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夏の夜に

夏の夜、ベランダ。とろりとした空気が肌にまとわりつく。

灯り。まわりの家々から。
明るい夜空が、もう一段明るくなる。
月が出ていればさらに。

だから、夏の夜空は濃紺。冬は漆黒。
手触りも違う。とろりと、さらり。

向かいの家の上空に、光の点をとらえる。

ひとつ、またひとつ。もうひとつ。

次々に見つかる光の点をつなぐと、釣り針のような形、さそりの全身が浮かび上がる。

夏の星を見上げるのは、久しぶりだ。
あまりの暑さに窓を開ける気にもならなかったのと、来るのか来ないのか分からない雨雲が、夜になると範囲を広げてこちらの様子をうかがっていたから。

今夜は、昨晩ほどの気温ではない。
でも暑い。長居は禁物。
「酷暑」という二文字が職場のパソコン画面の端に毎日表示されるのにも、ニュースでアナウンサーが「災害級」を連発するのにも、慣れてしまった。


寝付けない夜にベランダに出ると、時々石鹸の香りが運ばれてくる。
こんな時間にお風呂なのだろう、お疲れ様です。

普段顔を合わせることのないご近所さんに、心の中だけで会話。

住宅街に暮らしていると、それぞれの家ごとに流れる時間の一部が、音や匂いで運ばれてくるのが面白い。

とくに夕方から夜。
包丁で刻む音。
食欲そそるスパイシーな香りとか。

ザクッ、ガランガラン。
グラスに氷を入れる音も。
近所には風鈴もあるし、今年はとくに涼やかな音色に困らない。

先日お昼の番組で、今話題の商品として“数種類の自然の音を楽しめるスピーカー”を紹介していた。

薪が燃える音。
雨音、波の音。
鳥のさえずり、カフェの喧噪など。

私が落ち着く自然の音は何だろう。
考えてみて、すぐに思い当たった。

雨の音。

寝苦しい夜、開け放した窓から冷たい風がすべり込むと、雨が降り出すサイン。

ポツ、ポツ。

繰り返す音は長さと量を変えていき、サー、もしくはザー、と本格的に降り始める。
耳を傾けているうちに、嫌々冴えていた意識が断続的になり、瞼が自然にくっついて、気付けば朝になっている。

夏に限ったことではない。どんな季節でも、夜の雨の音は、私の心を静かにしてくれる。



暑い夜に欲しくなるもの。

……ソフトクリーム。

囓ったあとも形がしっかり残るくらいの、絶妙な固さも好き。お風呂上がりには、そんな風なコンビニやスーパーのソフトクリームを食べたい。

でも、夏の夜のベランダは。
観光地の売店で見かけるような、手渡された瞬間からもう溶け出すくらい柔らかく、バランスを崩さないよう気を遣って持ち運びしなくてはいけない、あのもろくて安くて懐かしさのあるソフトクリームが食べたい。
口いっぱいに広がる「涼」を感じていたい。

エアコンの効いた部屋ではよくない。
あー、暑いな、って汗がにじむくらいの、文句のひとつふたつが出てくるくらいのまだるっこさが欲しい。
かき氷は冷たすぎる。
有無を言わせない直感的な「ツメタイ…!」ではなく、「つめたいねぇ」と口にできるくらいがちょうどいい。


何の話をしていたかな。
暑さのせいか、最近は思考がぐるぐる回りすぎたり、急にぼんやり停止したり。
ここ数日は、わざとインプットの時間を増やしていた。

森林浴、カフェラテ、木漏れ日、影、入道雲......

夏の欠片を拾っては、手のひらで持て余して、書きかけのまま投稿できずにいたけれど。
今夜は力を抜いて、何とか形に。


みなさん、暑い中毎日お疲れ様です。
水分をたっぷり取って、できるだけ体を休めてお過ごしください。


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