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ちゃんばら多角形(ポリゴン)

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ちゃんばら多角形(ポリゴン) 最終回

第50話 その後の事

【顕如の日記】

天正十二年一月一日

 岸和田と根来雑賀の大戦は、昼前にすべて終わってしまった。逃げ延びてきた一揆衆は、大蛸に乗った法師に蹴散らされたと語っているそうだが、馬鹿馬鹿しい、夢でも見たのだろうか。しかし怪我人は多数出たものの、死人は思ったほど出なかったというのだから、何があったにせよ良い事だろう。ただ卜半斎によれば、一揆衆の逃げた後に伴天連の死体があったという

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ちゃんばら多角形(ポリゴン) 49

第49話 サヨナラの空

「ピクシー、ドローンの消火剤充填は」

「三分で終わると言えるね」

 ナギサの操るオクタゴンは、一揆勢を岸和田の外にまで追い払っていた。まあ実際には一揆勢だけではなく、岸和田方の侍たちまで逃げ出したのだが、それはやむを得ないだろう。町の入り口辺りは、かなりの面積が焼かれていた。板葺き板張りの家々はよく燃え上がっている。放っておけば町全体が丸焼けになるに違いない。

「充

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ちゃんばら多角形(ポリゴン) 48

第48話 日の本一の

 巨大なタコの如き怪物は、まさにゲームチェンジャー、その登場ですべてが変わった。中村一氏も与力衆も、呆然としている。

「あれも法力ってヤツなんですかね」

 海塚の言葉は、果たして誰に向けられたものだったか。

「法師殿の力ですよ、きっと」

 孫一郎の言葉には、確信があった。

 さしもの服部竜胆も、この展開には驚いたのだろう、唖然とした顔で巨大なタコの歩き回る様を見つ

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ちゃんばら多角形(ポリゴン) 47

第47話 起動

 路地の奥、ナギサは身を隠している。コートの中にみぞれを包み込みながら。みぞれは祈っていた。ただ祈っていた。

――時が見える。未来が見える。でも、それが全部じゃない。見えるものもある。でも、見えないものだってある。私たちは細い糸の上を、ただ落ちないように歩いている訳じゃない。広い野原をさまよっているのだから。

――遠くに山が見える。何処にいても見える。けれど山に行く道は何本も

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ちゃんばら多角形(ポリゴン) 46

第46話 中央突破

 松明を種火にして、鉄砲の火縄に火を付ける。一揆勢はおよそ三百メートルの距離を置いて、守る岸和田勢と対峙している。すぐに攻めても良いのだが、どうせなら鉄砲の準備ができてからの方が楽だ。侍同士の戦ではない。一揆には一番槍もクソもないし、自分たちのペース、自分たちのタイミングで戦を始めるつもりであった。松明の数も増やす。灯りではない。岸和田の町を焼くための火である。

 部隊の指

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ちゃんばら多角形(ポリゴン) 45

第45話 怒濤とイナズマ

 遠い地鳴りはいつしか明確な足音となり、小瀬の惣堂の中に響き渡った。百姓たちは身を寄せ合い、恐怖に耐えている。その緊迫感が頂点に達しようとしたとき、百姓の子供の一人が気付いた。

「お父う、何か燃えてる」

 言われてみると、確かに何やら焦げ臭い。やがて目が痛くなってきた。煙が入ってきている。そして誰かが声を上げた。

「上!」

 屋根の内側に、赤いものがちらついてい

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ちゃんばら多角形(ポリゴン) 44

第44話 近づく足音

 和泉山脈の稜線から白い光が漏れ出した。初日の出であり、正しい意味での元旦である。陽光は狭い和泉国南部の平野部を照らし、それは一揆勢の足を一層速めた。街道を進む部隊はもちろん、田や畑の真ん中を進む者たちも、ほぼ駆け足で進んだ。必然、足音はより一層大きくなる。

