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【今でしょ!note#6】 無闇に勉強しても血肉にならない

おはようございます。林でございます。

山口周さんが時間泥棒と戦うための「5つの断捨離」という話をされていて、非常によい気付きがありましたので、ご紹介します。



時間泥棒とは

時間泥棒とは、人から奪った時間を富に変えている企業・人のことです。
レストランでもゲームでも、人間に与えられた24時間という時間を如何に使ってもらって、そこでお金を落としてもらうか、あるいはその時間を他人に渡して収益を上げるビジネスモデルになっています。

代表的なのはSNSで、FacebookでもGoogleでも、本質的には広告ビジネスの企業で、たくさんの人が集まるプラットフォームを提供しており、そこに広告枠を作り、他企業に売る、というビジネスモデルになっています。
「人がたくさん集まる場所」に価値があるからこそ、あれだけの時価総額を叩き出す企業であるわけですが、富が0から新しく生まれているのではなく、移転しているだけです。

つまり、そこで時間を消費している個人の視点で見ると、自分が持っている「時間資本」を他人に渡している、と言えます。
本来は、自分が持っている「時間資本」を自分に使うことで得られるものを得られていないということです。
例えば、その時間を家族と過ごすことに使って得られる安心感や、料理をして得られる新しいスキル、運動をして得られる快感や健康維持などです。

自分の「時間資本」を消費するのでなく、きちんと自分の「人的資本(自分の能力向上)」や「社会関係資本(市場の中での価値向上)」に繋がるよう自分で投資していくことが大事です。
そのための1つとして、「スジの悪い勉強をやめる」ことが提言されています。

スジの悪い勉強とは

スジの悪い勉強とは、非常に時間を食うだけで、人生の豊かさにあまり繋がらない勉強です。
先に一点補足しておくと、人的資本形成に繋がらない勉強が、必ずしもスジが悪いというわけではありません。例としてご紹介されているのは、ギリシャ語の勉強です。
ギリシャ後の勉強は、時間がかなりかかる割に、完全にマスターするのはかなり難易度が高い反面、なかなかお金をうむ金融資本にはなりません。しかし、純粋に勉強自体が楽しく、本人が勉強そのものが充実感を得られているのであれば、リターンを得られているため、スジの良し悪しを論じる話ではないでしょう。

ここでの焦点は、何らかの目的があって行う勉強です。


スジの悪い勉強1 安易すぎるもの

あまりにも安易なやり方で、かえって効果が得られないものは、スジが悪い勉強と言えます。
例えば、英語力を仕事にしたいときに、「3日でペラペラになる英語学習!」みたいなものです。
語学については、最初はただ地道に単語をたくさん覚え、言葉を聞いて、聞いたものをノートに書き出していく、みたいな王道ルートを地道にやっていくしかありません。
「3日でペラペラになる英語学習!」を取っ替え引っ替え手を出して、結局何年もペラペラになることを達成できていないのは、スジが悪いと言えるでしょう。
何事においても、最も効果的な方法には近道はなく、王道と呼ばれる基本的なことをただ地道に愚直にやっていくしかないのです。

スジの悪い勉強2 流行り廃りのあるもの

「みんながやってるから」「流行りだから」勉強する、というのも筋が悪いです。短期的に流行っているテーマは、同じく短期的に廃れる可能性が高いからです。

少し話がそれますが、本当に価値があるものとは、長い時間が経っても不変の真理であったり、長い時間をかけて積み上げてきたものそのものだと思います。
日本の観光歴史もそれに該当しますが、例えば日本のスカイツリーを他国でも真似しようと思えば巨額なお金をかけて、人を集めれば簡単に真似できるわけですが、例えば平安時代から続く文化であったり、建築物というのは、真似をするには膨大な時間がかかり、真似ができません。

落としやすい城は落とされやすいのと同様、簡単に真似できるものは、簡単に真似されやすいので、競争優位性を保つのが難しいのです。
だからこそ、歴史があったり、時間をかけて積み上げてきたものというのは強いです。

話がそれてしまいましたが、知識についても同じようなことで、世の中的にホットな話題は、すぐに飽きられて廃れてしまうことが多いので、長く使える知識にはならない可能性が高いです。
また、「みんながやっているから」の性質のものは、本人がもっと知りたい!ということを起源にしたモチベーションでの勉強ではないので、ノリに乗って、楽しいからついつい手を出してしまう、ということにもなりにくいです。結果、表面的な知識の域を越えられず、世の中で相対的に競争優位な資本になることも難しいでしょう。

大前提として、覚えることを目指さない

MITメディアロボの創業者、ニコラスネグロポンテは"Knowing is becoming obsolete"、つまり、知識を得ることは時代遅れになると言っています。
そもそも、人間の脳はPCのメモリと同じで、そもそもキャパシティが大きくありませんから、まず覚えられません。

インターネットが発達する前であれば、人間の能力としての優位性はメモリのデカさ勝負、CPUの性能勝負ができていたと思いますが、それでも1GBメモリかせいぜいたまに天才と呼ばれる人が2GBメモリを持っている、くらいのものでしょう。
1TBの外付けハードディスクを持った人や、必要な情報は瞬時にインターネットから探して来れるスキルを持った人には到底敵いません。

もちろん最低限、メモリで記憶しておくことが必要な知識もあると思いますが、学校で学ぶ暗記科目が時代遅れなのは、メモリではなく外付けハードディスクに知識を蓄積し、必要な時にさっと取り出してくるためのトレーニングになっていないことです。

学んだ知識や自分なりに咀嚼して考えたインサイトについて、インターネットやスマホのメモに書き出していくのは、外付けハードディスクにどんどん書き込んでいくイメージで、必要な時にインデックスを使って取り出せる状態になっていればよいのです。

だから、自分なりのテーマや方向性を決めて、外付けハードディスクにどんどん溜め込んでいこうと思います。
noteも同じで、私の脳内メモリはとても小さいですから、どんどん書いて電子的に脳外に気付きや学びを保存しておくことを目指しています。

電子が良いのは、紙とは違って、必要な時に検索エンジンでさっと取り出して来れる点なので、これからも自分の興味・関心が赴くままに、自分が書きたいことを好きに書いていこうと思います。

それでは、今日もよい1日をお過ごしください。
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