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【掌編】魔法の水 “小さな口福”

ずらりと鶏の胸肉が並んでいる。

合計4枚。
皮はすでに剥ぎ取られていて、淡い桃色のツルリとした生々しい肌が露わになっている。

もも肉は2枚で1羽分というのはわかるけれど、胸肉はどうなのだろう。
右と左の乳房のように、これも2枚で1羽分なのだろうか。

いや、鶏は哺乳類じゃないから、いわゆる胸はなかったか。

すぐ横に計量カップ。
中には200ccの水に大体小さじ2杯ずつの塩と砂糖。
ブライン液というらしい。
うちでは「魔法の水」と呼んでいる。
鶏の胸肉のようなパサつきやすい肉を柔らかくぷりぷりした食感に変えてくれる。
初めてネットの記事で見て、半信半疑で試したら、確かに胸肉のパサつきが少なく、すっかりうちでの定番になった。
浸透圧だかなんだか、詳しいことはわからないけれど、塩と砂糖の量が多くなりすぎると、味が抜けてしまうとか。
それさえ守ればまず間違いない。

今日は鶏肉が特売で、思わず2パック買ってしまった。
いっぺんに食べるには多分多すぎる。
全部ポリ袋にわけて、ひたひたに「魔法の水」を注ぎ入れて、口を縛って冷蔵庫。
そのまま冷凍出来るという説と、美味しくなくなるという説があり、私は後者を採用している。
単にわざわざ解凍するのが面倒くさいからというだけなんだけど。

さて、これをどうしようか。
うまくすれば4回分のおかずができる。
サラダチキン、よだれ鶏、蒸し鶏のネギソース、そぎ切りにして鶏マヨや鶏チリ。

食べたいものはいくらでも思いつく。
何を作ろうか、考えるこの時間が好きだ。

そして鶏肉好きの君が、笑顔を綻ばせる瞬間が、大好きだ。

そういえば、君がこの間、インスタで見たとか言ってた、あれも鶏料理だった。
ジーバイ?だったっけ?
検索してみると、ジーパイらしい。
レシピも色々出てきた。
五香粉…はないけれど、その分ちょっとニンニク生姜を多めにすればいいか。
2人とも本場のを食べたことがあるわけじゃないし、まぁ、なんとかなるだろう。

3袋を冷蔵庫にしまい、1枚だけ一旦まな板にのせる。
観音開きに切り開いて(実はこの作業ちょっと苦手なんだけど)、ラップをして、上から綿棒で叩く叩く叩く。
今帰ってこられたら、確実に、「何怒ってんの?」と恐々怪訝そうな顔をされるだろう。
平べったくなったそれを、もう一度「魔法の水」につけて、その間にスパイスを合わせる。と言っても、塩胡椒に砂糖とニンニク生姜のチューブを入れるだけなんだけど。

君が帰ってくるまで、あと30分。
帰ってすぐにお風呂に促して、その間に「魔法の水」から取り出した肉にこのスパイスミックスをまぶしておけばいい。
君が風呂から上がった頃に、衣をつけて、服を着る頃に揚げ始めれば、きっと熱々カリカリサクサクの新作料理がちょうどなタイミングで出来上がる。

すっかり楽しくなってきた。
早く帰ってこないかな。
ああ、でもあまり早く帰ってきてしまっても、せっかくの「魔法の水」の効果が染み込まない。
いつも通りくらいに帰っておいで。

あ、そうだ、もう一つの魔法の水を冷蔵庫に入れておこう。
茶色くて、苦くて、シュワっと泡が出るやつを。
きっと新作唐揚げにピッタリだろうから。

ーーーーー了

#私のイチオシレシピ

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