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富山旅の記録①|滴るような緑に分け入る、初夏の宇奈月温泉

富山へ行ってきた。

先日ヒグチユウコ展でご一緒したNさんの郷里が富山で、一度行ってみたいという話をしたら、ほんとうに案内してもらえることになったのだった。
一泊二日、一日目は温泉と自然を満喫し、二日目は富山駅周辺の美術館を巡るという欲ばりコースである。

サンダーバードと北陸新幹線を乗り継ぎ、富山駅でNさんと合流して、さらにローカル線に乗り換える。
電車を乗り換えるたび、初夏の山にどんどん分け入っていくような格好になり、車窓が緑に染まっていく。
移動時間はかなり長かったはずなのだけれど、景色に見とれていたらあっというまに宇奈月温泉駅に到着した。

ちょうどお昼時だったので、目についた定食屋さんへ。
飴色の床と机、ラミネートされたメニューがいかにも観光地の飲食店という感じで旅情を呼ぶ。

かき揚げの乗ったお蕎麦と一緒に、鱒寿司を注文した。お土産で買うとホールケーキみたいな大きさのをひたすら食べ続けることになるので(あれはあれで幸せだけど)、ひと切れ単位で注文できるのはありがたい。

メニューにあると食べたくなっちゃうよね、と何の気なしに頼んだ一品だったけれど、これが美味しかった!
ほどよく肉厚で脂の乗った鱒に、甘みが強めのむっちりした酢飯。まったりした組み合わせを笹の香りが爽やかに引き締めて、これならホールでいける……! と興奮。
店員さんがお皿を出してくれながら、「今日このお寿司がヒルナンデスに出るみたいなんですよ~」と仰っていたので、評判のお店のものだったのだと思う。

宿に荷物を預けると、ちょうど気になっていたトロッコの出発時間まで30分、というタイミングだったので、よし、乗っちゃおう、という話になる。

ミニチュアみたいな車体がかわいい

到着前は早めにチェックインして宿でゆっくりするのもいいよね、と話していたのだけれど、いざピカピカに晴れた温泉街に降り立って、オレンジ色のレトロなトロッコの車体を生で見てしまうと、むくむくと乗りたい気持ちが湧き上がってきたのだった。

そうそう、切符を取ってから駅の周りを軽く散歩していると、線路沿いに無人の日本酒試飲所を見つけた。しかも隣にはお茶碗一杯くらいのミニ海鮮丼を売る屋台が! そしてそのすぐ傍には無料の足湯。
温泉街、全力で人をダメにしようとしてくる。

200円でグラスに1杯、500円で3杯試飲できる仕組み。
今から山中を歩く予定なのでぐっと我慢して、今夜宿で飲むお酒をシミュレーションするにとどめた。

ずらりと並ぶ4合瓶に後ろ髪を引かれながら、トロッコの駅へ。

さぞ混んでいるだろう、と思ったらまさかのガラガラで、ひとつの車両を貸切る形になった。

※ゴールデンウィーク中の写真です

ゴールデンウイーク中とはいえ飛び石の平日はこんなもんなのかしら、と思っていたら、あとからすれ違った別のトロッコはどれもお客さんを満杯に積んでいる様子。どうやら私たちが乗った時間帯だけ、ガラガラに空いていたらしい。
そういえばNさんと出かけるとこういうことがよくある。温泉宿の大浴場が貸し切り状態だったり、評判の展覧会がガラガラだったり。お天気も悪かったことがないし、Nさん、旅行の神さまに愛されているのかもしれない。

ごとん、と大きく揺れてトロッコが走り出した瞬間、爽やかな風が車中に吹き込む。
簡素な車体の作りからは想像できない力強さで、橋を渡りトンネルをくぐり、ぐんぐん山を登っていくトロッコに乗っていると、ディズニーランドのアトラクションに乗っているような非現実感が湧いてくる。大げさなくらい揺れる車体、窓から下を覗き込むとお腹の底がひやりとするくらい切り立った崖の間際を走る車輪、トンネルに入ったときの耳を聾する轟音!

窓の外には文字通り滴るような緑を湛えた山々と、きらきら光る黒部川がどこまでもついてくる。さんさんと日光を浴びながら、透明な風に吹かれながら、それらを眺める幸せときたらない。

特に、普段大都市の中の濁った川しか見ていない身にとって、黒部川の美しさは衝撃だった。
浅瀬では川底がはっきり見えるくらい澄んだ水が、深いところでは翡翠のようにとろりとした緑色になる。木々の緑ともまた違う、春の空のような、異国から流れ着いたシーグラスのような、柔らかでまろく角の取れた碧。車窓から見えるたびに、食い入るように見つめた。

圧倒されるような自然の造形に食い込むようにして、ときおり人工物が目に入る。
巨大な建造物や重機がやけに小さく、なのに誇らしげに見えるのが不思議だった。

出し平ダム
突然のKOMATSU王国
コンクリを練ってるっぽい施設 舗装用かな?
お城みたいな発電所とお猿の図

乗車中ずっと、トロッコと黒部峡谷の開発にまつわるアナウンスが流れていて、その中には「山の中ではたらく人」、トロッコの運行を支えるスタッフさんや発電所で働く人に関する内容もあった。
すれ違う別のトロッコの「特別車両」、つまり普通の電車のように堅牢な壁と窓のあるタイプの車両の中に、窓枠に肘をつき、ぐっすり寝込む作業服の若い男性が見える。冬はトロッコが運休するので、空気穴の開いたトンネル状の冬季歩道を歩いて通勤するらしい。気が遠くなるような話だと思った。

これが日常の人もいるのだなあ、と、当たり前のことを考えているうちに、鐘釣駅に到着。坂道と階段を下って15分程度歩き、トロッコの中から指をくわえてみていた、美しい河原に降り立つ。

「河原露天風呂」といって、そのへんを掘ると温泉が湧く名所らしいのだけれど、この日は川が増水しているからということで温泉掘りは禁止だった。
でもやっぱり河原には降りたいよねえ、ということで行ってみると、岩に遮られてちょっとした池のようになっているエリアから、なんとなく温かい空気が。これはもしかして……と手をつけてみると、あったかい! 天然の足湯だ!!
迷わず靴と靴下を脱いで、足をひたす。ちょっと熱めのお風呂くらいの湯加減である。道中かなりひんやりした風を浴び続けていたので、温かいお湯が体にしみる。お尻の下にごつごつした岩の感触、すぐ傍ではエメラルドグリーンの川が滔々と流れていて、頭上にはうっそうと茂った緑。天国か?

しあわせすぎて陶然としていたら、いつのまにか履いていたズボンの裾がぐっしょり濡れていた。ベージュのワークパンツなので濡れたところがわかりやすいったら。
膝上までまくっていたのに。同じ便に乗っていた、小学生男子もテンションの高い若者も特に服は濡らしていなかったのに。なかなかの恥であるが、旅先なのでかき捨てることにする。

しあわせ足湯とぐしょぐしょのズボン

散策のために設けられた時間はあっという間に終わって、また階段と坂道で駅へ戻る。結構な急勾配でひいひい言いながら登るけれども、なんとなく足が軽い。温泉パワーだ。

そのまままた一時間、アトラクションめいたトロッコにゆられて人里へ帰り、宿へチェックイン。昼過ぎに到着したとは思えない、濃い経験の一日目だった。

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