村上春樹とNTR文学 『女のいない男たち』

2021年04月07日
ここ最近、村上春樹にハマっている

 きっかけはラジオ。
 今、僕の家にはテレビがなくて、一人暮らしの家は妙に静かでサワサワしてしまう。youtubeを垂れ流していた時もあったけど、5分おきに不愉快な筋肉増強剤のCMが挟み込まれるので、近くのディスカウントストアで500円の昔ながらのハンディーラジオ(おじいちゃんが川辺で座りながら競馬中継聞いてるアレ)を買って、無音を紛らわしていた。その後radikoの存在を知ってからは使わなくなってしまって、燃えないゴミの日に出してしまったけど。
 
 そうしてラジオが日常的な存在になったある日、「村上ラジオ」なる番組が不定期で放送されていることを知った。パーソナリティーの村上春樹がおすすめの曲をダラダラ流していく番組で、最高に楽しい番組な訳ではないけど、無音を紛らわすにはちょうどいい番組だった。

 こんばんは。村上春樹です。「村上RADIO」、今年もよろしく……なんて言っている暇もなく、もう2月の末になってしまいました。お元気ですか? 今年もなんとか健康に乗り切りましょうね。いろいろあるとは思いますが、やはり健康がいちばんです。「一に足腰、二に文体」というのが僕の人生のモットーです。

 「一に足腰、二に文体」ーー。
 そう語る村上春樹は(僕は村上春樹を彼の本とラジオでの喋り口しか知らないけれど)至って普通の、なんならちょっと野暮ったくてダサめの、ジャズとビーチボーイズとランニングと猫が好きな中年オヤジという印象。
 だけど、このおっちゃんの書く文体のイキで、ワイルドで、シニカルで、リズミカルでカッコいいこと。
 このギャップに僕はハマってしまっている。

『女のいない男たち』

 このタイトルはヘミングウェイの『Men without Woman』から引っ張ってきたタイトル。愛する女を失った男たちをモチーフにした短編集。
 なぜ、女は男の前から姿を消したのか。
 とどのつまり、NTR、ネトラレ、寝取られたのである。

 この本の始めに収録されている『ドライブマイカー』では主人公の中堅俳優・家福が新しくドライバーとして雇う無口なヘビースモーカーの女・みさきに、亡き妻と、妻と関係を持っていた男の話を語る。
 家福の妻は女優で彼より二つ年下。顔も美しい、いわゆる美人女優で、家福は妻のことを愛していた。家福は妻以外の女と寝たことはなかった。
 しかし妻はそうではなく、ある時から同じく俳優の男たちと次々と関係を持つようになる。家福はそれに気付いていたし、だからと言って妻を咎めるようなこともしなかった。
 ある日妻が子宮癌で死ぬ。その後家福は、妻と関係を持っていた男の一人と友達になろうとする。

 「どういえばいいのかな……僕は理解したかったんだよ。どうしてうちの奥さんがその男と寝ることになったのか、なぜその男と寝なくてはならなかったのか。少なくともそれが最初の動機だった」

 高槻というその男はいわゆる二枚目。顔が良くて身長も高いが、演技がうまいわけでもなく味もない、爽やかなだけの薄っぺらい役者だった。家福は高槻に話しかけ、酒を飲み交わすようになり、亡き妻(高槻にとっては一度寝た女)について語り合うようになる。

「でも、はっきり言ってたいしたやつじゃないんだ。性格はいいかもしれない。ハンサムだし、笑顔も素敵だ。そして少なくとも調子の良い人間ではなかった。でも敬意を抱きたくなるような人間ではない。正直だが奥行きに欠ける。弱みを抱え、俳優としても二流だった。それに対して僕の奥さんは意志が強く、底の深い女性だった。なのになぜそんななんでもない男に心惹かれ、抱かれなくてはならなかったのか、そのことが今でも棘のように心に刺さっている。」
(中略)
「奥さんはその人に、心なんて惹かれていなかったんじゃないですか」とみさきはとても簡潔に言った。「だから寝たんです」


 男は大層傷つきやすい

 男ってなんて弱い生き物なんだろうか。
 女を失った男たちは一様に、自分の価値の無さに打ちのめされる。
 女に怒りをぶつけるわけでもなく、寝とった男に復讐するわけでもなく、自分の存在を否定し、心に追った深い傷をグッと奥底に仕舞い込んで、何もなかったかのように振る舞う。女を奪われた事実を客觀視し、諦観の姿勢を装う。けれど、隅に追いやった精神の痛みは呪いみたいにつきまとってくる。
 僕の経験上、女の人は昨日別れた男の悪口を平気で言うけど、男は口が裂けてもそんなこと言えない。代わりに呪詛のように、自分のダメなところを並べ立ててどんどん卑屈になっていく。自分を卑下するのに疲れると、仕事に勉強に勤しんで、意識的に彼女のことを忘れようとするけれど、夜寝る前なんかにフッと彼女の怨霊が枕元に現れて、罵声を浴びせてきて眠れなくなる。
 そうして、また卑屈になって、生活に忙殺されることで思考を停止させ、忘れた頃にまた怨霊が現れる。
 いつになったら心の傷を癒せるのかというと、新しい女と出会った時であって、また何時その新しい女に手痛く傷つけられるかもわからない。
 女の仕打ちを罵ることも、苦しさに涙流すことも許されない。男だから。男はいかなることも他人のせいにしてはいけないし、男は弱さを見せてはいけないから。

 そう考えると、この短編集は村上春樹の作品でたびたび登場する”タフ”であったり”ハードボイルド”といった概念を裏面から見たような作品になっているようにも思える。
 何より、文体の軽快なリズムがよくって、とても読みやすい。
 男の人も女の人もおすすめ。

 あと今(まさに今、一個上の行まで書き終えてこの文章終わろうとしてた時!)知ったんだけど、『ドライブマイカー』映画化するんですってね!!!!福家が西島秀俊で高槻が岡田将生!!!監督は黒沢清!!!!最高ですっ!!!!!!!!!!!

※以前書いていたアメブロからの転載記事です。
https://ameblo.jp/yosidayy/

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