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日本のGDPをドル建てで計算しても経済成長とは無関係という話。

-円安によって米ドル建ての日本のGDPは下がっているので日本経済は衰退している。

GDPの推移に伴う経済成長を捉える上で、GDPを「ドル建て」で計算した上で「経済成長」の有無を議論しようとする人がおられます。

各国の名目GDP(米ドル建て)の推移
出所:国際通貨基金(IMF)より

つい最近ですと「1ドル300円までの円安が日本経済に及ぼす影響」という議論で、元2ちゃんねるの管理人ひろゆき氏と、経済学者の高橋洋一氏が論争をしていたのですが、その中でも、ひろゆき氏は以下のような主張をXに投稿していました。

日本のGDPは591兆円で4.2兆ドル。仮に1ドル150円が1ドル300円の円安になるとGDPは2.1兆ドル。一年後に20%成長するとして、2.52兆ドル。4.2兆ドル-2.52兆ドル=1.68兆ドルのマイナスです。高橋洋一さんって、算数も出来なくなってるんですか?

ひろゆき@hirox246「X」への投稿より
https://x.com/hirox246/status/1806352370516836825

ただ、このような「日本のGDPをドル建てで計算して経済成長を論じる」というのは、端的に言えば、あまり意味のある議論とは言えません。

日本のGDPの推移を「ドル建て」で計算しても、それは日本国内における「経済成長」とは、実質的に無関係だからです。

GDPをドル建てで計算しても「経済成長」とは無関係という話。


日本のGDPを「ドル建て」で計算した場合、米ドルに対する円の為替レートの状況(円安・円高)によっては、円建てではGDPが伸びていても、ドル建てではGDPが減少するということが確かにありえます。

-世界・国際社会の基軸通貨は米ドルなのだから、米ドル建てによるGDPの減少は、その国の経済が国際的に衰退しているということだろう。

円安の進行に伴い、日本のGDPをドル建てで計算して「日本経済が円安の影響で衰退している」と論じる人の考え方は、おそらくこのようなものだと思います。

ですが、そのような論理は、そもそも「GDPの意味(定義・計算式)を分かっていない」か、もしくは「経済成長の意味(定義)」が、経済において一般的に言われる『経済成長』と違っているかのどちらかだと思います。

実際、ドル建てによるGDPの減少を論じる人に対しては『誰もドルで生活をしていない』といった反論や、過去、安倍晋三元総理が同様の議論に対して以下のようにコメントを出していたこともありました。

安倍晋三首相は12日午後の衆院予算委員会で、安倍政権になってからドル建ての国内総生産(GDP)が減少しているとの指摘に対して、「ドルで給料をもらっている人はいない」とし、「為替が変動する中でドル建てのGDP減少を気にする必要はない」と述べた。

引用元:https://jp.reuters.com/article/idUSKCN0UQ0G9/

ただ、このような「誰もドルで給料をもらっていない」「誰もドルで生活をしていない」という反論のみでは、ドル建てGDPを持ち出す人が『なぜ、ドル建てGDPの減少が経済成長とは無関係なのか』を理解し、納得することはできないため、このような議論が度々、出てくるのだと思います。

なぜ、ドル建てのGDPは「経済成長」と無関係なのか。


まず第一にGDP(国内総生産)は、各年度における、その国の総支出、総消費、総生産、総所得、これら全ての側面を有する数字を意味しています。

その国における全ての支出高(総支出)は原則として、全ての消費高(総消費)、生産高(総生産)に等しく、また、全所得の総額(総所得)に等しくなるということです。

GDPの原則的な説明は、実質的にこれがほぼ全てを物語るものなのですが、これがいまひとつ理解に及ばないという場合はGDPについて詳しく解説している記事がありますので、こちらも併せて参考にしてください。

よって、各年度ごとのGDPは、その国において実際に支出された金額や、実際に消費された金額の総計によって算出されています。

当然、その支出における金額、消費における金額などは「日本円」で支払われた支出分、消費分なのですから「日本円」で集計されています。

このことを個々の消費者ベースで論じるなら、個々の消費者が国内において、何を消費するのか。

すなわち、どの商品を買うのか、どの商品に対してお金を支払うのかは、当然、日本国内のあらゆる商品やサービスの「価格(物価)」を含めて吟味し、その上で、実際に支出(消費)を行っています。

その「消費判断」においては、当然、米ドル建てで輸入されたような外国製品も含まれています。

つまり、個々の消費者が円安、円高などの為替レートの影響を受けた個々の商品の価格を含めて「消費(支出)」の対象としていく商品を判断(選択)しているということです。

GDPには「消費者の選択」および「消費判断の結果」が反映されている。


よって、例えば円安によってあまりにも割高となってしまった外国製品などは、多くの消費者に選ばれなくなるため、この時点で「消費」の対象からは外されていくことになります。

