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柚子、24歳。しばしお暇いただきます。

職業:社畜

自己紹介にそう書きましたが、実はいま休職しています。
診断書には、「うつ症状・適応障害」の文字。

会社では割と穏やか愉快ないじられキャラだったので、
「げんきで陽気なうつです!1ヶ月お休みいただきます、すみません!」
と言い残しまくりはや3ヶ月弱。

休みのわんこそば のような感じで、
診断書の期限が近づくとあと1ヶ月ゆっくりしてくださいとお医者さんから指示。

もうすぐまた診断書の期限。
多分今度こそ復職な気がするのでいまの正直な気持ちをここに残そうと思います。
柚子、24歳。ゴンも慎二もいないけど、しばしお暇いただきます。

激務な日々

仕事は一応土日休みだけれど、実際は勤務時間も休みも不規則で、
繁忙期になれば深夜3時まで会社にいたり、休日出勤にも慣れっこだった。
慣れっこというより、もう慣れる他ないのだ。
深夜タクシーのおじさんたちに励まされる時間が癒しだった。

1年目の頃は特にしんどかった。
先輩に「頑張れば休みはちゃんと作れる」と言われ衝撃を受けたのを覚えている。
休みって、週に2回存在するものじゃなくて、こじ開けるものなのかと思った。

何度も会社を辞めようと思った。
深夜に会社でひとり作業していた時無意識に泣いたりした。
退勤だ〜!と会社の外に出た瞬間涙が出てくることも度々あったし、
帰宅して家のドアを開ければ泣いたし、寝る前も一人で泣いた。泣きまくりや。

何もできないのも、頼るのが苦手なのも、断れないのも、無理に笑顔でいるのも、
情けなかったし、そんな自分が悔しかった。

限界の存在

なんだかんだ自分はタフだと思っていた。いやタフな方だとは思う。
体力的にも、メンタル的にも激務だけど、投げ出すことはなかった。

そしてなんだかんだ働くことがすきだった。
自分がやりたかった業界にいること、同期先輩に恵まれていること。
仕事が落ち着くと達成感にヒタヒタになって、結局楽しいじゃん!と思えること。
辞めたいとは何度も思ったけど、結局辞めずにいる。

でも年末から自分の気持ち・身体に違和感を感じるようになった。
ベッドから出られない、涙が止まらない、社内外関係なく誰にも会いたくない、
会社へ行くのがだるい、食欲もない、疲れてるのに眠れない、微熱が続く…

自分の時間がないストレスが2年分溜まっていま来たのかもしれない。
秋の残業まつりのツケが冬に時差で来たのかもしれない。
仕事とは別軸で、コロナうつもあったと思うし、嵐ロスもあったと思う。
会社に行っちゃえばニコニコできるのに、とにかく急に何もできなくなった。

人に言われたこと

大学時代、「柚子の仕事はほんとに忙しいんだから無理するなよ、
自分を蔑ろにしがちだから心配だよ、なんかあったら相談するんだよ」と
当時よくしてもらっていた人に言われた。やさしいね。
結局向こうも社畜でご飯誘っても既読スルーされまくったが。

忙しすぎてしんでいた1年目の夏、
「柚子っていつも笑ってるよな、たのしそう」先輩にそう言われ、
「癖なんです、笑いたくて笑ってるわけじゃないです」と返した。
自分の口から出た言葉に自分でびっくりした。そうかこれは癖なのかと気づいた。
先輩には「なんか悲しい癖だな」と言われた。

楽しそうに見せること、明るそうに見せること、誰とでも同じように話すこと、
嫌なことに気づかないふりをすること、自分を後回しにして他人を優先すること、
本性のネガを覆うために無意識に色々身につけてきたみたい。
強みだと思っていたことは、思い込みだっただけかもと最近思ったりする。

穏やかな日々

3月くらいからお休みをいただき、もうすぐ3ヶ月。
最初は社携が鳴ることも多く家でソワソワ、結局PCの前が定位置。
医者に休めと言われてもメールを開いてみたり、2週間くらい落ち着かなかった。

会社からの連絡も落ち着き、
いざ休むぞ!と意気込んだものの休み方が分からない。
社畜で人の誘いをドタキャンしてきて、声をかけられる友人も減っていた。
今までそのショックを受ける余裕もなかったから、時差でHPが減った。

そこから期限までの3週間、何もせずに過ぎていった。
やりたいことはあるのに、向き合う体力がなかった。
砂時計がサーーーッっと落ちていくのをボーッと見てるだけというか、
去っていく日々に何も抗えず、すきだったDVDを見ても何も感じなかった。

結局休職1ヶ月は延長戦になった。すぐ治さなきゃという気持ちが解けた。
地元の桜が咲いていく様子を毎日眺めていたら心が少しずつ動くのを感じた。
今まで会えなかった人に会おう、やりたかったことをやろう、
わたしはニートだ、時間はある。社畜だったんだ、少しくらい休んでも大丈夫。

会いたかった人たちに会えるなら、都合のいい女でもいい。よしなってやろう。
予定全部合わせるからあそぼ〜!思いつく友人片っぱしから連絡した。
寝るだけだった一人暮らしの部屋に友人たちを呼び、何度か宅飲みをした。

1回目の緊急事態宣言でハマったお菓子作り、もう一回やってみよう。
実家にいさせてもらってる間なんか還元せな。この家のお菓子は枯らさないぞ…
親孝行にもならないゆるーい使命感で固いプリンのドツボレシピを見つけた。

母に洋服作りを誘われた。花柄のワンピースを作った。
服飾デザイナーでバリキャリだった母に、わたしは小さい頃から憧れていた。
まさかこのタイミングで自分が洋裁に挑戦することになるとは思ってなかったが、
久々の家族と過ごすゆっくりした時間に、心が満たされていくのを感じた。

復帰にむけて

正直、前と同じようにゴリゴリ働ける自信はここ3ヶ月でなくなった。
ちゃんとご飯を食べて、お風呂に浸かって、夜は寝る。
人間らしい、生き物らしい生活をしてただけ、正常に戻っただけだ。

働かないわけにいかないし、仕事がきらいなわけじゃないし、
すきを仕事にできるに越したことはないけど、からだを壊すわけにいかない。

まだ答えは出ないけれど、自分に合う働き方、生活の仕方が見つかるといいな、
同じように悩んでる方もそうなればいいなと思っています。
こういう話、あんまり堂々と話すことでもないよなとは思いつつ、
考えるきっかけになればなと思って書いてみました。

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