 その遠い地鳴りのような音に、忠善は気づき目が覚めた。随分と眠った気がする。惣堂の戸の隙間から、外の光が差し込んで

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ちゃんばら多角形(ポリゴン) 43

第43話 軍勢三万

 年が明けた。いずこの寺が打つものか、除夜の鐘の音が響いている。灯明の火がともる小瀬の惣堂の中では、皆が互いに頭を下げていた。

「明けましておめでとうございます」

 その声は明るく聞こえる。だが努めて明るく振る舞っているに違いない。忠善はそう思った。惣堂の奥には杉乃助が二つの餅を重ねて置いてある。武家の具足餅の真似事なのだろう。一揆勢の襲来を恐れながらも、正月を祝いたいと

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ちゃんばら多角形(ポリゴン) 42

第42話 年越の酒宴

 岸和田の町は静まりかえっていた。人の気配がまるでない。多くの人々は戦を恐れ、家財道具もろとも大津や堺の知り合いなり、親類縁者なりの所へ逃げ込んでいるのだ。故に今、岸和田には人の居ない家々が立ち並んでいる。その一つ、通りに面した小さな家の戸がこじ開けられ、奥の部屋に人の気配があった。

 服部竜胆は、灯明一本の灯りの中、立ったまま一糸まとわぬ姿になった。美しい玉のような肌。

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ちゃんばら多角形(ポリゴン) 41

第41話 井戸端

【顕如の日記】

天正十一年十二月三十一日

 寺内町からは人の賑わいが消えてしまった。聞けば岸和田の町も同様だという話だ。みな戦を恐れているのだろう。噂通りなら、根来雑賀が大挙して岸和田を襲うという事である。雑賀衆の鉄砲の威力は、私が一番知っている。大坂の戦では、本当に頼りになった。そして根来の行人の強さも良く知っている。根来雑賀の一揆衆は、今となっては随一の一揆であろう。正

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ちゃんばら多角形(ポリゴン) 40

第40話 起死回生

 しばらくして、みぞれは立ち上がった。

「壁は消えたよ」

 町娘は刀を一度、片手で横なぎに振った。当たるものはない。

「なるほど」

 しかし町娘は近付いてこない。

「みぞれ、おいで」

 笑顔で少女を呼んだ。みぞれはゆっくりとした足取りで、町娘に向かって歩いて行く。孫一郎は止めようとしたが、ナギサは倒れ、雪姫は亡霊のように立ち尽くしている。この状態では身動きが取れな

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ちゃんばら多角形(ポリゴン) 39

第39話 緊急避難

 何処かで見た顔だ。町娘を見て、孫一郎はそう思った。だが何処で見たのかまで思い出せるほどの余裕はない。

「おまえたちは何者だ、我らに何の用がある」

 おそらくは雪姫を追ってきたのだろう、そんな孫一郎の考えをあざ笑うかのように、町娘はこう言った。

「何だ、まだ話していなかったのかい、みぞれ」

 みぞれは真っ青な顔で立ち尽くしている。町娘の笑顔は邪悪に歪んだ。

「その子

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ちゃんばら多角形(ポリゴン) 38

第38話 襲来

 早朝。かろうじて足下が見える程度の明るさの頃合い。まだ戦の始まる様子はない。海塚の家の戸が開き、旅姿の孫一郎とナギサ、そしてみぞれが外に出てきた。三人は戸の内側に頭を下げた。

「お世話になりました」

「まあ気をつけて行ってください。あなた方に死なれると、さすがに後味が悪いので」

 戸口に立った海塚の声は、心なしか優しくも聞こえた。

「いつか落ち着いたら、手紙を書きます」

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ちゃんばら多角形(ポリゴン) 37

第37話 自分のために

 海塚の家の裏にある小さな畑。ナギサはまた一人で空を見ていた。風は強いが雲は少ない。雪は降りそうになかった。

 中村一氏が孫一郎を呼び出す理由など、雪姫の事以外にはないだろう。孫一郎はどうするだろうか。まあどんな頼みであれ、断れはしないだろう。雪姫のためと言われれば、二つ返事で引き受けるのではないか。

「雪姫のためじゃないよ」

 小さな声に、ゆっくり振り返ると、みぞ

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