仮に事業者がそのような商品を一定数、仕入れているとしても、それが全く売れない状況であれば、売れ行きのよくない割高な外国商品を継続的に仕入れ続けるような事業者(輸入業者)は、まずいません。

つまり、その年度を通して、円安が続くか、円安が進行することで米ドル建てでなければ仕入れができないような外国製品は「消費」の対象からも「輸入」の対象からも除外されていくことになります。

このことは、以下の記事でも実証した『円安の進行がそのまま物価高に反映されない理由』の1つでもあります

以下の通り、ドル円の為替レートが米ドルに対して2倍の価値まで増価、また、その半分の価値まで減価した歴史を辿っても、その間の消費者物価指数は10%も変動していません。

データ出所:総務省統計局「2020年基準 消費者物価指数(CPI)の推移」より作成
(対象年度および前後1年の平均消費者物価指数を算出)

この「消費者物価指数」も、基本的には国内で実際に消費(購入)された商品やサービスを対象とする形で算出された指数ですから、上述した理屈は「GDP」と同様に「消費者物価指数」にも、そのまま当てはまります。

円高・ドル安が進行していけば、消費者は割安な外国製品を選ぶようになるため、その消費量が増えることになりますが、円安・ドル高の進行によって外国製品が割高になれば、当然、そのような割高な外国製品に手を伸ばす消費者は減ることになります。

それが「代替」が可能なものなら、消費者は国内製品や、ドル建てではない、さほど通貨安の影響が出ていない米ドル以外の通貨建て(人民元・ルーブルなど)で輸入ができる他の外国製品を選ぶようになるということです。

そして、これはGDPの算出における事業者による原料、製品の仕入れ(輸入)などにおいても同じことが言えます。

米ドルに対しての円安が進行すれば、それだけ米ドル建ての原料や商品などの輸入高は目減りしていくことになります。

つまり「GDP」には、そのような消費者、および事業者の「選択」の結果が、そのまま反映されているということです。

GDP = 全ての事業者・消費者の支出・消費判断の集計


よって、日本経済全体において、円安・ドル高の影響を受けるような支出や消費などは、米ドルに対する「円安」が進行していくほど、その全体的な割合も減少していくことになります。

日本におけるGDPは、日本国内の構成員(事業者・消費者)が「円」を用いて「円」による事業投資を行い「円」による所得を受け取り、そして「円」による消費を行った結果を集計したものに他なりません。

日本の構成員(事業者・消費者)が、総額でどれくらいの「価値」を生産したのか、どれくらいの消費を行ったのか。

経済成長の視点で言うなら、総額でどれくらいの価値を生産できるようになったのか、どれくらいの消費を行えるようになったのか。

このような支出行動、消費行動の「結果」を集計したものが「GDP」であり、その総額が一国全体の『経済成長』の指針となると共に「一人あたりのGDP」が国民一人一人の『豊かさ』の指針となります。

つまり、GDPは円安・ドル高といった「為替レート」を踏まえた上での自国民の支出行動、消費行動の集計に他ならないものです。

これを自国通貨ではない通貨建て(ドル建て)で計算しても、あまり意味がなく、まして、そのドル建てGDPの推移などは、少なくとも日本の「経済成長」を捉える上では、全くもって無意味な推移でしかないということです。

自国民がどれくらいの「価値」を生産し、どれくらいの「消費」を行えるようになったのか。


GDPが「経済成長」の指針として用いられるのは、上述したように、GDPがその国の「生産高の総額」および「消費高の総額」を表すものだからに他なりません。

そのGDPを人口の数で除した値が「一人あたりGDP」であり、これはまさに、国民一人あたりの生産高および、国民一人あたりの消費高を意味します。

これは当然、その国の「国内」で『どれくらいの生産を行い、どれくらいの消費を行えるのか』という指針に他ならないため、これを「ドル建て」にしては、何の意味もありません。

仮にその国のほとんどの構成員が輸入に頼らなければ生計を立てられず、実際に所得のほとんどを輸入品に頼っている状況であれば「GDP」は著しく低い数字になります。

よって、円安が進行している中でも自国通貨建てのGDPおよび一人あたりのGDPが伸びているのであれば、それは円安が自国経済に悪影響を及ぼしていないことを意味します。

円安が進行しても、自国内で生産高、消費高を拡大できているわけですから、それは他でもない「経済成長」を意味するからです。

経済成長 = 自国内の生産高・消費高の増加


よって「GDP(国内総生産)」を対象とする形で「経済成長」を論じる場合における「経済成長」は『自国内における生産高および消費高の増加』を意味するものになります。

その上で、自国内で、その国の構成員が、どれくらいの生産を行い、どれくらいの消費を行えるようになったのかを表す指針が、他でもない「GDP」ということです。

その上で、実際にGDPや一人あたりのGDPの推移が伸びていれば、それは全ての人がより多くの生産を行い、より多くの消費を行えるようになっていることを意味します。

ゆえに、GDPの増加が、その国の「経済成長」や、国民一人あたりの「豊かさ」の指標になるわけです。

よって、この「GDP」をドル建てにして、その推移を見たところで、上記のような定義における「経済成長」を論じることはできません。

せいぜい言えることは『その年度において国内で生産・消費された総額分をドル建てにした場合に何ドル相当分の生産・消費を行えたのか』という、ほぼ無意味な仮定を前提とする数字が分かるだけです。

