくいただく、あれです、あれ。
あれで何を選ぶかって、結構「流派」があるよなあ、と思う。
同僚とその話になった時は、食べもの派と食器派でだいたい二分されていた。ご家族とお住まいの方だと、みんなで相談して決めるよ、という派閥も。

私はというと、食べものにも心惹かれつつ、たいていは調理器具を選ぶ。ぴかぴかのバットひと揃いとか、なにもかもあっという間に千切りにしてしまうスライサーのセットとか、世にもおいしく目玉焼きが焼ける、曲線がうつくしい鉄製のフライパンとかそういったものを。
カタログギフトをいただくのは大抵結婚式や内祝いなんかのおめでたいシーンなので、台所に立ってそれらを取り出すたび、友人たちの照れたような幸せそうな、上気した笑顔が浮かぶ。

なかでも長い付き合いなのが、直径30センチほどの両手鍋だ。
我が家にやってきてもう8年ほどになるだろうか、鮮やかだった黄色の塗装も、そろそろだいぶくすんできている。
その間に私は結婚したり引っ越したりで台所用品を新調する機会もそれなりに得て、なんなら昨年は取っ手が取れることで有名な某社の鍋フライパン一式を購入したのだけれど、それでもこの黄色いお鍋は生き残ってきた。

友人との思い出が断捨離を邪魔しているわけではない(いや、それも少しはあるか?)。

このお鍋、蒸し器機能がついているのだ。
空気穴がいくつも開いた内蓋が付属していて、本体に水を入れて内蓋に蒸したいものを乗せ、外蓋をしてそのまま火に掛ければよい、という簡単仕様。
野菜を摂りたいときに大変重宝で、葉野菜、きのこ、パプリカ、長ねぎ、残り野菜を片端から放り込んで蒸せば、嵩が縮んでどんどん食べられる。

……いや、ていねいな暮らし人(くらしんちゅ)ぶった建前はやめよう。
「蒸し」の真骨頂は豚まんだ。それも、細長いビニル包装に3つか4つほどが入ってスーパーで売られている、あのチープなタイプが特によし。

そのことに気づいたのは、このお鍋を手に入れてから最初の冬だった。
私は件の豚まんが好きで、時々買う。小腹満たしにちょうどよいのである。
それまではレンジで温めていたのだけれど、よく見ると袋の裏には「蒸し器で温める場合」という説明書き。今まで蒸し器なんて持っていなかったので、自分には関係ないと無視していたものだ。

でも、もううちには蒸し器がある(正確には鍋だけど)。

早速お湯を沸かし、蒸してみる。
蓋を取って驚いた。蒸気をたっぷり含んだミルク色の生地が、つやつやと柔らかくふくらんで、まるで幼子の頬のよう。
レンジを使ったときは、温めすぎているのか皮の一部が硬くなってしまったり、表面が乾いてしまったりしていた、まあお安いからしょうがないわよねとそのまま頬張っていた、あのスーパーの豚まんが!

無敵だ、と思った。この鍋があれば、私は冬のあいだ無敵だ。
小腹が空いたときはいつでも、豚まんと水をお鍋に放り込んで火に掛け少々休憩していれば、こんなにあたたかくてふうわりとしておいしいものが食べられる。これを無敵と言わずして何と言おうか。

実際、それからは冬になるたび中華まんをよく食べた。もちろん、例のお鍋で温めて。
デパ地下で買ったあんまんや、到来物の一貫楼(神戸のおいしい豚まんのお店。神戸人の中では、これも派閥がありそう)も試してみて、そりゃあ素敵だった。でもやっぱりスーパーのあの、ぜんぜん本格的じゃなくて具もなんだか少なめの、おやつめいた豚まんがこのおいしさに、という魔法には何度でも驚いて、感動した。
仕事で疲れて帰った夜、空腹にぎらぎらとしながら思い切りかぶりつくのも、休日の朝に寝ぼけ眼でもふりと頬張るのも、どちらも幸せ。

そんなわけで、肌寒くなるたび活躍してくれるこの黄色いお鍋と過ごす冬も、(たぶん)8度目である。
今年もいそいそと、スーパーで袋入りの豚まんを買ってきた。4個入り、268円(税別)也。

しみいるような寒さの朝、薄暗い台所。例のお鍋に5センチほど水を張り、豚まんをふたつ並べて火に掛ける。
本当は先に水だけ沸騰させてから蒸したいものを入れるのが正しいのだろうけれど、ついこうして横着してしまう。そんな行いも懐深く受け入れてくれる気がするのが、長年連れ添った道具のいいところ。

しばらくすると、ガラス製の外蓋の内側がじわっと曇りはじめた。そのうち蒸気穴から白い湯気が漏れ出てきて、しゅうしゅう、と冬の音。しんと冷たく、よそよそしかったコンロの周りの空気が、徐々にぬくもり、潤びてゆく。

もういいかな。まだかなあ。

そわそわしながら眺めておよそ10分、火を止めてそうっと外蓋を持ち上げると、一気にあふれ出す水蒸気にぶわりと眼鏡が曇った。
あちち、と言いながら手に取る蒸したての豚まんは、あたたかな空気を思うさま抱え込んで、心なしか輪郭が緩み、ひとまわり大きくなっているような気がする。冷蔵庫のなかで冷えきり、かちかちだった白い肌は、ふわふわ、というよりはもう、ぽよぽよ、という感じの触り心地。

ああ、冬が来た、私の冬が。
火傷しそうに熱くやわらかなそれを二つに割ると、小麦と乳の甘い香りと、ふくよかな肉汁の気配とをたっぷり孕んだ湯気が豊かに立ちのぼる。思い切り吸い込んで、自然と頬が緩んだ。

今年も君は、無敵の証。






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