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3/26 「さすがです品子さん」超短編小説

3月26日 食品サンプルの日
サン(3)プ(2)ル(6)の語呂合わせから。
食品サンプル会社が制定。

オレの彼女の品子は料理がうまい。
食品サンプルの会社に勤める品子は、良いサンプルを作るためにとても勉強熱心。
おいしそうなサンプルを作るには、おいしい料理をよく見て観察することが大切と考えているから、料理の研究も欠かさない。
料理の色つや形を研究するためにたくさん料理を作り、オレにもたくさん食べさせてくれる。それのうまいことうまいこと。

オレは品子がいないと生きていけない体になった。いや本音を言えば品子の料理がないと、だが。完全に胃袋をつかまれたってやつだ。

欲を言えば3食作って欲しい、一緒に住みたい。
しかし実家住まいの品子は、実家の広々としたキッチンから離れたくないらしい。
それならとオレはアパートの合鍵を渡した。
いつでも来てね(ごはんつくってね)と言って。


品子と付き合って3年たったころ、オレは会社の同僚と浮気した。向こうも彼氏がいるしお互い割り切った付き合いができて都合がよく、何回か誘ったりまたは誘われたりした。
悪いことはできないもので、その同僚は品子の友達の友達だった。

同僚はオレの写真を見せながらオレとの浮気を友達に話した。
友達はオレの写真を見て品子の彼氏だとすぐに気付いた。以前、3人で飲んだことがあるからだ。すぐに品子に電話をして知らせた。

その時、オレ達は品子が実家で作って持ってきた料理をアパートで一緒に食べていた。
おいしい料理で天国気分が、その電話を境に地獄と化した。

電話の途中でなにかやばいことが起きていることにオレは気づいた。
電話で話をする品子の声のトーンがどんどん低くなっていき、オレを虫けらでも見るような目で見てきたから。

品子が電話を切りテーブルを指でコツコツ鳴らしながら言う。
「へえ、浮気してるんだ」
エ、ナンノコトデスカ。オレの目が泳ぐ。
「いま友達から全部聞いたよ。あんたの浮気相手、わたしの友達の知り合い」
へえ、すごい偶然ですね。あはははは。
「わたしにご飯作らせてばっかりで、自分は浮気とはいいご身分だな」
怖い、こわいです、品子さん。
「わたしはあんたの家政婦じゃない」
ごもっともです、ごめんなさい、許してください。
「もううんざり。別れる」
食べかけの料理を全て素早くタッパーに詰め直すと、それを持って品子は出て行ってしまった。

オレのメシ……
じゃなかった、しなこぉぉぉ!

すごい剣幕でまくしたてられると言葉を発せなくなるということをオレは知った。


それから3か月くらいたっただろうか、品子の料理が恋しくて限界を迎えそうになっていたある日。
仕事が終わり、腹を空かせてアパートにたどり着き、自分の部屋をふと見上げるとあかりがついている。

もしかして、品子が来ている?

オレは急いでアパートの階段を駆け上がり、玄関の鍵を開けた。
開けた瞬間から漂ってくる、これはまさしく品子のデミグラスソースの匂い。
オレは思わず笑みを浮かべた。

「ただいま」
言っても返事はない。狭い部屋だ、一見すればすぐ分かる、品子はいない。
品子の姿はないものの、ダイニングテーブルには俺の好物のデミグラスソースたっぷりハンバーグと、とろとろ玉子のオムライスと、甘くとろけるコーンスープが所せましと並んでいる。

うわあ俺の好物ばかりだ、嬉しい。この料理は仲直りのしるしってことでいいのかな。
でもなんで一人分しかないのだろう。品子はどこ行った?

品子のことが気になりつつも目の前の誘惑には勝てない。
何日も恋焦がれた品子の料理。
うまそう、だめだ、耐えられない、早く食べたい。
よだれが染み出て口の中は準備万端。
しかし皿を手に取ってその違和感にすぐ気が付いた。


あ・・・これ食品サンプルだ。


そこで冷静になり部屋を見回すと、部屋に置きっぱなしになっていた品子の私物がなくなっていることに気が付いた。

玄関を見ると、品子の靴はなく、ここに品子がいないことは一目瞭然だ。
帰ってきた時にすぐ気づくべきだったが料理の匂いに夢中で気が付かなかった。

しかも玄関扉に備え付けの郵便受けの上に張り紙が張ってあり「↓カギ」とある。
郵便受けの中を見てみると品子に渡した合鍵が入っていた。


あれ、じゃあこの料理の匂いは・・・?
オレをだますためにわざわざここに料理を持ってきて匂いをつけていったのか?
ははは、すげえな。ここまでするか、普通。
万事ぬかりなし。寸分の狂いもなくきれいにだまされたわ。

匂いだけでもと思わず深呼吸するが余計に腹が減る。
目の前にはこれ以上ないくらいおいしそうな料理。デミグラスソースもふわふわ玉子もつやつやと光輝いていて見事な出来栄え。
食べたい、でも食べられない。腹の虫がきゅるるるとひもじそうに鳴く。

オレにとってこれ以上ないお仕置きだ。辛すぎる。
さすがです、品子さん。オレのことよく分かってる。
惚れ直しそうだ。
美しい出来栄えの食品サンプルを、オレはいつまでも未練がましく眺めていた。

おしまい


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