そもそも、そのGDPは外国製品を含めた「円」による物価の中で、事業者、消費者が選択した支出・消費の総額なのですから、それを「ドル建て」にする意味がないということです。

名目GDPと実質GDP・ドル建てGDPの対比事例


例えば、以下は期末時70円台の円高水準だった2011年と、期末時140円台の円安水準だった2023年の各年度ごとの円建ての日本の名目GDP、実質GDPと、それぞれを期末時のドル円レートでドル建てにした「ドル建て実質GDP」の一覧です。

データ出所:内閣府(https://www5.cao.go.jp/)「GDP統計・長期経済統計」より作成

名目GDP、実質GDP、共に円建てであれば、円建てのGDPは増加していますので、この間は「円安の進行と共に経済成長が伴っていた」というのが適切なGDPの推移から捉える「経済成長」の見立てです。

ですが、円高だった2011年(期末時76.5円)と、円安だった2023年(期末時140.9円)のドルレート換算の実質GDPは、2011年から2023年にかけて2.74兆ドルのマイナス(42.1%減)となっています。

このように「ドル建て」でGDPを対比すれば、このように、あたかもGDPが減少し、日本経済がこの12年ほどで4割ほども衰退しているように見えてしまうことになります。

ただ、上記の一覧を見て頂ければわかりますが、2011年の70円台の円高水準から、2023年の140円台にまで円安が進んでも、物価指数は11.7%ほどしか上昇していません。

つまり、ドルに対する円の価値が40%近く減価していても、日本国内の物価水準は11%ほどしか上昇していなかったということです。

その物価上昇率を踏まえた実質GDPが、実際に「497兆円」から「529兆円」となり、6.5%ほど上昇しているわけですから、このGDPの推移から読み取れることは『2011年から2023年にかけて日本経済は6.5%分、2011年より多くの消費と生産を行った』ということに他なりません。

GDPの推移から経済成長を論じる場合においては、これを一般的に「6.5%に相当する経済成長率」というわけです。

実質GDPの成長率 = 実質的な経済成長率


ただ、各年度のGDPを期末時のドル建てに換算してしまうと、上記の例で言えば「円安」が進行している分、GDPはあたかも減少しているかのように見えてしまいます。

ですが、物価水準は11%しか上昇しておらず、その物価上昇分を踏まえた実質GDPも上昇している以上、日本国内において2011年より2023年の方が6.5%分、多くの消費と生産が伴ったという事実に変わりはありません。

全くもって、国内における消費量、生産量が42%分も減少したという事実は存在しないということです。

厳密に言えば、ドル建てで換算した場合のGDPの減少は『ドル建てで換算した場合の2023年度の消費額および生産額が2011年より42%減少した』ということを意味するものであり、それ以上でもそれ以下でもありません。

GDPはあくまでも「国内の生産量・消費量から、その国の豊かさと経済成長を捉える指標」であって、少なくとも、ドル建てによる生産額・消費額の推移を捉えて経済成長を論じるような指標ではありません。

消費の「量」や生産の「量」こそが『豊かさ』や『経済成長』の指針なのであって、ドル建てによる消費や生産の「金額」にあたるものは、あくまでも、その時点における数字上の表示でしかないものです。

その国の国内で、どれだけの食糧、財物、サービスなどが生産・提供され、消費されたのかの「総量」こそが、GDPを介して捉えることのできる、その国の「豊かさ」や「成長率」なのであって、それをその時点の「ドル」に換算しても、何の意味もありません。

消費量、生産量の総量から、その国の豊かさ、経済成長率を捉える上で、GDPをドル建てにして「経済成長率がマイナスになっている」というのは、明らかに合理性に欠けるGDPの捉え方でしかないということです。

結論:ドル建てのGDPは日本の「経済成長」とは無関係。


以上、GDPに対する経済成長を論じる際、GDPをドル建てで計算しても、それは自国の「経済成長」とは無関係という話でした。

ドル円の為替レートを踏まえて、円でドル建ての製品をどれくらい買えるのか、という「購買力」の議論をしたいのであれば、それは単純に為替レートから「購買力平価」を求めれば事足りる話だと思います。

円安がドル建て製品の購買力を低下させることは間違いありませんが、そのような視点における「購買力」の話と、円安に伴う「経済成長」の話は、切り分けて論じる必要があるということです。

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最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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